2.ド天然令嬢は口出しせずにはいられない
先日は、素晴らしい演劇の稽古を見学できて、本当にラッキーでした。学園祭の催しが、俄然楽しみになりました。
今日も、またお稽古を見ることができたらと期待しつつ、ガゼボでお茶を楽しんでおります。でも、前回と大きく違うことがひとつあるのです。
なんと今回は、お友達(!)のロシャス子爵令嬢リリアン様もご一緒なのです。リリアン様は、初めて対面するサルーシャ様に少々緊張していらっしゃるご様子です。
「リリアン嬢もご存知と思うが、アリーは独特な思考と感性を持っている」
「ええ。とても素敵な魅力です。そして、私はそんなアリア様に救われました」
なんでしょう。褒められてるのでしょうか? なにやら落ち着きません。
「君なら正しく理解してくれていると思っていた。
まあ、そんなアリーだが、その特性ゆえにちょっと危なっかしいところもあってね」
「それもわかります。サルーシャ様は、私に何をお望みですか?」
「リリアン嬢がアリーの友人になってくれて、私も嬉しいよ。
私からの願いはふたつ。万が一、アリーが誰かから悪意を持たれることがあるようなら、すぐさま私に教えて欲しい」
「もちろんです」
「そして、もうひとつ。アリーが私の目の届かないところで、その才能を発揮した際は、速やかに逐一共有して欲しい」
「! ⋯⋯ふふふ。わかりました。その大切なお役目、喜んでお引き受けいたします」
「もう、サルーシャ様。心配性ですわ。リリアン様に変なお願いをしないでくださいませ」
⋯⋯「才能を発揮」とは、なんのことかしら。リリアン様も納得されているようですけれど。
「待ちたまえ! 聞きたいことがある!」
その時、わたくしの思考を中断させるように、突然緊迫感を伴った声が聞こえてきました。
「君にどうしても確認しなければならないことがあるのだ!
君は、かなり素行が悪いらしいな! サンドラから聞いてすべて知っているんだぞ! 夜な夜な街に繰り出して、男漁りをしているらしいな! とんでもない女だ!」
「クロード様⋯⋯。そのようなことは、しておりません」
「言い訳は見苦しいぞ! 君の悪評はかなり広まっているのだ! しかも、屋敷では毎日のようにサンドラを虐げているようだな! 私の目はごまかせないぞ!」
「あのう、少々よろしいでしょうか?」
差し出がましいとは思いましたが、どうしても我慢できず、わたくしは気がついたら声を上げておりました。
「サンドラ」「クロード」という役名が聞こえたので、これは先日の演劇の別シーンの練習であることは明らかです。それにしては、今回は何というか、あまりにずさんな点が多い気がしたのです。
「先日素晴らしい演技を拝見し、わたくしはもうファンのひとりでございます。皆様の演劇を愛する者として、僭越ではありますが、申し上げずにはおられません。
まず、配役に無理がございます。『夜な夜な街に繰り出して男漁りをする』とありましたが、一般的にそのような女性は、どんな容姿、雰囲気でしょうか? そちらの御令嬢はどう思われます?」
いつの間にか人だかりができておりましたので、これ幸いとわたくしは、ひとりの御令嬢に意見を求めました。
「え? ええと、派手な感じ?」
「ええ、ええ、ご明察です。そちらの御令息は、どのように思われますか?」
「あ、え、化粧が濃かったり、露出が多かったり⋯⋯」
「素晴らしい。見事なお答えです。さらに問わせていただきます。勝ち気か控えめか、で言うと?」
「⋯⋯勝ち気?」
「社交的か大人しいか、で言うと?」
「社交的⋯⋯」
「その通りです! ご協力ありがとうございました。
いかがです? これが一般的なイメージです。ですが、その役柄を演じるには、こちらの御令嬢はあまりに真面目で大人しそう。“派手” とはまるで対極です! 説得力に欠けるのです! わたくし、残念でなりません」
お名前こそ存じ上げませんが、今回のシーンの “素行に問題のある令嬢” を演じる令嬢に、わたくしは見覚えがございました。先日、フェリシア・アスペン伯爵令嬢のお買い物にお供していた使用人の方ですわ。この学園の生徒ということは、きっと男爵家か準男爵家の令嬢なのでしょう。低位貴族の令嬢が高位貴族のお屋敷に行儀見習いや侍女としてお仕えするのはよくあることです。
先日街でお見かけした短い時間だけでも、その令嬢が慎ましく献身的で、真面目で忍耐強い方だというのは容易にわかりました。しかも、その体はあまりに細く、お顔の色も良いとは言えず、派手で享楽的な女性の役は負担があると言いますか、気の毒とさえ思えたのです。
「決してこちらの御令嬢の演技力を疑っているわけではございません。
しかし、御令嬢には、もっと他に相応しい配役があると思うのです。役者を生かしてこそ、より多くの方を感動させる演劇となるはずです!」
「確かに、彼女が男漁りとは信じ難いな」「あまりに地味ですものね」「お顔の色も髪も⋯⋯あれは男好きには見えないわ」「噂は嘘ってことかな」「でもさっきから、“演劇” ってなんのこと?」と周りの方々から声が。
あら、わたくしいろいろ喋り過ぎてしまったようです。学園祭の演劇の出し物については、皆さんまだご存知なかったようですわね⋯⋯。
しかし、ここは乗りかかった船。より素晴らしい演劇に仕上げるためなら、手を抜くわけにはまいりません。
わたくしは、“派手で享楽的な女性役” の令嬢にも声をかけることにいたしました。彼女の演技を否定したわけではございませんが、役者の自尊心を折るような事態になってはいけません。ちゃんと誤解を解きフォローしませんと。
「先ほどは失礼いたしました。しかし、この配役では、貴女様の良さが生かされないと思い⋯⋯。
わたくしは、貴女様がアスペン伯爵家にて、献身的に忍耐を持って尽くしていらっしゃることを存じております。派手なタイプとは異なりますが、真面目で慎ましい方ですわ」
「⋯⋯ありがとうございます?」
あら? ちょっと腑に落ちないような反応です。
「アスペン伯爵家に仕えていらっしゃいますよね?」
「⋯⋯はい、似たようなものかと」
ところが、その令嬢と正面から間近で目を合わせましたら、わたくし、別のことが気になってしまったのです。
「まあ、目の下のクマが酷いですわ。寝不足では? 昨夜は何時に就寝しましたの?」
「え、ええと、⋯⋯3時くらいでしょうか」
「3時! なんてこと! 起床は?」
「あ、5時です⋯⋯」
「なんですって⁉︎ たった2時間? ありえませんわ!」
「あ、でも、いつもそうですから⋯⋯」
「い、いつも?! なぜそのような時間に? そんなにお仕事があるのですか?」
「ええ、お嬢様と奥様から、いろいろと申し付けられますので⋯⋯」
「まあ! アスペン伯爵家はブラックなのですか⁉︎ それに、その腕の細さ! お食事はちゃんとなさってますの?」
「⋯⋯」
「朝は何を召し上がりましたの?」
「⋯⋯いえ、なにも⋯⋯」
「まあ! それでは、力は出ませんわ! では、昨夜は?」
「⋯⋯⋯⋯スープです」
アスペン伯爵家、大変なブラックで間違いないようです。これは彼女が演劇をする以前に、なんとかしないといけない案件でしょう。でも、どうしたら⋯⋯。
「あの、私、そろそろ失礼いたします」
居心地を悪くさせてしまったのでしょうか。御令嬢は一礼すると、お引き止めする間もなくその場を去ってしまわれました。
「どういうことだ?」「睡眠も食事も?」「お嬢様と奥様って⋯⋯?」「あの不健康な様子は⋯⋯」「確かに辻褄が合う」「誰があんな噂を?」
ギャラリーの方々が一斉に囁き始めましたが、さざめくように声が重なり、わたくしにはよく聞き取れませんでした。
「サ、サンドラが嘘を⋯⋯? そんな⋯⋯、まさか⋯⋯。⋯⋯わ、私は⋯⋯」
そうこうしておりましたら、クロード(仮)様が、青い顔をして立ち去ろうとなさいました。
「お待ちくださいませ! もうひとつ」
わたくしは気を取り直し、本来の使命に立ち返りました。先ほどの令嬢のことも大変気になりますが、今はこの機会に、気づいたことをすべてお伝えしておく必要がございます。より素晴らしい演劇のため。わたくしの中に、再び使命感が燃え上がりました。
「セリフにも、少々修正が必要かと。クロード(仮)様は、最初に『聞きたいことがある』と呼び止めたのに、その後は『すべて知っている』とか『言い訳は見苦しい』などの言葉が続きました。そのセリフでは相手の言葉を聞く態度には到底見えません」
「うぉっ?」
「先日の池のほとりのシーンでは、優しく愛に満ちたキャラクターでした。それはまさに、サンドラ(仮)様を守るヒーロー。それなのに、このシーンのセリフでは、まるで短慮で傲慢な魅力のないキャラクターに映ってしまいます」
「ぐっ、ううっ⋯⋯」
「このまま舞台にしてしまいますと、あちらではいい顔をし、こちらでは陰険で傍若無人に振る舞うという、二面性のある嫌な男性だと観客に思われる可能性が高いでしょう」
「ふあっ⁉︎」
「差し出がましいとは存じますが、ぜひセリフにもご一考いただけますと嬉しいです!」
「うっ、ううっ、うーーーーっ!」
クロード(仮)様は、ひどい顔色で走り去ってしまわれました。
燃える使命感のせいで、言葉が過ぎてしまったのでしょうか。確かに、批評家の言葉で落ち込む役者の方も多いと聞きます。わたくしとしては、とても大切なことを申し上げたつもりなのですが⋯⋯。わたくしの助言を演劇に生かしていただけることを切に願うばかりです。
少なからず「やり切った感」の高揚を感じつつ振り返りますと、サルーシャ様とリリアン様が、お二人揃ってテーブルに突っ伏して肩を震わせていらっしゃいました。
あらまあ、この情景はデジャブ? 今回はリリアン様が増えていますが。一体お二人ともどうされたのでしょう。