第43話 新しき神
ベッドの中で、アイリーンはいつものようにノヴァを抱き枕にしていた。
一年間、病床で苦しんだ記憶が鮮明に残るアイリーンは、一人で眠ることを嫌がった。
ベッドに一人で身を沈めていると、孤独な闘病生活を思い出すらしい。
最初は恥ずかしさを感じていたようだが、不安と恐怖が勝ったようだ。
いつしか恥ずかしさはなくなり、そのうち不安と恐怖もなくなった。
だが添い寝は習慣となってしまい、未だにアイリーンはノヴァと添い寝していた。
ノヴァに抱き着き、その胸に顔をうずめているアイリーンは安心感と幸福感で満ちていた。
ノヴァはそんなアイリーンの頭を優しく撫で、その意識が夢の世界に旅立つまで見守っている。
アイリーンが甘えるような声で告げる。
『ねぇノヴァ、習ったばかりの社交ダンス、なんとか巧く踊れたね』
ノヴァがフッと笑みをこぼして答える。
『三度も足を踏まれたが、それを“巧く踊れた”と評すのであれば、そうだろうな』
『もう! 意地悪!』
胸の上から響いてくる声に、ノヴァは優しく答えていく。
間もなく専用の魔導工房が完成する。
そうなればアイリーンは、今のノヴァと等しい存在となるだろう。
そうして永い時を二人で歩いていくのだ。
――アイリーンはいつ、生きることに疲れてしまうだろうか。
いつまでノヴァとアイリーンは、こうして体を寄せ合っていられるのだろうか。
体を失い、元の神に戻ればこんなことはできなくなる。
人の世界で、人の体を持つことで得られる経験と感動――それをノヴァは心に刻んでいた。
やにわにアイリーンが起き上がり、胸のペンダントを握り締めた。
『――ノヴァ!』
『どうした? アイリーン』
『テディが“見つけた”って言ってる!』
****
数日後、ノヴァたちの元に『魔導工房が完成した』という知らせが届いた。
テスティアとブルームスを率いて、ノヴァとアイリーンが魔導工房に踏み入る。
アイリーンが中の様子を見回しながら確認していった。
『凄いわ、私の時代と遜色――いえ、さすがに使用している技術水準が少し落ちるわね』
ノヴァがフッと笑みを浮かべて答える。
『それは仕方あるまい。現代の人間が触れる技術だ。
先史文明と同等の技術水準など、テスティアが許さぬだろう。
だがこれなら、アイリーンの体と魂を改変することは可能だ』
ノヴァがテスティアたちに振り返って告げる。
『ご苦労テスティア、要件通りだ。
これからアイリーンと俺の施術を行う。
お前たちはそれを補佐しろ』
テスティアとブルームスが畏まる。
『承知しました』
『御意』
****
アイリーンはノヴァに促され、魔導工房に備え付けられた寝台に横たわった。
魔導工房の機材と魔法術式が、アイリーンの監視を開始する。
アイリーンの状態が機材と術式に反映されていくのを見て、ノヴァが頷いた。
『ではまず、アイリーンの魂の出力を上げる』
テスティアがノヴァに尋ねる。
『人間の魂の出力を上げるのですか? それはどのような方法を?』
『アイリーンの竜が、星幽界で俺の本体の位置を探り当てた。
アイリーンの体に、俺の本体との経路を構築する。
体に構築した経路を通じて、アイリーンの魂に本体の力を注ぎ込む』
テスティアが慌てて声を上げる。
『そのようなことを為されば、人間の魂が破裂してしまいます! 耐えられません!』
ノヴァが頷いて答える。
『そうだ。だから同時にアイリーンの魂を俺の魂で保護する。破裂しないようにな』
『それは、魂を分け与えるという意味ですか?!
“新しい神を作る”と、そう仰るのですか?!』
『アイリーンは互いに認め合った俺の伴侶だ。
ならば新しき神になったとて問題はあるまい。
それに、核となるのは人間の魂だ。人間の性質を失ったりはしない。
――ブルームス、そこはお前が手伝え。テスティアは経路構築を補佐しろ』
ノヴァが主導し、施術が開始される。
ブルームスがノヴァの魂を切り分ける補佐を行い、ノヴァがアイリーンの魂を覆っていく。
テスティアが構築した星幽界への経路を、ノヴァが調整して本体とアイリーンの体に接続し固定した。
施術は順調に進んでいった。
『経路の構築と魂の保護は終わったな。
あとは時間をかけて力を注入していくだけだ。数日で終わるだろう。
これでもう、補佐魔法は不要だ。再調整の必要もあるまい。
――次だ。アイリーンの体に自動修復機能を追加する。
今の俺のように、体を欠損させるわけにもいかん。治せるが手間がかかる』
アイリーンが横たわりながらノヴァに尋ねる。
『私の体に、どうやってそんな神様みたいな機能を追加するの?』
『星幽界にある俺の本体に、お前の完全な状態の記録を置く。
損傷が発生すれば、経路を通じて本体がお前の体を修復するように設定する。
実体化まで行う魔法術式を施しておくから、仮初の体になるわけではない。
――不死鳥が蘇るのと同じ原理だ。
成長するにつれて完全な状態は変化するが、そこは自動更新されるように設定する』
『不死鳥と同類の機能なのね。
でもそれだと、自分で機能を停止することもできないんじゃない?』
ノヴァが優しい笑みで答える。
『お前が機能停止を願えば、いつでもお前の魂は経路を通じて星幽界に運ばれる。
俺の魂もそれに引きずられるように星幽界に戻るよう設定する。
――これは死を選ぶのではなく、“本体への合流”と定義すれば可能だ。
テディが本体を見つけてくれたから可能になった術式だな』
アイリーンが笑顔で告げる。
『テディの頑張りが役に立ったのね!』
ノヴァが微笑んで頷いた。
『お前が心から“死にたい”と願った時、お前はその体を失い、俺もこの体を失う。
俺たちの魂は経路を通じて星幽界に運ばれ、俺の力本体に合流する。
そこにはテディも待っている。お前の魂は、俺と共に死後もあり続ける。
――俺とお前が同時に機能停止する方法は、これしか思いつかなかった。
明快にはいけなくなるが、それで本当に構わないか? 断るなら、これが最後の機会だ』
アイリーンが微笑んで答える。
『“死後も共に居てあげる”って、啖呵を切っちゃったものね。私はそれで構わないわ。
テディもそこに居るのなら、文句なんてないわ!』
ノヴァが頷き、テスティアとブルームスに指示を飛ばしながら施術を進めていった。
アイリーンの施術は無事に終わり、ノヴァの左腕の修復と自動修復機能も追加された。
朝から開始された施術が終わる頃、辺りは夕やみに包まれていた。
ノヴァが静かに告げる。
『……全員、ご苦労だった。
これで俺とアイリーンは今、等しい存在だ。
体の死後も共に在る、俺の伴侶だ。テスティア、ブルームス。無礼の無いよう心得よ』
テスティアたちが畏まって頭を下げる。
『御心のままに』
『御意』
アイリーンは寝台から起き上がりながらノヴァに尋ねる。
『ねぇノヴァ、貴方は何が変わったの?
本体との経路を接続したのでしょう?』
ノヴァが頷いて答える。
『お前の父親の魔導知識以外にも、星の神本来の力を引き出せるようになった――くらいだな。
今はそれだけだ。ホムンクルスの体による制約は、どうしても受ける。
だが俺もお前も、本体から魔力を補給することができる。もう魔力充填薬を飲む必要はない。
思い出せる記憶も増えた。だが力はまだ、テスティアやブルームスより弱い――その程度だ』
アイリーンが小首を傾げて尋ねる。
『じゃあ、私とノヴァが力を合わせたら? テスティアさんやブルームスさんに勝てる?』
ノヴァが不敵な笑みを浮かべる。
『誰が相手だろうと、負けはしないさ』




