第42話 神の思し召し
ニアがリストリットに尋ねる。
「殿下、どういうことですか?」
リストリットが報告書に目を通しながら答える。
「エウルゲークとエグザム、両国の首都でほぼ同時期に竜巻が発生したらしい。
被害規模は定かじゃないが、かなり巨大な竜巻を観測したという報告だ。
これで両国の進軍を遅らせられるかもしれん。
あっちの国民には悪いが、被害が大きいことを祈ろう」
「両国で竜巻ですか、初耳ですね。
竜巻が自然発生する気候ではなかったはずです。
しかも両国とも同時期ですか?」
顔を見合わせたリストリットとニアが、一つの可能性に思い至っていた。
「……ニア、ノヴァとアイリーンはどうしてる?」
「はい、世話係たちの報告では『毎日、紅茶を飲んで過ごして居る』とのことです。
外に出かける様子はありませんでした。
ただノヴァくんから『そろそろアイリーンちゃんに教養の教師を付けたい』と要望が出ています」
だがノヴァたちは普段から、認識阻害魔法で周囲を欺いて生活している。
その場にいるように認識させつつ、抜け出した可能性を否定できない。
しかし彼らがこの短期間でウェルバットとエグザムやエウルゲークを往復するのは不可能。
早馬を走らせたとしても、何週間もかかる距離だ。
それにニアも都度、彼らに会いに行っている。
少なくとも長時間、第二離宮から離れたことはないはずだ。
リストリットがぽつりと呟く。
「……転移魔法で移動した可能性はどうだ?」
「転移魔法は、転移先の座標を知らなければならないと言っていました。
ノヴァくんもアイリーンちゃんも、目覚めてからこの国しか知りません。
両国に移動することは不可能でしょう」
「そうか、それなら『神の思し召し』と考えるしかなさそうだな。
あいつらが直接手を下したわけではないのなら、納得するしかあるまい。
俺はあいつに、そこまで求めなかったからな」
リストリットは背もたれに体を預け、報告書を何気なく眺めていた。
「あいつらに、何か礼をしておきたいな」
ニアが微笑んで頷いた。
「そうですね――夜会にでも誘ってみますか?
たった一日と少しですが、一度はアルテイル魔導学園に通ったのです。
知り合いに会える良い機会になるかもしれません」
リストリットが頷いて答える。
「わかった、俺が主催で夜会を開く。
学園で同じクラスに通っていた子供たちに、招待状を出しておいてくれ」
****
十日後の夜、王宮ではミドロアル王国軍を退けたことを祝う夜会が開かれた。
その夜会には多くの子供たちの姿がある――アルテイル魔導学園の生徒たちだ。
子供たちは大人たちから離れ、二人の子供に群がるように話しかけていた。
煌びやかな正装に身を包んだノヴァとアイリーンが、子供たちの中心に居た。
アイリーンは久々に会うかつての級友たちとの再会に笑顔で答えていた。
セレンが微笑んでアイリーンに告げる。
「アイリーン殿下、お久し振りね。急に学園を辞めてしまわれて、寂しく思っていたのよ?」
「セレンさん! お久し振りです!
ごめんなさい、どうしても皇族として扱われるのが耐えられなかったの。
前にも言った通り、私たちは正式な皇族じゃないのよ。
アルトゲイルに迷惑が掛かってしまうの」
セレンの横で、ミヌアが目を見張って答える。
「あら、じゃあ殿下とお呼びしない方がいいかしら」
「ミヌアさん! この場だけでも、そうしてもらえると嬉しいわ!
咎める人が居たら、私たちがかばうから安心して!」
セレン、ミヌアの二人は、アイリーンと手を取り再会を喜んでいた。
そんなアイリーンの様子を、ノヴァは柔らかい表情で見守っていた。
その背後からニアが声をかける。
「どう? ノヴァくん。楽しんでる? ――頬が緩んでるから、楽しんでるみたいね」
ノヴァが微笑んで答える。
「ニアさんですか。急に夜会を開くと聞いて意味が分かりませんでしたが……。
こういうことだったんですね」
ノヴァの視線がアイリーンたちに向けられた。
ニアが微笑んで告げる。
「殿下からの、ささやかなお礼よ。
竜巻を起こしたの、テスティアさんとブルームスさんでしょ?」
ノヴァは肩をすくめ、澄まし顔で答える。
「なんのことかわかりませんね。竜巻があったんですか? 初耳ですよ」
そんなノヴァの様子が微笑ましく映り、ニアは笑みをこぼす。
――やっぱりノヴァくんも、嘘が下手ね。
「ふふ、まぁいいわ。二人とも強情なんだもの。
でもおかげで、この国が攻め込まれることはなさそうよ。
それと、そろそろあなたたちの魔導工房が出来上がる頃よ。
アイリーンちゃんの体の様子はどう?」
「毎週再調整してますから、今は問題ありませんよ。
テスティアとブルームスが居るなら、アイリーンの再構築もより万全な形で行えるでしょう」
「じゃあ、テディから報告はあった?」
「僕の力の気配を感じているらしいので、近くには居るのでしょうね。
隠された状態を暴けるかは、テディの頑張り次第です」
「そう……あなたの本体、見つかるといいわね。
――そういえばブルームスさんが『新しき神々は自分たち以外滅ぼされた』って言っていたけど、あれって何か影響はないの?」
つまりこの物質界に現存する新しき神々は、ノヴァとテスティア、ブルームスだけだ。
ノヴァもブルームスも人間管理社会に反対する神であり、関与する行動は起こしていない。
人間を管理する神は、アルトゲイル皇国を運営するテスティアのみとなった。
未だアルトゲイル皇国は大陸に強い影響力を持った大国だ。
だがテスティアはノヴァの傍に居る。
ならば、ノヴァの意向が速やかにアルトゲイル皇国に反映されていくだろう。
後は、滅ぼされた神によって管理されていた領域がどうなっているか、だ。
こちらは今後の情勢を見て対応していくことになるだろう。
情報収集は急務だったが、ウェルバット王国の手には余る。
そこはテスティアが持つ情報網だけが頼りだ。
神々が居なくなったことによる影響がウェルバット王国にどのような影響を及ぼすのか。
ニアには予想がつかなかった。
ノヴァが微笑んでニアに告げる。
「神による人間管理社会を破壊しやすくはなったでしょうね。
これから長い時間をかけて、人間には自立してもらうことになります。
少なくとも、リストリットやニアが生きている間は大きな変化はないでしょう。
滅びた新しき神は、全て僕の本体に取り込まれているはずです。
僕がこの体を失った後なら、改めて神々を生み出すこともできますよ。
必要があればそうなるでしょう――デルグ・エスト教の動きはどうですか?」
ニアは表情を曇らせた。
「それが、崇めていた神を滅ぼしたはずなのに、未だにそれなりの勢力を維持しているわ。
一時期ほどの勢いはないけど、信徒が減る様子がないの。なぜなのかしら」
ノヴァが思案しながら答える。
「やはりそうですか……では他の古き神も居る、と思った方がいいでしょう。
いつから活動していたかは知りませんが、古き神一柱だけで新しき神々を壊滅させることは不可能ですからね。
ブルームスがあっさり滅ぼして見せたように、あのデルグ・エストにそこまでの力はありませんでした。
ブルームスも他の古き神のことは知らないようですが、油断は禁物ですよ」
ニアが頷いて答える。
「わかったわ。そのことは殿下にも伝えておく。
あなたも夜会を楽しんでね」
ニアはその場を離れ、リストリットの元へ向かった。
アイリーンがノヴァの傍に立ち、笑顔で尋ねる。
「ねぇノヴァ、難しいお話は終わった?」
ノヴァが振り向き、笑顔で答える。
「ええ、終わりましたよ。クラスメイトたちはどうしたんですか?」
「一通り話し終わって、みんなそれぞれ楽しみだしたわ。
私たちも夜会を楽しみましょう?」
アイリーンに手を取られ、ノヴァは共にダンスホールに向かって歩いていった。




