第6話 下山(1)
竜峰山の中腹を、隣国の騎士の一群が登っていた。
山を登るため、重装備は持ち込めない。
だが竜が多数生息するこの山に、皮鎧では死にに行くようなもの。
折衷案で軽鎧と対竜武具を携えて登っていた。
額に玉のような汗を流しながら騎士の一人が告げる。
「隊長、目標の古代遺跡まで後どのくらいなんですか?」
隊長格の騎士が口元を引き締めながら答える。
「弱音を吐くな、愚か者。
ここから難所に入るはずだ。
竜の住処、竜峰山――なんでこんな場所に古代遺跡があるんだか」
視界にも遠くの山陰を飛ぶ飛竜が多数見える。
あの飛竜たちを刺激しないよう、なるだけ岩陰を選びながら騎士たちは進んでいる。
だが騎士たちがうねった山道の小さな丘を越えた時、そこには絶望が広がっていた。
中型の竜が山道の至る所に点在している光景――死を覚悟するしかなかった。
騎士が慌てて竜殺しの剣を抜き放ちつつ叫ぶ。
「隊長! ここは駄目です! 引き返しましょう!」
「馬鹿を言うな! 麓からここまで、一本道だったんだぞ?!
また入口まで戻れというのか?! これ以上、他国に後れを取るわけにはいかん!」
隊長格の騎士にも部下の言い分は分かる。
このまま進んでも命を捨てるようなもの。
目の前に居るのは体長二十メートルクラスの中型竜たち。
上空には声を聞きつけたのか、飛竜たちの影もある。
これほどの竜の群れを相手に、人間が生き残る方法などない。
だが『新規に発見された古代遺跡の調査をするべし』と王命を受けている。
荒されていない古代遺跡ならば、古代遺物が存在するのはほぼ間違いない。
軍事力に直結する強力な古代遺物が他国の手に渡っては、国防問題にまで発展する。
彼らに撤退は許されていないのだ。
判断に迷う隊長格の騎士が叫ぶ。
「駆け抜けるぞ! 竜の攻撃をかわしながら先へ進む!」
登山で疲れた体に気合を入れ、隊長格の騎士が駆け出した。
部下たちもそれに続く――だが、最も近い竜が彼らを目に留めた瞬間、口の中に炎を溜め始めた。
上空の飛竜たちが甲高い声で鳴き、次々と飛竜たちが騎士に向かって飛来してくる。
竜たちの視線が騎士たちを捕らえ、それぞれが口の中に炎を含み始めた。
それでも構わず騎士たちが走り抜けようと、竜を避けるように迂回し――次の瞬間、彼らは周囲から多数の火竜の息吹を体で受け止めることとなった。
爆炎に包まれた辺り一帯が、騎士たちの痕跡を跡形もなくこの世から消し去っていく。
悲鳴を上げる間もなく、隣国の精鋭騎士たちは命を落とした。
****
『――ネズミがまだ居たか』
ぽつりと呟いたノヴァに、リストリットが尋ねる。
「どうしたノヴァ、何かあったのか?」
『いや、なんでもない。それより先を急ごう。
空調設備が死んでいて、ここは空気が悪い』
リストリットが小さく息をついて答える。
「古代遺跡なんて、どこもこんなものだろ?
お前さんは贅沢を言いすぎだ」
通路の先に明かりが見える――遺跡の入口だ。
ノヴァがリストリットに告げる。
『リストリット、アイリーンを背負え。
山道を裸足で歩かせるわけにもいかん』
リストリットが頷き、背負い袋を下ろしてしゃがみこんだ。
「嬢ちゃん、背中に乗れ」
アイリーンがおずおずとリストリットの首につかまり、体を預ける。
リストリットはアイリーンの足を抱えて立ち上がりノヴァに告げる。
「ノヴァは裸足で平気なのか?」
『問題ない』
「なら俺の荷物を背負っておいてくれ。
中身は減ったが、魔力装填薬は貴重品でな。
置いていくわけにもいかん」
リストリットの背負い袋を代わりに担いだノヴァが尋ねる。
『さきほど“帰り道で使う”と言っていたな。
どういう意味だ?』
遺跡の入り口に向かって歩き出したリストリットが答える。
「ニアの対竜用≪隠遁≫魔法が生命線だ。
効果は往路で確認済みだが、魔力の消耗が大きい。
どうしても魔力装填薬で補給しながらの下山になる」
ノヴァがため息をついた。
『なんだ、そんなことか。ならばもうその必要はない。
この荷物の中身は、別のことに使うとしよう』
歩き出したノヴァにニアが尋ねる。
「必要ないって……どういう意味かしら?」
『そのままの意味だ。外に出ればわかる』
――この竜が多数生息する難所で、竜除けが必要ない?
リストリットとニアは、小首を傾げながら遺跡の入り口から外に出た。
****
表に出たリストリットは戦慄していた。
目の前には大型の飛竜が一頭、待ち構えるかのように佇んでいたからだ。
嬢ちゃんを下ろして剣を――いや、それじゃあ嬢ちゃんが死ぬ。
急いで遺跡内部に駆け戻れば、まだ助かる目があるかもしれなかった。
だが背を向ければ背負ったアイリーンを盾にするようなもの。
彼女を守ると誓ったリストリットにできる行動ではない。
一瞬の逡巡で動きを止めたリストリットを、ノヴァが手で制する。
『安心しろ、問題はない』
ノヴァが飛竜と見つめ合うと、飛竜は何事もないかのように飛び立っていった。
その飛竜の姿をリストリットは茫然と見送りつつ呟く。
「なぜ……助かったんだ?」
ノヴァが周囲を見渡しながら答える。
『この山の竜たちは魔導工房の警戒装置――俺やアイリーンを襲うことはない。
俺たちが同伴しているリストリットやニアもまた、攻撃対象とはされない』
ニアがノヴァに尋ねる。
「この古代遺跡は魔導工房だったの?」
『そうだ。アイリーンの父親の研究拠点、それがこの場所だ。
竜たちもアイリーンの父親が作り出している。
言うなれば、俺たちの親戚のようなものだな』
リストリットはようやくノヴァの言葉を飲み込んだ。
「――となると、残る脅威は他国の兵士たちか。
ニア、警戒魔法を――」
『その必要もない。
現在この山に、侵入者はリストリットとニアだけだ。
魔力を無駄遣いするな』
ニアが唖然としながら呟く。
「なんでそんなことがわかるの?」
ノヴァが歩き出しながら答える。
『俺は研究所の警戒システムと接続されているからな。
警戒網の情報は、俺に流れ込んでくる。
心配は不要だ』
「便利なのね……」
リストリットが声を上げる。
「そうとわかったら、とっとと下山しよう!」
ニアとノヴァが頷き、先頭を歩き始めたリストリットの後を追った。
****
竜が多数生息する山道を見下ろし、リストリットは戦慄していた。
「おいノヴァ、本当に大丈夫なんだろうな?」
ノヴァが小さく息をついて答える。
『問題ないと言っただろう。
食料事情の都合もある。最短距離で下山するぞ』
ニアがノヴァに尋ねる。
「食料事情って……どういう意味かしら」
『ホムンクルスは魔力を“食べる”。
この時代にホムンクルス用の食料などあるまい?
さきほどの魔力装填薬とやらで代用するしかないだろう。
――おいリストリット、一番近くの町までどのくらい日数がかかる?』
リストリットが付近の地図を思い出しながら答える。
「この道なら、下山まで三日。
馬が無事なら、登山口から二日でピークスの町に辿り着けるはずだ」
ノヴァが頷いて歩き始める。
『それならば魔力装填薬にはかなり余裕があるな。
野営を張ったら俺の体を修復するとしよう』
ニアが青褪めて声を上げる。
「――そうよ! ノヴァくんも体が腐り落ちてるんじゃないの?!
貴方、痛くはないの?!」
『問題ない。先を急ごう』
先を行くノヴァを追いかけるように、リストリットとニアは竜たちの群れに向かって歩き出した。




