5.ド天然令嬢はファン第1号になる
最終話です。
あれから、ぱたりと演劇の稽古を見かけることがなくなって、少々寂しい気持ちでおりましたら、回廊で突然呼び止められました。
「ちょっと、あんた! あんたのせいよ! あんたが急に変なこと言って来たから! せっかくうまく行ってたのに、嘘がバレちゃって散々よ‼︎」
「あら、サンドラ(仮)様。どうされたのですか?」
池のほとりでのお稽古以来です。かなりご機嫌が悪いようですけれど。
「キーッ! ムカつく! なんで私が平民にならなきゃなんないのよ‼︎」
「平民⁉︎ もしや、本格的に女優を目指されるので⁉︎」
すごい決意です。女優を目指すなんてことになれば、貴族ならば勘当されてしまうことにもなりましょう。
「女優? なんでよ!」
「そのご決断、尊敬いたします! 先日拝見したサンドラ(仮)様の演技は、大変素晴らしいものでした。類まれな才能ですわ! 女優はきっと天職です。わたくしも嬉しいです!」
「は?」
「サンドラ(仮)様なら、華やかな美貌をお持ちですし、観客の目を惹きつけること間違いなしです!」
「び、美貌?」
「ええ、王都で1番の劇団でも、きっと主役を張れますわ!」
「主役⋯⋯」
「ええ! ヒロインです! 舞台に立たれることになったら、わたくし必ず観に行きますわ!」
「ヒロイン⋯⋯。そ、そう? ま、まあ、それも悪くない⋯⋯かも?」
「ぜひ頑張ってくださいませ! わたくし、ファン第1号として応援させていただきます!」
「⋯⋯ふ、ふん。しょうがないわね」
「スポットライトを浴びるサンドラ(仮)様が目に浮かびます! その晴れ姿、きっと観に行きます!」
「な、なによ⋯⋯! せいぜい楽しみにしてるといいわ!」
サンドラ(仮)様は、頬をバラ色に染めながら、ドスドスと歩いて行かれました。
以前も思いましたけれど、サンドラ(仮)様は意外と恥ずかしがり屋さんのようです。ああいう感じ、なんて言いましたっけ。⋯⋯そう、“ツンデレ” ですわ。わたくしは、去りゆくサンドラ(仮)様の後ろ姿を微笑ましい気持ちで見送りました。
*
そうして待ちに待った学園祭の当日。
楽しみにしていた演劇は、わたくしが目にしたお稽古のものとは、違う演目となっていました。主役だったであろうサンドラ(仮)様が、夢を追いかけるべく退学されたので、きっと演目を変える必要があったのだと思います。学園祭を目前にした決断は、タイミング的に適切ではないのかも知れませんが、今にして思えば台本にも不十分なところがありましたし、女優魂をお持ちの方にとっては、抑えられない衝動や思いがおありだったのでしょう。そんな激しいところも、いかにも女優にふさわしい個性なのだと思います。
代わりに発表された演目は、美しく清らかな天使と彼女を愛してしまった魔王の物語。立場の違いやすれ違いなどを乗り越え、最後には神からの祝福を受けて結ばれるというドラマチックなラブストーリーでした。しかも、フルオーケストラによる音楽、この世のものと思えないほどの美しい衣装、夢のような舞台美術など、驚くほど完成度の高いものでした。学園祭の出し物のレベルをはるかに超えたクオリティには、ただただびっくりしてしまいました。
幕が閉じてからも、しばらく呆然としておりますと、サルーシャ様に感想を聞かれました。
「ア、アリー、⋯⋯どうだった? 気に入ったかい?」
「はい! もう、なんて素晴らしい舞台! わたくし、すごく好きです!」
感動に目を潤ませつつ、うっとりと気持ちを伝えました。
「ぐふぅっ」
サルーシャ様は右手で口を押さえ、左手で胸のあたりを掴みながら変な声を漏らしました。
「す、すご⋯⋯、好き⋯⋯。も⋯⋯シンデモイイ⋯⋯」
「はい? なんておっしゃいました?」
「ゲホゲホッ、い、いや、少々むせただけだ。なんでもない」
「まあ、お気をつけくださいませね? それにしても、本当に素敵な演劇でした! 特に、あの魔王の一途な想い。天使のためなら、なにをも厭わない献身的な愛に打たれました!」
「ふぐぅっ」
「ちょっと、天使への執着が過ぎる感じもありましたが」
「うぁぅ⋯⋯」
「それにしても、天使を守り抜き幸せにしようとする、その男らしさにトキメキました!」
「どぅぉっ」
「あのように素敵な魔王に愛された天使は、ずっと幸せですわね。あ、そういえばあの魔王、サルーシャ様にどこか似ていると思いましたのよ?」
「!! ぷしゅぅぅぅぅ⋯⋯」
「サ、サルーシャ様!?」
「⋯⋯し、幸せが、限界値を超えただけだ⋯⋯。そっとしておいて欲しい」
「アリア様、大丈夫です。少々ご褒美が過ぎただけです」
隣の席で一緒に鑑賞していたリリアン様が、お声がけくださいました。大丈夫ならよろしいのですが、ご褒美って何のことでしょう? そのあとリリアン様の「私もいつかは女神様のご褒美が欲しい」という小さな呟きが聞こえた気がしたのですが⋯⋯。
なにかしらの徳を積むと、返ってくるといわれる幸運のようなものでしょうか。それは素晴らしい心がけですわね。わたくしも、もっともっと善行を心がけるようにしたいですわ!
どうもありがとうございました!