第7話 下山(2)
リストリットたちは竜の群れの中、彼らの視線を受けながら下山していた。
「本当に襲われないんだな……」
ノヴァが呆れたように答える。
『だから、そう言っているだろう。
竜たちはアイリーンを襲わない。
アイリーンの伴侶たる俺もまた、襲われない』
リストリットに背負われたアイリーンが真っ赤になりながら声を上げる。
『――ちょっと?! 今、聞き捨てならないことを口走らなかった?!』
ノヴァが歩みを止めずに答える。
『“伴侶”に反応したのか?
俺の姿はアイリーンの好みの造形をしていると思わなかったか?
俺の体は“お前の傍に永遠に在る者”として作られている。
――つまり、伴侶だ』
アイリーンがヒステリックに答える。
『私の死後に縁談を組んだとでも言うの?!
しかも、私の好みがお父様に把握されていたってこと?!
デリカシー無さすぎじゃない?!』
ノヴァがフッと笑みを漏らした。
『縁談か、そうとも言えるだろう。
だがホムンクルスは人間とも生殖が可能だ。
アイリーンが人間と恋に落ち、その男と添い遂げる道もある。
――どちらにせよ、俺はお前の傍に居るがな』
アイリーンが驚いたように目を見開いた。
『ホムンクルスの生殖機能を残しているの?!
そんなの、機能削減の最優先項目じゃない!
ということは、ノヴァにも生殖機能があるの?!』
ノヴァが頷いて答える。
『もちろん残っている。
お前の父親は、俺とお前が子を成せるように設計したからな。
健康的な子が生まれるだろう』
アイリーンがリストリットの背中で深いため息をついた。
『……お父様に死後再会したら、言いたいことが一つ増えたわ。
みっちり“デリカシー”という言葉を教えてあげなきゃ』
ニアがノヴァとアイリーンを見ながら思案していた。
「貴方たちの子供は、果たして何と呼べばいいのかしら。
人間? ホムンクルス? それとも、半人半神なの?」
ノヴァが額に玉のような汗を浮かべながら答える。
『俺たちの子供であれば、体は人間と変わらん。魂もまた、人間と変わらん。
人間とホムンクルスもまた、同じ結果となる。
これはお前たちが“先史文明”と呼ぶ時代の魔導の初歩だぞ?』
ニアがショックを受けたように肩を落とした。
「そう、魔導の初歩なの……そんなに現代の魔導は後退してたのね。
これでも一流のプライドがあったんだけど、貴方たちの前では形無しね……」
『仕方あるまい。ホムンクルス製造技術が失われているのだ。
あれは魔導理論を飛躍的に進めた技術革新だからな』
アイリーンがニアに告げる。
『魂を扱う分野は、魔導理論の根幹よ。
そこが抜けていては、魔導理論は頭打ちになってしまうわ。
魂の定義と世界との調和、そして融合。
それが私たちの時代――先史文明における魔導理論の基礎にして深奥よ』
リストリットが歩みを止めずに告げる。
「あー、楽しそうな会話を邪魔して悪いんだが、しゃべるより足を動かしてくれ。
ノヴァの体もヤバいんだろう? 魔力装填薬はお前たちの食事を差っ引いても余るはずだ。
野営を張ったら、そこでノヴァの体を修復しよう」
今は侵入者が居ないとしても、途中で新しい侵入者に鉢合わせないとも限らないのだ。
万全ではないノヴァ、アイリーンを護衛しながらの戦い。それは避けたかった。
ノヴァとニアが頷き、リストリットたちは下山速度を速めた。
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日が落ち、夕暮れが山道を包みこむ中でリストリットが告げる。
「ちっと場所が悪いが、この辺で野営をしよう。
だが焚火の用意がない。
俺たちの外套を貸すから、それで風を凌いでくれ」
竜峰山の内部で火を起こせば、竜を呼び寄せる。
だからリストリットは火の用意をしてこなかったが、それがここで裏目に出た。
広い山道は風通しがよく、体温を奪いやすいのだ。
周囲も山肌が剥き出しで、薪となる樹木がある様子はない。
ノヴァが荷物を下ろしながらため息をついた。
『要らん心配だ。火なら俺が起こしてやる』
野営場所の中央に向かって、ノヴァが火炎魔法を展開すると、そこに焚火程度の火が起こった。
『この程度なら維持してやれる。
――リストリット、補給用の薬をもらうぞ』
ノヴァは地面に置いた荷物から魔力装填薬を二本取り出した。
地面に座り込んでいたアイリーンに一本を差し出しながら告げる。
『これは魔力の回復薬だ。
酷い味だが、今はこれしかない』
魔力装填薬を受け取ったアイリーンが、それに検査魔法を施していく。
アイリーンが眉をひそめて告げる。
『なんて低品質なの? 子供でももっとマシな物を作るわよ?
でも、他にないならしょうがないわね』
アイリーンにバッサリと切って捨てられた。
この薬はウェルト第一王子が開発したものだ。
リストリットは敬愛する兄の発明が『児戯未満』と評され、乾いた笑いを浮かべていた。
ノヴァがアイリーンに尋ねる。
『どうだ、空腹は満たされたか』
アイリーンが頷いて答える。
『食事一回分くらいの満足感があるわ。
これなら一食一本で足りそう』
ノヴァが頷いてリストリットに告げる。
『下山まで三日、町まで二日と言っていたな。
ではその分の食事を差し引いて、残りの薬をもらうぞ。
それで俺の体の再構築を行う』
リストリットが慌てて手で制した。
「待て待て待て! それでも高級品なんだ。
最寄りの町で補充できるとは限らん。
王都まで七日から十日、そのぐらいは見ておいてくれ」
ノヴァが頷いて答える。
『いいだろう』
わずかな魔力装填薬を残し、それ以外を服用したノヴァが自分の周囲に魔法を多重並列展開する。
アイリーンの時より控えめだが、それでも優に百を超える魔法の同時発動だ。
ニアが茫然としながら言葉をこぼす。
「相変わらず、圧巻ね。
――ねぇアイリーンちゃん。先史文明ではこれくらいの魔導が普通だったの?』
アイリーンが首を横に振って答える。
『そんなわけない。
“稀代の天才魔導士”と呼ばれた私でも、この数は無理よ。
ノヴァが神様の魂を持つというのは本当みたいね。
こんなの、常識はずれだわ』
ノヴァがアイリーンに告げる。
『俺の魔導技術はアイリーンの父親の知識を引き継いでいるだけだ。
だがある程度は神の力を引き出せるようだな』
アイリーンが少し遠い目をして答える。
『……そうね、テディの体を星幽界に送り届けるなんて、大魔法もいいところよ。
あっさりと行使してみせたけど、あれもとんでもない神業ね』
ニアが目を輝かせてアイリーンに尋ねる。
「星幽界って、物質界より上位にあると言われる世界よね。
どんなところなのかは、様々な説があるけれど」
『星幽界は神の世界。魔力に満ちた、最も世界の根源に近い世界よ』
ニアがきょとんとした顔で答える。
「神の世界なの? 神が住む世界は天界だと伝わってるわ」
アイリーンが肩を落としながら答える。
『それは古き神々の世界ね。
古き神々と新しき神――星の神テスケウシスが争い、天界は世界から追放されたの。
テスケウシスは星幽界に移り住んだ神。だから星の神というの。
テスケウシスはそれ以後、新しき神々を生み出し、物質界を作り直したと言われているわ。
――神話すら後退してるだなんて、どういうことかしら』
ニアが満足気に頷いていた。
「先史文明の創世神話……興味深いわぁ。
現代では星の神メルティキと炎の神アールマティが世界を作ったと伝わってるの。
これは大陸で広く信仰されている、エウセリア正教の神話だけどね」
ノヴァが魔法を行使しながら、楽しそうに笑い声を上げた。
『星の神と炎の神か。
ニア、お前は翻訳魔法に惑わされず、俺たちの言葉によく耳を傾けてみろ。
それは先史文明の言葉だ。
メルティキにはもっと古い名前がなかったか?
――それこそ、テスケウシスと呼ばれていなかったか?』
ニアは目を伏せ、口の中で「テスケウシス……」と繰り返し呟いていた
「――あっ! エウセリア正教より古いアルトゲイル教では、主神がテスケウシスよ!」
『新しい宗派で使われている名が、先史文明の言葉か。引っかかるな。
テスケウシスは星の神、ならばアルトゲイル教から分派したのがエウセリア正教だろう』
ニアがまた目を伏せ、思案するように呟く。
「……確か、『直接名前を呼ぶのが不敬』という話じゃなかったかしら。
神学はそこまで詳しくないから、それ以上は分からないけど」
アイリーンがニアたちに告げる。
『主神テスケウシスには妻が居たわ。炎の神メネグエラというの。
でも古き神々との闘いで、メネグエラは命を落としたとされているわ。
――ノヴァが神様だとしたら、新しき神だったはず。
従属神の誰かだったのかしら』
ニアが納得するようにうなずいた。
「星の神テスケウシスと炎の神メネグエラが、メルティキとアールマティとして伝わったのね」
二人の会話を聞いていたノヴァがぽつりと呟く。
『テスケウシス……メネグエラ……どこか覚えがある。
特にテスケウシスは、妙にしっくりくる名だ。
星の神、というのもそうだな』
アイリーンが笑いながら答える。
『ホムンクルスの体に、テスケウシスのような強大な神の魂なんて入りきらないわ!
さすがに本人とは思えないわね。
それに、ノヴァなんて名前の神様は聞いたこともないの。
別の世界の神様なのかしら』
ノヴァが首を振りながら答える。
『――記憶がはっきりせんな。
あるいは、この体に神の記憶が欠けているのかもしれん。
それで思い出せぬというのであれば、もうどうにもなるまい。
幸い、魔法はアイリーンの父親の知識内で使える。それでやっていくしかないだろう』
ノヴァはびっしりと額に汗を浮かべながら、体の再構築を進めていった。




