血とユーモアを愛する、悪趣味な舞台監督
現実世界:ロンドンダンジョン
「ようこそ、怖いもの見たさの愚か者たち!存分に見て、聞いて、感じていくといいわ!恐怖に顔をひきつらせるか、歓喜に打ち震えるかはあなた次第よ。」
ロンドン・ダンジョンは、そう言って、その口元に悪戯っぽい笑みを浮かべる。彼女の身体は、テムズ川のほとりにそびえる、重厚な石造りの建物だ。外観は古風でいかにも歴史ありげだが、その内部は、最新の特殊効果と、熱狂的な俳優たちのエネルギーで満ちている。訪れる人々の恐怖あるいは興奮、彼らが上げる悲鳴もしくは絶叫。その全てが、彼女の活気となるのだ。
彼女の日常は、朝から晩まで、絶え間なく続く「公演」の繰り返しだ。彼女は、世界で最も血なまぐさい歴史の舞台監督であり、座長であり、そして主役でもある。彼女にとって、ペストの黒死病も、ジャック・ザ・リッパーの暗躍も、大火災の炎も、全てが訪れる人をもてなすための演目なのだ。
「あら、ウィリアム。その血糊、ちょっと色が薄いわね。もっとドロッと、新鮮な感じにできないかしら?だってほら、その人の顔、まだ引きつりが足りないもの。」
彼女は、体内の俳優たちに細かく指示を出す。彼らは、彼女を彼女たらしめる「モンスター」だ。彼らが最高の振る舞いをすることで、彼女は最高の「悲鳴」という名の報酬を得る。彼女の中には、中世の拷問室、スウィーニー・トッドの理髪店、そして闇に包まれたホワイトチャペルの路地が完璧に再現されている。しかし、その陰惨なシーンも、彼女のユーモアという名のフィルターを通すと、どこか茶番めいた、悪趣味なエンターテイメントへと昇華されるのだ。
「さあ、処刑人の斧を味わいたいのは誰かしら。ふふ、その人なのね。でも、他の人も油断しちゃダメよ。」
「ロンドン大火がどんなものだったかをその身をもって知るといいわ。トラウマになったらごめんなさいね。」
彼女の喜びは、訪問者の「反応」だ。恐怖で体がすくむ者、怖がりながらも笑ってしまう者、そして中には、恐怖を通り越して魅了されてしまう者までいる。彼女は、その全てを満足そうに見守っている。彼女の体内には、ボートに乗って激流のテムズ川を下ったり、暗闇の中を高所から突き落とされるなど、背筋の凍るような体験がいくつも用意されている。それは、訪問者を物語の中へ引きずり込み、歴史の傍観者から「当事者」へと変貌させるための、彼女の仕掛けなのだ。
「ふふ、その表情!最高じゃない!この子たち、きっと今夜はワタシの夢を見るわよ。血と、叫び声と、そして、ちょっとの笑いの混じった、最高の悪夢をね!」
しかし、彼女の日常にも、小さな不満や戸惑いはある。
「ねえ、そこのあなた。これは『ユーモアを交えた歴史の再現』なのよ。『本気で怖い』って文句を言うのは筋違いでしょう。それに、心臓疾患のある人や神経質な人は入らないでって最初に言ったでしょ。」
たまに、彼女の意図する「ブリティッシュジョーク」が伝わらず、本気で怯えてしまう者や、逆に「もっと血腥いものを!」と要求する過激な者に出会うことがある。そんな時は、彼女も少しだけ疲れてしまう。また、俳優たちが歴史的な用語を噛んでしまったり、特殊効果のタイミングがずれたりすると、彼女は思わず内部を震わせて、小さな「地震」を起こしてしまう。
「ったく、絞首台の落下タイミング、全然なってないわ!気をつけなさい!もっと、じらすのよ!」
「こら!ジャック!女性に色目使うな!怖がらせなきゃいけないのに、何してんのよ!」
彼女の日常は、ひたすらロンドンの暗黒の歴史に命を吹き込むことの繰り返しだ。しかし、その根底には、ロンドンの歴史を決して忘れさせないという、強い「誇り」と「使命感」が込められている。彼女は知っていた。血なまぐさい過去も、ユーモアに変えて伝え続けることで、人々は歴史から目を背けずにいられることを。そして、その恐怖と笑いの体験を通して、ロンドンという街の深淵を理解してくれることを。
その日のために、彼女は今日も静かに、しかし用意周到に、その場所にあり続ける。彼女は、単なるテーマパークではない。彼女は、ロンドンの暗黒面を明るく照らし出す、「悪趣味な歴史の伝道師」なのだ。悲鳴と笑い声が混じった奇妙な音が、彼女の体内に響き渡る。
そして、また一人、新しい訪問者が彼女の入り口に立っている。ロンドン・ダンジョンは、今日も静かに、しかし熱烈に迎え入れるのだ。
「さあ、中へお進みなさい!私の体内で、ロンドンの最も黒い歴史を、心ゆくまで体験していきなさい!」
これは、多くの訪問者が恐怖と笑いを体験し、ロンドンの歴史の深淵を覗き見る、とあるダンジョンの、とある日常である。その名は「ロンドン・ダンジョン」。血とユーモアを愛し、人々を恐怖のどん底に突き落とすことを喜びとする、悪趣味な舞台監督だ。
名称:ロンドン・ダンジョン
所在地:ロンドン サウスバンク
知名度:★★★☆☆
来訪者数:非公開(2001年は70万人)
リピート率:★★☆☆☆
見どころ:生身のキャストによる没入感たっぷりの演出




