4.女神を崇め奉る司祭の目論見
「アリーを見守る会」を設立して早6年。その間、会員はもちろん私ひとりで、それは不動と思っていたのだが、この度、稀な逸材を発見したのでスカウトした。
リリアン・ロシャス子爵令嬢。
成績優秀で教師や生徒からの信頼も厚い優等生だが、スカウトの理由はそこではない。
本人は隠しているつもりだろうが、リリアン嬢から漂う「推しへの崇拝」を、この私が見逃すはずがなかった。
もちろん、完璧侍女アンナも入会のレベルを有してはいるが、彼女は一匹狼であるし、ことアリーに関しては私の上に立っている感を出してくるので、会員番号2番では本人が納得しないだろう。
リリアン嬢に白羽の矢を立てたのは、彼女がアリーの友人として信頼を得ているところが大きい。多くの時間を共に過ごせる同性の友人ならば、私の目が届かないところをカバーしてもらえるし、私が見逃してしまった美味しい場面があれば、後で共有できるというわけだ。
かくして、リリアン嬢にとって初となる、会のイベント当日。
先日繰り広げられた、今期No.1とも言うべきアリーの名場面が記憶に新しいところであるが、幸運にもその第二幕が展開されることとなった。
愚鈍なクロード・チェスナット子爵令息が、安っぽい正義感で引き起こした茶番を、当然ながらアリーは「学園祭の演劇の稽古の続き」と思い込んだ。
普段はおっとりとしたアリーだが、好きなもののこととなると、驚くべき熱量を発揮するのは子供の頃から変わらない。演劇の素晴らしさ(?)に目覚めた彼女は、謎の使命感を燃やして、“よりクオリティの高い演劇にするため“ の改善点をわかりやすく提示し始めたのだ。
さすが、私のアリー。
先日はサンドラとかいう女の化けの皮を剥がし、今回は愚鈍な子爵令息の間抜けっぷりを白日のもとにさらし、フェリシア・アスペン伯爵令嬢が受けている仕打ちを詳らかにし、悪意ある噂の真相に迫った。
さて。
欲に塗れた下衆な貴族は一定数いるもので、所詮世の中とはそういうものだと基本的には無視している私だが、アリーが関わったなら放置してはおけない。
アリーは、フェリシア嬢の境遇に胸を痛めた(本人は彼女がフェリシア嬢とは知らないが)。
これは、由々しき問題だ。
アリーが生きる世界は、彼女にとって優しく美しいものでなくてはならない。
アスペン伯爵家の跡継ぎであるフェリシア嬢の後見となったエルム男爵が、アスペン伯爵家の財産を食い潰し、男爵の妻子がフェリシア嬢を虐げていることはすぐにわかった。
さらに、男爵の娘サンドラは、フェリシア嬢を貶める噂を流し、フェリシア嬢の阿呆な婚約者をたらし込んで、自分が婚約者の座に納まろうと画策していた。
エルム男爵家を叩けば、脱税から不当な税の取り立て、怪しい借金、違法物の密輸等、十分すぎるほどのホコリが出たので、早急に消えてもらうことにする。
証拠の数々は私の名で王家に送りつけたので、最速で処理されるはずだ。
かくして、その2日後。エルム男爵夫妻は、悪質な密輸に関わっていたことから投獄、娘は平民に落とされることとなった。
件の子爵令息は不正には関係なく、また、婚約破棄を持ち出す前だったので、特に大きなお咎めはなかったものの、その不実な振る舞いが噂となり針のむしろ。フェリシア嬢は無事に婚約解消と相成った。
不当に解雇されていたアスペン伯爵家の使用人たちは戻され、伯爵家立て直しには国の財務官から適切な人材が派遣されるという計らいがなされることに。これにてアスペン伯爵家およびフェリシア嬢も、とりあえず良い形で落ち着いたと言えるだろう。
こうして、アリーの近くに漂っていたホコリは早々に払ったわけだが、まだ懸念事項はある。学園祭だ。今年の出し物に演劇などないのだが、現状アリーはとても楽しみにしている。
アリーのためとなれば、私にできないことなどあるはずがない。
学園祭まで1か月を切ってしまったが、アリーのために極上の演劇をプレゼントするとしよう。
ありがとうございます。