第5話 テディ
角灯が照らす通路を、リストリットたちは進んでいた。
アイリーンが明るい笑顔で告げる。
『すごいわ! 自分の足で歩くなんて、一年ぶりなのよ?!』
笑顔をキラキラと輝かせながら、アイリーンが足早に歩いていく。
心許ない明かりでも、迷うことなく彼女は歩いていった。
先ほどの広間――父親の工房に、それだけ足しげく通っていたのだろう。
明かりの届かない暗闇に向かって、ペタペタと素足の音を響かせながらアイリーンの姿が消えた。
リストリットがノヴァに尋ねる。
「いいのか? 嬢ちゃんを先に行かせても。
他にも侵入者が居るかもしれんぞ?」
『構わん。欠損はあるが警戒魔法が生きている。
この施設にはもう、お前たち以外の侵入者は居ない。
それにこの先で、彼女が見たくないものが待っている。
そこで嫌でもアイリーンの足は止まる』
リストリットがノヴァを見つめて尋ねる。
「見たくないものって、どういう意味だ?」
『その時が来れば分かる』
リストリットは首を傾げた後、アイリーンの後を追うように通路を進んでいった。
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通路を出た先の大広間――進入時、古竜が眠っていた場所だ。
リストリットはニアの認識阻害魔法でやり過ごし、通り過ぎた。
だが、ルーゲンバック将軍が戦っていたはずだ。
ニアが持つ角灯の明かりが大広間を照らし出す。
辺りにはミドロアル王国の兵士たちの残骸がいくつも転がっていた。
そして部屋の中央には、眠っていたはずの古竜が横たわっている。
古竜にはいくつもの槍や剣が突き刺さり、切り裂かれた跡があった。
リストリットは角灯の明かりが照らし出す大広間の様子に違和感を感じ、辺りを見回した。
――古竜が戦闘した後なのに、火竜の息吹の跡がない?
それどころか、大広間には欠損らしい欠損がない。
ミドロアル王国の兵士たちは、切り裂かれた跡はある。だが大人しすぎる。
つまりこの古竜は大広間が傷つかないように戦ったのだろう。
なぜ古竜がそんな選択をしたのか――それはわからなかった。
その傷つき倒れている古竜の傍で、アイリーンが茫然と立ち尽くしていた。
リストリットが近づいていって声をかける。
「どうしたんだ嬢ちゃん、顔色が悪いぞ」
角灯の明かりが届くと、アイリーンは古竜の頭部に目掛けて駆け寄っていった。
慌ててリストリットがアイリーンの肩を掴んで引き留めた。
「危ねぇ! まだ生きてるかもしれん! 迂闊に近づくな!」
『テディ! テディが死んじゃう!』
アイリーンは半狂乱でリストリットの腕を振り払い、古竜の頭部に駆け寄った。
『テディ! ねぇテディ目を開けて! まだ死んじゃダメ!』
古竜の瞼が動き、わずかに開いた。
その瞳がアイリーンを捕らえる。
リストリットとニアが腰を落とし、いつでもアイリーンを救い出せるように構えた。
今すぐ動きたかったが、最期に古竜がどんな行動に出るかわからない。
このまま息絶えるなら、それを待ちたかった。
もう間もなく、古竜の命の火は消える。それは確かだ。
ノヴァは動かず、悲し気な瞳でアイリーンを見つめていた。
アイリーンが声を上げる。
『テディ! やっと会えた!
久しぶりねテディ! 私よ! アイリーンよ!』
古竜が喉を鳴らし、満足そうに微笑んだ気がした――リストリットにはそう見えたのだ。
そのことに、リストリットは愕然とした。
古竜の口から「アイリーン」と言葉が発せられる。
アイリーンが笑顔で頷いた。
リストリットは自分の耳が信じられなかった。
竜が人間の言葉を発するなど、聞いたことがない。
アイリーンが笑顔で何かを言おうとした――だが古竜の瞳から急速に光が失われていき、それっきり動かなくなった。
アイリーンは茫然としたまま、古竜の顎に抱き着いて名前を呼び続けていた。
そうしてすべてを理解したのか、嗚咽を上げて泣き始めた。
ニアが小さな声でノヴァに尋ねる。
「ねぇノヴァくん。もしかしてあの古竜は――」
『アイリーンの愛玩動物だ。
七歳の時、父親にねだって作ってもらい、以来六年間を共に過ごした。
アイリーンの死後はこの場所でアイリーンを守り続けていたんだ。
最期に愛しい主人に再会できて、奴も満足して死んでいったよ』
アイリーンは変わり果てた古竜の姿を一目見て、それがテディだと直感していたようだった。
テディもアイリーンの姿を見て、本人だと理解していたように見えた。
二人の絆がどれほど深かったのか、それだけで見る者に伝わってきた。
幼い頃の六年間の輝かしい記憶――そのために二千五百年の孤独に耐えた古竜。
リストリットは、テディに対して畏敬の念を感じていた。
「なぁノヴァ、テディをなんとか弔ってやることはできないか。
このまま躯を晒すのは、あまりに哀れだ」
竜の躯は素材の宝庫だ。利用できない部位はない。
いつか誰かがここに侵入した時、テディは必ず解体されるだろう。
この健気な竜をそんな目に遭わせたくはなかった。
ノヴァはリストリットの目を見て頷き、アイリーンに近づいていく。
『アイリーン、テディを弔う。気が済んだら離れるんだ』
アイリーンは何度もテディを撫でた後、立ち上がって数歩下がった。
『ノヴァ、お願い。あの子を綺麗な場所に連れていってあげて。
あの子はとっても綺麗好きだったのよ』
ノヴァが頷いて答える。
『わかった、では星幽界に送り届けよう。
あそこほど清潔な場所はない』
ノヴァがテディ手を向け、魔法を発動させる。
多数の魔法術式に取り囲まれたテディの躯が光の粒になっていき、散り散りに散っていく。
そのまま光の粒は全て消え去り、古竜の居た気配だけが残された。
ノヴァがアイリーンの手を取り、一枚の小さな鱗を手渡した。
『テディの鱗だ。せめてあいつの体の一部くらい、お前と共に生きさせてやってくれ。
後で首飾りに加工しよう』
アイリーンは涙を流しながら頷き、胸に鱗を抱きしめた。
ノヴァがアイリーンの肩を抱き、先へ歩き出す。
リストリットとニアは、その後ろを少し離れて付いていく。
ニアがリストリットに小さな声で告げる。
「ノヴァくんがあんなことを言うだなんて、ちょっと意外だったわ」
「そうか? テディとアイリーン、二人の心が最も救われる選択を下だけだろう」
「私たちには傲岸不遜だったわ。それが、あんな感傷的な言葉をかけるだなんて」
「良く思い返してみろ。ノヴァの言動は思いやりに満ちている。あいつは優しい男だよ」
リストリットは王族だ。人の上に立つ者として、人を見る目を養ってきた。
たとえ神だろうと、リストリットはノヴァを優しい男だと感じていた。
逆鱗に触れたら国が滅ぶだろう。だが話は通じるはずだ。
ならば管理も可能だろう。国民に害が及ぶことにはならない。
だが逆に悩ましい問題も抱えてしまった。
ノヴァとアイリーンは古代遺物だ。それはゆるぎない事実だった。
ウェルバット王国が置かれている状況は厳しい。
国王がノヴァたちの存在を知れば、必ず飛びつく。
彼らを兵器として利用し、窮地を脱しようと様々な手を試みるはずだ。
――陛下に知られるわけには、いかなくなっちまったな。
苦渋の決断だ。国家国民は守りたい。
だがノヴァやアイリーンを利用したくもなかった。
特にアイリーンには、幸福な生を全うしてほしかった。
これは現代にアイリーンを目覚めさせることになったリストリットの責務だと感じていた。
――また別の古代遺物、見つけねーとなー。
それこそ夢物語だと理解している。
それでもリストリットは国を救う別の方法を模索し始めた。
先を歩くノヴァは、そんなリストリットを静かな眼差しで見つめていた。




