1.ド天然令嬢は感動を抑えられない
なんて良いお天気。今日はサルーシャ様にエスコートされて、城下の街でデートなのです。
街に出るのが久しぶりなわたくしは、ついキョロキョロしてしまいます。良い香りを漂わせてくるパティスリーや、色とりどりのリボンや小物を扱う可愛らしい雑貨屋さんに目を奪われ、心はふわふわと浮き立ちます。
「アリー、見たいものがあったら遠慮なく言って欲しい。今日は君を楽しませたくて街に出たのだから」
サルーシャ様は私の顔を覗き込み、優しく目を細められます。
「サルーシャ様、わたくし、幸せです」
嬉しくて、頬が染まるのを感じつつ、サルーシャ様を見上げます。
「ゔっ」
サルーシャ様が、小さく声を漏らし、ご自分の胸のあたりをキュッと掴みました。
サルーシャ様は、時々このような症状?を起こすので心配なのですが、お尋ねしても「幸せが過ぎるとこうなるだけだから、気にしないで」とおっしゃいます。意味がよくわかりませんし、本当に大丈夫なのでしょうか。
そんな昼下がり。サルーシャ様とのひと時を満喫していたところ、その雰囲気を切り裂くような声が。
「何してるのよ! 本当に鈍臭いわね!」
ドサッという音とともに、鋭い罵声が賑わう街角に響きました。
見ると、貴族令嬢と思しき方の前に、使用人らしい女性が倒れ伏し、周りにはたくさんの箱や紙袋などが散らばっています。それはどれも高級店のものばかりで、女性がひとりで持ち運ぶにはあまりにも多すぎる量に見えました。
わたくしは、その荷物を拾うお手伝いをしようと、思わず駆け寄りました。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
か細い声でおっしゃった使用人の方は、服装こそ貴族家に仕える者らしく、それ相応の身なりではあったものの、ひどく痩せ細り、その腕には紫色の痣のようなものも見られました。
「モタモタしないで! 早く運びなさい!」
先ほどの令嬢は、すでに馬車に乗り込んでいる様子で、中から苛立ちを含んだ甲高い声が聞こえました。使用人の方はお手伝いを申し出るわたくしとサルーシャ様を「お気持ちだけで結構です。ご迷惑をおかけしますから」と振り切り、慌てて呼ばれた馬車のほうに向かわれました。
「アスペン伯爵家の馬車だな」
走り去る馬車を呆然と見送っておりますと、眉間に皺を寄せたサルーシャ様がぼそりとつぶやきました。
アスペン伯爵家の名は、わたくしにも聞き覚えがございます。
2年ほど前でしょうか、伯爵と伯爵夫人の乗る馬車がならず者の襲撃に遭い、お二人とも命を奪われてしまうという悲劇に見舞われ、ひとり娘でいらっしゃる当時13歳のフェリシア様が残されてしまった。その後は、伯爵の弟であるエルム男爵が、フェリシア様の後見人として伯爵家を任されているはずです。
つまり、あの甲高い声の令嬢が、フェリシア様だったのでしょう。とても辛いことをご経験されたのですから、多少心がすさんでしまうのも、致し方ないのだと思います。わたくしは、彼女に対し嫌悪感をちょっとだけ抱いてしまったことに、心から反省いたしました。
*
そんなことがあってから数日後のこと。
中庭に続く庭園のガゼボでサルーシャ様とランチ後のお茶を楽しんでおりますと、裏手の池のほうから人の気配が。
なんとなく、バラの植え込み越しにそちらに目をやりますと、ひとりの令嬢が池のほとりに立っているのが見えました。
すると。信じられないことに、その令嬢が突然叫び声を上げたのです。
「きゃああああー!!」
さらに、令嬢はその場に勢いよくお倒れになりました。しかも、見事なまでの受け身を取られたその倒れ方は、普通の令嬢ができる範疇を超越した素晴らしいものでした。
思わず目を奪われておりましたら、そこへ叫び声を聞きつけた人たちがわらわらと集まり始めました。
「サンドラ! どうした⁉︎ 一体何があったのだ!」
「ああ! クロード様⋯⋯! 私、私、お姉様に⋯⋯」
「何かされたのか⁉︎」
「突き飛ばされて⋯⋯、池に落とされそうに⋯⋯」
令嬢は、肩を振るわせ恐怖にうちひしがれつつ、綺麗な涙をポロポロとこぼしました。
「池に?」「ひどい」「本当にサンドラ様を虐げているのね」と、集まった方々が口々に囁きます。
「ああ、可哀想なサンドラ。怖かっただろう。私が側にいなくてすまない。これからは、きっと私が守ると約束する」
クロード様と呼ばれたその令息は、ひし、と令嬢を抱きしめました。
「ブラボー!!」
わたくしは、我を忘れて盛大な拍手とともに、その場に躍り出てしまいました。
「なんて素晴らしい! わたくし、とても感動いたしました!」
一斉にこちらを向いた皆さんは、一様にキョットーンとしたお顔です。
「あら、わたくしとしたことが申し訳ございません。突然出てきて驚かせてしまいました。
あまりにも、皆様の演技が素晴らしかったものですから!」
「⋯⋯演技?」
「ええ、ええ! サンドラ(仮)様が、迫真の叫び声を上げ、見事な受け身を取りつつ倒れ込む演技を始めたところから、しっかりと見学させていただきました!
恐怖に満ちたお声! まるで、本当に誰かに突き飛ばされたかのような動き! 相手役の方がいらっしゃらないところで、おひとりであのように臨場感のある演技ができるなんて、本当に感動ですわ!」
「臨場感?」「突き飛ばされたかのような?」「ひとりで?」と、脇役陣が驚かれています。わかりますわ。相手役が不在でも完璧な演技をこなす女優魂に、わたくしも驚きましたもの。
「しかも、恐怖と心細さに流す涙! わたくしでも守って差し上げたくなるような、か弱い乙女の風情! とても、見事な受け身で倒れ込めるほどの身体能力をお持ちの方と同一人物とは思えない、その演技力!」
「や、や、やめてーー!」
まあ、恥ずかしがっていらっしゃる。サンドラ(仮)様は、奥ゆかしいところがおありなのですね。先日の印象だけではわからないものです。
そう、わたくし、サンドラ(仮)様を存じ上げているのです。その正体は、先日街でお見かけしたフェリシア・アスペン伯爵令嬢ですわ。「サンドラ」は役名、そして、これは来月行われる学園祭での舞台演劇の練習に間違いないのです!
「学園祭当日まで、一般生徒であるわたくしが目にしてはいけなかったかもしれませんが、これは偶然で⋯⋯。
でも、皆様の素晴らしさに感動してしまって。クロード(仮)様のナイトぶりも素敵でしたわ! サンドラ(仮)様を心配するご様子には愛が滲み出ていて、本当に大切な方への確かな想いが感じられました!」
「⋯⋯あ、愛⋯⋯、いや、それは⋯⋯。私は、失礼する⋯⋯」
クロード(仮)様が、赤いお顔に汗を滲ませてヨロヨロと立ち上がり、歩き出しました。
わたくし、興奮して褒めすぎてしまったのでしょうか。あまり褒められると、居心地悪くお感じになる方もいらっしゃいます。もし、そうなのでしたら申し訳ない限りです。
振り返ると、サルーシャ様がテーブルに突っ伏して肩を震わせていました。
「サルーシャ様?」
「ぷっ、ククッ、ブフォ、ゴホッ」
「だ、大丈夫ですか?」
「ブッ、クッ、大丈夫、⋯⋯今年のNo.1が、また塗り替えられた⋯⋯」
「はい?」
サルーシャ様は、たまに何言ってるかわからない時があります。
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