第39話 寡黙な男
リストリットはニアと共にノヴァたちの居室を訪れた。
時刻はまだ、昼を回り昼食が終わったばかりだ。
王宮は突然の異教徒取り締まりで大騒ぎだったが、ようやく落ち着きを取り戻していた。
ノヴァとアイリーンはソファに腰かけ、ゆっくりと紅茶を楽しんでいる。
そのノヴァの背後に、テスティアとブルームスベイルゲイルが控え、佇んでいた。
リストリットは忌々しそうな視線をブルームスベイルゲイルに向けつつ、ノヴァたちの向かいに腰を下ろす。
紅茶の給仕が終わると侍女たちは人払いされ、ようやくリストリットが告げる。
「なぁノヴァ、そのブルなんちゃらは信用できるのか?」
アイリーンが勢いよく告げる。
「リストリットさん?! どんどん言える名前が短くなってるわよ?!
――ブルームスベイルゲイル、そこまで覚えるのが難しい名前ではないでしょう?」
リストリットがむすっとした顔で黙り込んだ。
――殿下は人の名前を覚えるのが苦手ではないはずなのに、不思議ね。
ニアは内心で小首を傾げていた。
ブルームスベイルゲイルが告げる。
『言いにくいのであれば、我が名は“ブルームス・ゲイル”と呼ぶが良い。
人間社会に居る時の偽名だ』
リストリットが呆れた顔で答える。
「あんたら神は、名前に頓着ってものがないのか?!
テスティア女皇といい、なんでそう安直なんだ?!」
ノヴァが笑いながら告げる。
『新しき神々は、名前に無頓着とも言えるし、頓着してないとも言える。
偽名を用いる時、元の名前に極力近い名前を使おうとするのだ。
なぜそうなのかは、俺にも分からん。
そのような性質を入力した覚えはないのだがな』
リストリットが頭を掻きながら尋ねる。
「じゃあもう一度聞くぞ? ブルームスは信用できるのか?
そいつが異教を放置していたから、多数の犠牲者が出た。兄上もその一人だ。
俺はそれを、許すことができる気がしない」
ノヴァの視線がブルームスを捕らえる。
ブルームスは動じる様子もなく、ただまっすぐに前を向いて控えて居た。
それを確認したノヴァが薄く微笑み、リストリットに振り向いて答える。
『“仔細は不問に付す”と俺はこいつに伝えた。俺はこいつを信用する。それだけだ。
おそらく、新しき神々をどうしても止めたかったんだろうよ。
こいつ一人では、新しき神々が作り出す人間管理社会を防ぐことはできん』
『御意』
ブルームスが一言だけ答えた――それで合っている、ということだろう。
どうやら口数の少ない神らしい。
その意図を掴むのは苦労しそうだった。
正しく理解できるのは、ノヴァだけかもしれない。
ニアは前から思っていた疑問を、二人の神に投げかける。
「ねぇ、前から疑問だったんだけど、いいかしら?
どうしてテスティアさんもブルームスさんも先史文明の言語で話すの?
貴女たちは現代の言語も話せるでしょう?』
テスティアが頷いて答える。
『確かに私たちは現代の言語も自在に操れます。
その上で、ノヴァ様が口になさる言語に合わせているだけです』
その答えにニアが呆れた。
「どんだけ主が好きなのかしら……。
しかもテスティアさんだけじゃなく、『反抗的』と言っていたブルームスさんまで?
ちょっと理解できないわね」
アイリーンがブルームスに振り向いて尋ねる。
『ねぇブルームスさん。あなたは星幽界でどうやってノヴァを探していたの?』
ブルームスは黙って前を向いたままだった。
ノヴァが苦笑を浮かべ、背後のブルームスに告げる。
『ブルームスベイルゲイル、答えてやれ。
アイリーンは我が伴侶だ。俺には反抗的でも構わんが、アイリーンに逆らうことは許さん。
アイリーンの言葉は、俺の言葉も同然と思え』
『御意――我が友、不死鳥が星幽界におります。彼に追跡を頼んでおります』
アイリーンが目を見張って驚いていた。
『不死鳥?! 貴方、不死鳥と友達なの?!
なるほど、不死鳥なら死後、魂が冥界ではなく星幽界に移動する。
そこで物質界に戻らずにノヴァを探索させてるのね』
ニアが疑問に思ってアイリーンに尋ねる。
「ねぇ、不死鳥って死んでも蘇るんじゃなかったの?」
アイリーンが頷いて答える。
『星幽界で魔力を蓄えると、物質界に戻ってくるのよ。そういう術式が魂に施されているの。
だから魔力を蓄えないように加減してるんじゃないかしら。
――でも不死鳥でも無理なら、テディにも難しいのかしら』
少し肩を落としたアイリーンに、ノヴァが優しく告げる。
『その不死鳥は俺の気配を知らん。
俺の気配を知るテディなら、不死鳥よりは見つける可能性があるだろう』
アイリーンの表情が綻んだのを見て、ノヴァが安心したようにその頭を撫でた。
ブルームスはノヴァたちの様子を気にする様子もなく、ただ前を向いて居る。
ニアが疑問に思って尋ねる。
「テスティアさんは事情を聞きたがったのに、ブルームスさんは何も聞かないのね。
アイリーンちゃんが伴侶と言われても、何の疑問も感じないの?」
ノヴァがフッと笑みをこぼして告げる。
『こいつは昔からそういう存在だ。必要があれば答え、必要があれば問う。
だがそうでなければ何も言わぬし聞かぬ。
反抗する理由すら言わぬから、周囲からは反抗心溢れる神に見える。
俺も反抗の理由を問うことはめったにせぬからな』
「それって、ある意味テスティアさんよりも忠誠心が高いんじゃないかしら……」
テスティアが勢いよく声を上げる。
『いいえ! 新しき神々で最も忠誠心が高いのはこの私、テスティアルトゲイルです!』
ニアがブルームスに視線を走らせる――彼は何も言わず、ただ前を見ていた。
――なるほど、そういう二人なのね。
おそらくノヴァへの執着心が強いのがテスティアだ。依存心と言ってもいい。
全てを知ろうとし、理解したがる。
主の一番に拘り、常に傍に侍りたがる。
だが純粋な忠誠心ならブルームスの方が高い。
主が言うがまま、その通りに受け取り、信じる。
だが主に必要と思えば、逆らってでも行動に移す。
そして理由も主に不要なら告げないのだ。
主に取って意味がないので、テスティアと順位を張り合うこともしない。
なるだけ傍に控えるが、傍に居られなくても気にはしない。
名実ともに一番であろうとし、主に執着するテスティア。
主に報いることができれば、それ以外には頓着しないブルームス。
二人はそういう関係なのだろう。
――これを言葉にすると、またテスティアさんに噛みつかれそうだな。
ニアは黙って、思っていたことを胸の内に沈めた。
ノヴァが楽しそうに含み笑いをこぼした。
『ククク……ニアよ、いい読みだ。
おおよそそれで合っている』
リストリットはまだ思いつめた顔で、ティーカップを見つめていた。
「それでも兄上が犠牲になったのは、もう取り返しがつかない事実だ。
やはり俺には、ブルームスを許すことができる気がしない」
ニアが思わずリストリットの肩に手を置いて告げる。
「殿下……」
ノヴァに忠実で優秀な家臣、それは間違いない。
だがブルームスの判断と行動の結果、ウェルト第一王子が犠牲になった。
直接誘惑したのも、危害を加えたのも異教の神だった。
筋違い――それがわかっていても、怒りの矛先を心が求めてしまうのだろう。
ノヴァの表情が曇り、リストリットに静かに告げる。
『リストリットよ、ブルームスベイルゲイルの罪は俺の罪も同然だ。恨むなら俺を恨め。
お前の兄を救ってやれなかったのも俺だ。
もっと早くウェルトの苦悩に手を差し伸べてやれば、救えたかもしれんのだ』
寂しく自嘲の笑みを浮かべながら、ノヴァは紅茶を口に運んだ。
リストリットが悔しそうにそんなノヴァを見つめている。
――救えなかったのは殿下も一緒。こんなことを言われたら、殿下は自分も許せなくなる。
自分の責任を他人に擦り付けて恨み言を言うなど、彼の矜持が許さないだろう。
リストリットがため息をついて告げる。
「……お前、それは卑怯だろう。
そう言われて、恨み節を続けられるわけがないだろうが」
『ならば気持ちを切り替えることだ。
この国を背負える者は、お前しかおらん。
ビディコンスはもう国王の役目を果たすに値しない。
この国を守りたければ、お前が気を確かに持て』




