第49話 ウェルバット王国の躍進
リストリットの前に、ミドロアル国王が単騎で姿を見せた。
「ほんとに命は保証するのだな? 自治も許すと、そう言ったな?
その言葉に嘘偽りはないと誓えるか?」
リストリットも単騎で前に出て、それに答える。
「今、こうして貴君に手をかけていないのがその証と思って欲しい!
今までの遺恨は全て忘れよう!
属国としての条約は結んでもらうが、それ以上を望みはしない!」
ミドロアル国王は逡巡し、頷いた。
「わかった。無条件降伏を飲もう」
こうしてウェルバット王国はミドロアル王国を降した。
ミドロアル王国は条約でウェルバット王国に対する敵対行為を全て封じらた。
また、軍事費の二割をウェルバットへの献上金とする取り決めも交わされた。
ミドロアルは、ウェルバットの属国となったのだ。
だがそれ以上をリストリットは望まなかった。
王族の粛清すら行うことなく、ウェルバット王国全軍はミドロアル王国の領土から速やかに去っていった。
約束通り無条件降伏以後、ミドロアルの人間はただの一人も命を失うことはなかった。
こうしてミドロアル王国を降した様子は全て、瞬く間に周辺国家に知れ渡っていった。
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ウェルバット王国はそのまま、立て続けにエウルゲーク王国に攻め入った。
まだ天災の傷跡を引きずるエウルゲーク王国兵は、傷一つ付けられない無敵の軍と戦う意思を持てなかった。
また『無条件降伏を飲めば王族すら命を保証してもらえる』ことが喧伝され、相対した部隊の将校たちは率先して降伏していった。
投稿した兵たちは速やかに武装解除されたが、その場で解放された。
町への移動手段として馬や糧食も残された。
唯一武装だけは、一人の青年の魔法で消滅させれれていた。
王都まで攻め込まれたエウルゲーク王国は、あっさりと無条件降伏に応じた。
大きな人的被害を出すことも無く、エウルゲーク王国は属国としての条約を結ぶのみで終わった。
兵士や国民は胸を撫で下ろした。
属国とはいえ、自治は許されているのだ。今までの生活が破壊されることはない。
ウェルバット王国軍は速やかに自国へ戻り、残るエグザム帝国との戦いに向け体を休めていた。
その様子も周辺各国に広く伝えられ、エグザム帝国は皇帝が自らウェルバット王国を訪問した。
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謁見の間で、リストリットはエグザム帝国の皇帝ニールスを壇上の玉座から見下ろしていた。
「ニールス皇帝、何用か」
ニールスは静かにリストリットを見上げて答える。
「リストリット王、『次は我が国が標的だ』という話は……間違いないか」
リストリットはわずかに間を置いてから答える。
「――その通りだ。次は貴君の国を降す。
抵抗が無意味なのは、先の二国を見れば理解できるだろう」
ニールスはリストリットの目を見つめ、思案を巡らせた。
一切の攻撃が通用しない兵と戦う意味などない。
一方的にこちらが蹂躙されて終わる。それはミドロアル王国が示した。
兵たちが率先して降伏するのは、エウルゲーク王国が示した。
無敵のウェルバット王国軍に相対して、降伏しない兵は帝国にも居ないだろう。
その場を生き永らえれば処刑されることも無いのだ――少なくとも、ウェルバットからは。
まだ災害の爪痕が癒えない帝国が、無駄に終わる戦場を設定するだけ馬鹿馬鹿しい。
国力の無駄遣いだ。その国力を復興に回したい。
唯々、屈辱を飲むだけで全てが丸く収まる。
いつかウェルバット王国軍の謎を解明し、この借りを返せばよい。
それは今すぐである必要はないのだ。
心を決めたニールスが、リストリットを見上げたまま尋ねる。
「リストリット王よ、結果の分かっている戦争を始める意味などない――そうは思わぬか?
後で降伏するのも、先に降伏するのも、結果が変わらぬならば国力を国民の為に使いたい」
リストリットはニールスの目を見て答える。
「そうだな、私も同感だ。
貴君は国力をエグザム帝国の為に使うがいい。
その為に貴君が言うべき言葉を述べよ」
ニールスが屈辱を飲み込み、口を開く。
「……我が帝国は、ウェルバット王国へ降ろう」
リストリットが頷いて答える。
「いいだろう。その降伏を飲もう」
こうしてウェルバット王国を取り巻く強国三国はその軍門に降った。
ウェルバット王国から脅威は去ったのだ。
その情勢に合わせ、周辺各国首脳も度々ウェルバット王国を訪れた。
簡単には頷かないリストリットに対し、各国首脳は粘り強く交渉を続けた。
そしてウェルバット王国に有利な条件と引き換えに不可侵条約を結んでいった。
わずか半年余りでウェルバット王国は強国の仲間入りをしたのだ。
それを見届けたアルトゲイル皇国軍は、本国へ引き上げていった。
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リストリットは王の居室で、ニアと共に祝杯を挙げていた。
傍らにはノヴァとアイリーン、テスティアとブルームスの姿もある。
リストリットは祝杯をノヴァに向けて告げる。
「お前たちのおかげで、この国は窮地を脱した。
神業のごとき魔法を使う青年と少女の噂が、周辺各国に轟いちまったな。
お前たちの姿がこの国にある限り、この国が攻め込まれることはないだろう。
その間に、この国を『真の強国』に育て上げる。それを約束する」
ノヴァもまた、祝杯をリストリットに掲げて答える。
『お前に受けた二つの恩義はこれで返した。
だが借りが一つ残っている。ならばその約束が果たされるまで、お前の傍に居てやろう』
アイリーンが微笑んで告げる。
『そうね。私たちの姿が消えた途端に、周辺国が逆らうのは避けられないものね。
でもリストリットさんなら、ちゃんと約束を守ってくれると信じてるわ』
ニアは祝杯を飲みながら、最初の戦いを思い出していた。
「それにしても、ノヴァくんもアイリーンちゃんも派手にやらかしたわよねぇ……。
王宮のみんな、貴方たちを怖がってない? 大丈夫?」
アイリーンが笑顔で答える。
『世話係さんは怯えてるわね。でもそれは仕方がないわ。
神が人に畏れられるのは当然なのよ』
ノヴァが微笑んで告げる。
『アイリーンは既に、俺と同等の存在となっている。畏れ、敬われる存在だ。
巷ではアイリーンを“炎の神”と崇める者もいるようではないか』
ニアが頷いて答える。
「そう言われ始めてるのは確かよ。火竜の息吹の印象が強いのでしょうね。
アイリーンちゃんは、ノヴァくんの前妻と間違われて不服に感じない?」
アイリーンが苦笑で答える。
『“星の神”であるノヴァの妻が“炎の神”なのはしょうがないわ。
私は新しい炎の神。それでいいわよ』
四人は笑みをかわし合いながら、勝利の酒に酔っていった。
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――早朝の国王の私室。
リストリットは窓に臨む王都の町並みを見下ろしていた。
その顔には貫禄を示すかのように髭を生やし、肌には歳月が刻み込まれている。
頭は白髪交りだ。
その傍らには、昔と変わらずニアが寄り添っていた。
ニアもまた、歳月をその身に刻み込んでいる。
毎日眺めているこの光景も、改めて記憶にある『かつての姿』と比べると新鮮なものに感じていた。
リストリットがしみじみと呟く。
「この国も立派になったよなぁ」
ニアが微笑んで答える。
「ここまで大きくなるとは思いませんでしたね」
王都は大きく拡大し、以前の数倍の広さを誇っている。
街道沿いにも町並みが続き、視界の遠くまで建物が立ち並んでいた。
ウェルバット王国の人口は三十万人にも及び、かつての周辺強国と遜色がない。
軍事力でも周辺国家を凌ぎ、立派な強国と言えた。
この領土で望める、最大限だろう。
これ以上は領土を拡大する必要があるが、リストリットはそこまでする気はない。
リストリットはソファに振り向いて尋ねる。
「どうだ? 約束は果たしたぞ?」
ソファには若い青年が腰かけている。その髪は黒く、瞳は眩い金色だ。
青年が微笑んで答える。
『そうだな。これなら充分に果たしたと言えよう。リストリット、お前はよくやった』
青年の横には、若い女性が寄り添っていた。その髪も瞳も金色だ。
『在位中に間に合ったわね。三十年――長いようで短かったわ』
リストリットが苦笑で答える。
「俺ももう五十五だ。そろそろ、退位する時期を考えていい年齢だな。
――ノヴァも嬢ちゃんも、あれからほとんど変わらねーな」
青年――ノヴァが答える。
『俺たちはもう、これ以上変化できないからな』
女性――アイリーンが頷く。
『衰えないのは嬉しいけれど、これはこれで、年を取れるニアさんが羨ましくもあるの。
伴侶と過ごした歳月を、思い出と共に体に刻み込めるのって、やっぱり素敵よ』
ニアが苦笑を浮かべて答える。
「ないものねだりよね。貴方たちは、これからどうするの?」
ノヴァが微笑んで答える。
『リストリットは約束を果たした。
この国はもう、俺たちの姿がなくとも容易に攻め込める国ではなくなった。
この三十年で、神が人を管理する社会でもなくなった。
ならば、この国を出て旅にでも出よう。
アイリーンと二人で、のんびりと地上を歩いてみることにしよう。
未だ神の管理に依存する者を見かけたら、自立を促そう。
かつてのように、長い年月をかけて見守っていこう』
アイリーンも変わらぬ柔らかい笑顔で続く。
『リストリットさんとニアさんに会えるのは、これが最後かもしれない。
二人とも、元気でね! 二人に会えて良かった!』
リストリットも笑顔で笑い返す。
「俺もお前らと出会えたことで、この国を救うことができた。
感謝してるよ――嬢ちゃん、元気でな」
アイリーンは幸せそうな笑顔で頷き、ノヴァと共に部屋から姿を消していった。
二人を見送った姿のまま、リストリットがぽつりと呟く。
「あいつらに出会うことがなかったら、俺はどうなっていたんだろうなぁ」
傍に寄り添うニアが、微笑みながら答える。
「甲斐性なしの第二王子のまま、隣国にこの国が攻め滅ぼされて、命を落としていたでしょうね」
リストリットが遠いものを見るような目でドアの先を見つめる。
「……そうかもな。本当に、得難い出会いだった。
失ったものもあったが、楽しい三十年だったよ」
「ノヴァくんとアイリーンちゃん、これからどうなるんでしょうね」
「嬢ちゃんが生きるのに疲れ果てるまで、この大陸を歩き続けるんじゃないか?
そうやって俺みたいに不甲斐ない奴を見かけては、おせっかいを焼くんだろうさ。
もしかしたら、テディに会いにさっさと星幽界に戻っちまうかもしれんがな」
「そうなったら、祈りを捧げれば二人に届くようになるのかしら……。
でもアイリーンちゃんが生きるのに疲れ果てる姿なんて、想像もつかないわね」
「違いない……結局、人と分かりあえる心を持ってると言っても、神の思し召しを推し量るのは人間の分を超えてる。
あいつら神様の考えることは、人間が考えるべきじゃないんだろう。
俺たちは変わらず、毎日を送るだけさ」
ニアはしみじみと目を伏せ、感慨に浸っていた。
「そうね……」
リストリットが元気よく声を上げる。
「さて! それじゃあ今日も政務に精を出すか!」




