【第1話】星の海を駆ける列車。
「……」
がたんごとん、という音と共に軽く揺れる身体。
私は今、列車に揺られている。その感覚はとても心地よく、気付けばいつも夢の中。
とはいえ、今の私の所持品は最近新調した帽子と魔法衣、それと愛用の杖だけ。暇をつぶせるようなものは特に持ってない。
外は辺り一面星の海……とても綺麗だけど、流石にもう見飽きてしまった。
うとうと……
だから、この揺れに身を任せて寝るしかない。
「……おやすみ」
私はそう呟き、ゆっくりと目を瞑る。
「──ああ、ちょっと待って! 僕とお話ししようよ!」
意識を飛ばしかけた私の耳に、そんな台詞が飛び込んでくる。若い男の人の声。
「……」
「……え、まだ起きてるよね?」
「……」
「だって今、“おやすみ”って言ってた」
聞かれてたなら仕方ない。
「……何か用ですか」
仕方なく私は目を開ける。そこには、金髪の青年が立っていた。
「よかった! やっぱり起きてた!」
その青年はにこりと笑うと、流れるように私の左隣へと腰を掛けた。
「いやあ、あまりに人がいなくて退屈だったんだ! 話し相手が見つかってよかったよ!」
「……私、まだお話しするって言ってない」
「ええ? この期に及んでかい?」
この人の言う通り、この車両どころか、この列車にはまったく人が乗っていない。
その理由として、この列車の行き先は〈ルドス星系〉という、いわゆる地方……悪く言えば過疎地と呼ばれるような世界だからというのが挙げられる。
だけど、それを加味した上でも、乗客が少なすぎると思う。
「貴方も寝ればいい。気付けば目的地に着いてる」
「たしかにそれも悪くないね。でも、一期一会──僕は君と話がしてみたいな」
と、張り付けたような笑顔(主観)でそれっぽいことを言う青年。
「はあ……分かった。それで、何を話せばいいの」
「そうだなあ。やっぱりまずは、自己紹介かな」
「……」
「……ああ、ごめんね。まずは僕からだよね」
私の「そっちが先に名乗るべき」という視線をうまく汲み取ったらしい。
「僕の名前はアスト。君と同じ、世界を渡り歩く旅人さ!」
「そうなんだ。私はロゼ、よろしく」
「なんだか適当じゃないかい……? まあいいか。よろしく!」
珍しく珍しい人に絡まれてしまった。普段は誰も私に……というか、列車の中はいつも静寂に包まれている。人が多かろうが少なかろうが、関係ない。
それはネガティブな理由ではなく、この星間を走り抜ける列車がそうさせるのだ。
列車の窓から覗く無限に広がる壮大な星海は、見る者を容易に魅了する。
何度もこの列車を利用していれば次第に慣れるだろうが、私のように世界を旅する人間なんてのは少数も少数……私は今までの旅で、十数人程度しか会ったことがない。
ほんの一瞬で済ませられるような用事でもない限り、一度世界を渡れば向こう数年はその世界に留まるのが一般的。
そういうわけで、そもそも列車の利用者自体あまり多くはない。
「それで、ロゼはどこに向かっているんだい? ひどく軽装というか……荷物が少ないみたいだけど」
「私の所持品はこれで全部」
「ぜ、全部……?」
「うん。文字通り、全部だよ」
「……」
辺りは静寂に包まれる──私のよく知る列車の姿。
「え、えっと……」
気まずそうな様子のアスト。
当然だ。
「私には帰る場所がありません」と言ったのだから。だけど、私みたいな旅人にとってそれはさほど珍しいことでもない。
今頃、アストは私がこうして旅をしている理由を無駄に深く考察していることだろう。
「目的地は決まってない。気が向いたら降りようと思ってる」
流石に不憫に思った私は、口を開いた。
「へえ!」
私の言葉に、顔を輝かせるアスト。
「ちょうど僕も目的地が決まってなかったんだ! 良かったら──」
「や。絶対一緒には降りない」
と、私はぷいっとそっぽを向く。
「ど、どうしてだい?」
「面倒だから」
「うーん、そういうことなら仕方ないね」
「うん、仕方ない」
思いの外、潔い。
「ところで、その杖は? 見たところ、足が悪いわけでもなさそうだけど」
アストは私の持つ杖を一瞥し、そう尋ねる。
「どういう意図の質問?」
「いや、何に使うのかなと思って」
「これ。これ見て分からないの」
と、私はおニューの帽子を人差し指でとんとん、と軽くたたく。
「……?」
「うそ、知らないの? 魔法使いだよ、魔法使い」
「魔法使い……ごめん、聞いたことないや」
「……」
信じられない。確かにステラターミナルじゃ滅多に見掛けないけど、そこまで珍しいものでもないはず。旅人ともなれば、尚更知らないというのは珍しい。
「あはは。僕、そういう不思議な力? みたいなものには疎くてね」
魔法使いじゃなくても、似たような“特別な力”を使える人は世界中にいるのに。
「その、魔法……っていうのは具体的にどういうことが出来るんだい?」
「見せなきゃダメ?」
「ダメじゃないけど、見てみたいな」
「じゃあ見せない」
「……」
「うそ。いいよ、見せてあげる」
そう言って立ち上がった私は、右手に携えていた杖を軽く振る。
──フワッ……
私の帽子が宙に浮く。
もちろん、そこには種も仕掛けもない。
「おおっ!」
「どう、すごいでしょ」
「すごいっ! 一体どうやってるんだい!?」
「ヒミツ」
私は魔法が好き。
「くるくる、っと」
宙に浮いた帽子は、その場で回転し始める。
「おおおっ!」
こんな私に、唯一与えられた才能だから。
「こんな事もできるよ」
帽子が動きを止めると、私の身体が宙に浮く。
「ええっ!?」
こんな非力な私でも、魔法があれば何でもできるから。
「よいしょ、っと」
私は宙で静止している帽子を手にとって被ると、列車の床に着地した。
「どうだった?」
「……す、すごいっ!!」
こんな私でも、人を笑顔にできるから────。
「ってあれ、笑ってる……?」
「……笑ってない」
「いやいや、今絶対──」
「──絶対、笑ってないから」
ぐいっ、とアストの頬に杖を押し付ける。
「わ、わふぁったから……」
私としたことが、つい興が乗りすぎてしまった。いつもなら絶対にこんなことしなかったのに。
「魔法使いってすごいね! 憧れちゃうよ」
頬をさすりながら、アストは言う。
「アストには無理だよ」
「あはは、さすが魔法使い。そういうのも分かるんだね」
「んーん、ただの勘」
「……それじゃあ、僕にもチャンスが────」
────キキイィィィィィィィッッ!!!
「──きゃっ!」
「うわっ!」
突如として鳴り響く、耳を劈くような音。
私は体勢を崩してそのまま床に倒れ込む。
どうやら、この列車が急停車したらしい。
「一体何が……あ、ごめん!」
私を押し倒すように倒れていたアストは、素早く立ち上がる。
「……」
急停車……列車の前に何かが飛び出して来たってこと⋯⋯?
だけどルドス星系に貿易船のようなものはほとんど走っていないし、そもそも、わざわざ線路上を通るような移動手段はどの星系にも存在していない。危ないし。
やっぱり、おかしい。
列車の急停車なんて、今まで見たことがない。
「……ちょっと先頭車両に行ってくる」
もしかしたら、原因が分かるかもしれない。
「あ、ああ──」
私の考えが甘かった。
本当にただの飛び出し等による急停車ならどれほど良かったか。
いや……得体のしれない胸騒ぎは、していたんだけど。
──ウィーン……
前方の車両へ続く扉が開く音。
「……?」
その音に振り返る私。
振り返った私の視線の先──いや、目の前には手を伸ばせば列車の天井に触れられそうなほど長身の何者かが立っていた。
……尤も、その人物が手を伸ばしていたのは天井なんかではなく────、
「──っ!!」
背後からアストのものであろう跫音が聞こえてくる。
「えっ──」
────私だった。
「危ないっ!!」
ドンッ! とアストに突き飛ばされた私は、勢いよく座席の方へ。
次に私の目に映ったのは────、
「アスト──!!」
────謎の人物に触れられ、パッと姿を消すアストだった。
ウソです。全然ゆるくないです。