第一話 我が家の朝食は生存競争
「そろそろか」
太陽を思わせる長い金髪に、空に輝く星のような碧眼を持った少女がそう言った。
「行ってこい。ライレイアでも頑張れよ!……アタシも、頑張るから」
その瞬間、私は目を覚ました。
「久しぶりに見た……」
私は生まれたときから定期的にこの夢を見ている。
何故なのかは自分でもよく分からない。
この夢以外にも、飛行機という空飛ぶ鉄の鳥に乗る夢や、電車という動く箱に乗る夢を見る。
……乗る夢ばっかだな。
あとは、学校に行く夢とかスマホっていう板を使う夢とかかな。
私はこの夢たちのことを、夢に出てきた言葉を借りて「前世の記憶」と呼んでいる。
そうなると、今日私が見た夢は今世でフィリア・シュテルンとして生まれる直前の記憶ってことになるんだろうか。
もしそうだとしたら、あの少女は私をこの世界に転生させた女神様なのかもしれない。
ちなみに夢に出てくる少女は、太陽と星の女神リディアの容姿と特徴が一致している。
ただし、胸の大きさは教会で見たリディアの像よりも小さかった。
……さては盛ったな。
これ以上深掘りしたら祟られそうだし、朝ごはん食べよーっと。
私は一階に続く階段に向かうと、下の階に降りる。
「おはよー」
「おはようフィル。今、起こしに行こうとしてたんだけど……今日は珍しく早いみたいね」
母はそう言うと、自分の席に座る。
「私はいつも早起きだもん」
珍しいだなんて心外だ。
ただ、いつもちょっとだけ二度寝してるだけで……。
「どの口が……」
父が何か言っているが無視だ。
私は席に座ると、食卓に並んだ朝食を見て顔を綻ばせる。
隣には、焦茶色の髪と翡翠色の瞳を持つ私の弟、カイル・シュテルン。
私の弟カイルは目を輝かせてベーコンエッグトーストを眺めている。
カイルはここへ来て既に食いしん坊キャラの頭角を現し始めていた。
そして、私の目の前の椅子には金髪碧眼の童顔美女である母、リリノア・シュテルンが座っている。
母は少し癖のある金髪を短めな一つのおさげにしてまとめており、優しげな面持ちで私たちを眺めていた。
その隣にいるのはカイルと同じ色の髪と瞳を持つ私の父ウィリアム・シュテルン。
父は腰まで届く長い髪を頭の低い位置で一つに縛っている。
どうやらカイルの容姿は父に似たようだ。
ちなみに私の髪と瞳の色は母に似て金髪碧眼だ。
そんな情報要らないって?
有り難く受け取れ。
父の名前はウィリアムなのだが、地味に長いのでウィルと呼ばれている。
父が全員を見回して手のひらを合わせると、母とカイルもそれに続き、最後に私が手を合わせた。
「「「「いただきます」」」」
食事の前に挨拶をする文化は今世でも変わらないらしい。
「う〜ん、おいひぃ!流石わたし!」
母はベーコンエッグトーストを口いっぱいに頬張り、幸せそうな顔をしている。
言わずもがな、このベーコンエッグトーストを作ったのは母である。
父も料理ができないことはないのだが、母の腕前には勝てまい。
カイルはベーコンエッグトーストを一心不乱に食べている。
流石は育ち盛りの十歳男児。
秋でもないのに食欲旺盛だ。
そしてこともあろうに私の分まで狙い始めた。
小癪な!!
「フィル姉、食べないなら僕が貰うよ?」
「私よりお父さんの方がいっぱい残ってるよ」
途端にカイルの目が父の方を向く。
私はその隙に目一杯ベーコンエッグトーストを頬張った。
フッ、隙ありだ。
「あっ!フィル姉いつの間に!?」
こちらに視線を戻したカイルは私のベーコンエッグトーストが無くなっているのを見て驚く。
「フッ、まだまだだな」
私はそう言うと、腕と足を組んで椅子の上でふんぞり返る。
そんなことを言っている間に、父も母も自分の分のベーコンエッグトーストを食べ終えていた。
「そんなぁ……僕の……ベーコンエッグトースト………」
この世は弱肉強食。
空腹を嘆くカイルは、さしずめ弱肉といったところか。
カイルは我が家における生存競争に敗北したのである。
いや、そもそも食べてる量は全員一緒なんだけどね。
「コンコンコン」
扉をノックする音が聞こえる。
「おっ、来たか」
父はそう言って扉の前まで歩いて行くと、鍵を開ける。
扉が開くと同時に四人の人物が家の中に入ってきた。
「邪魔するぞ」
と言って入ってきたのはガレン・モーント、通称ガレンおじさん。
短く切り揃えた赤髪と金色の眼を持った、陽気で馴染みやすいおじさんだ。
「ガレンおじさん!!」
カイルは歓喜の声を上げてガレンおじさんに突撃する。
カイルはガレンおじさんにとても懐いているのだ。
そう、実の父親を超えるほどに。
「俺が家に帰ってきても、あんな風に駆け寄ってきたりしないのに……」
その頃、件の父親は肩をガックリと下げて意気消沈していた。
「邪魔するわね」
続いて入ってきたのはユリア・モーント、通称ユリアおばさん(自称ユリアお姉さん)。
黒髪黒眼という、ザ・日本人という感じの容姿で、右目には眼帯を着けている。
可愛い系の美人である母に対して、ユリアおばさんは綺麗系の美人だ。
それに、ちょっと……いや、だいぶ怖――。
「フィルちゃん、今何か失礼なこと考えなかった?」
ギクぅ!!
ユリアおばさんの洞察力は心を読んでいるのではないかと疑うほどの精度だ。
私はユリアおばさんの指摘に内心ヒヤヒヤしながら答える。
「いやぁ、そんなこと考えてる訳無いじゃん」
「本当かしらぁ?」
顔は笑っているが、目は笑っていない。
駄目だ、全然騙せてなさそう。
「ほ、ほんとだよ」
私はつい〜っとユリアおばさんから目を逸らす。
えっ?
こういうのは目を逸らしたら負けだって?
分かってるよ!
「まぁ、そういうことにしておいてあげるわ」
ユリアおばさんが呆れたように言う。
た、助かったぁ〜。
今回は何とか見逃してもらえたようだ。
「お邪魔します」
「おっ、お邪魔します……」
ユリアおばさんの追及から何とか逃れることができたところに、ガレンとユリアの息子であるソラ・モーントと、その妹のイオ・モーントが入ってきた。
ソラは金色の瞳を持つ少年で、私の転生者仲間だ。
後ろで一つに纏められている黒髪は、私の少し癖のある毛とは違い、絹のように非常に滑らかな触り心地をしている。
呪ってやるぞコノヤロ……ごほん!羨ましい限りだ。
ソラは今にもキノコが生えそうなほどジメジメした空気を纏っている父に近づき、肩に手をポンと置く。
「俺はウィルおじさんのこと嫌いじゃないよ」
どうやら、父のことを励ましているようだ。
「ソラ君……!」
父は潤んだ目でソラを見つめている。
が……父よ、騙されるな。
嫌いじゃないって言われただけで、断じて好きとは言われてないぞ……。
イオは赤い髪に黒い瞳を持つ人見知りな少女で、カイルと同い年だ。
カイルとは既に打ち解けていて、ほぼ毎日仲良く遊んでいる。
「それじゃあ行ってくるわね」
「俺たちが帰ってくるまで仲良く遊んでるんだぞ」
「「うん」」
母と父の言葉に、私とカイルは頷いた。
「カイル君、イオのことよろしく頼むわね」
ユリアおばさんがカイルに向かって言う。
「分かったよ!ユリアお姉さん!!」
「あら、カイル君上手ねぇ」
カイルの胡麻擂りは今日も絶好調だ。
「ソラ、フィルちゃんから絶対に目を離したら駄目よ。」
……何故私が問題児扱いされているのだろうか。
普通こういうのって、身内のことを他人に頼むものであって、間違っても他人のことを身内に頼むようなものでは無い……よね?
解せぬ。
「分かってる」
ソラが頷く。
いや、「分かってる」じゃねぇよ。
私が過去に何したってんだ……いや、やったわ……。
例えば火魔法の練習をして庭を火の海にしたり、水魔法を練習して庭を沼地にしたり、エトセトラ、エトセトラ……。
残りはご想像にお任せします。
ま、家の中でやってないだけマシだわな。
「フィルちゃん、大人しくしているのよ」
ユリアおばさんが私に念を押す。
いやいや、酷くない?
信用無さすぎでしょ。
「言われなくてもいつも大人しいってば」
「魔法関連以外は」という言葉を必死に飲み込みつつ、少し口を尖らせて言う。
「何処がだよ」
隣でソラが何か言っているが気にしない。
「いい、くれぐれも大人しくしているのよ」
ユリアおばさんはそう言い残して外に出た。
「はーい」
私は不満げに答える。
「何かあったら、カルラを頼るんだぞ」
最後にガレンおじさんが言う。
カルラというのはガレンおじさんの妹のことだ。
カルラ・トラットリア、通称カルラおばさんは、夫婦で仲良く宿屋兼飲食店を経営しており、私たちもいつもお世話になっている。
主に昼食時に。
二人にはカイルやイオと同い年の娘が居て、三人で遊んでいることも多い。
たまに私やソラも混じって五人で遊ぶこともあるが、私たちは大抵二人で修行をしているので最近はあまり一緒に遊んでいない。
「「「「はーい」」」」
ガレンおじさんは私たちが答えるのを見届けると、扉から出ていく。
扉がバタンと閉められる音を聞きながら、私は内心ほくそ笑んでいた。
第二話は午前八時に投稿します!!




