第38話 邪教の神(3)
ノヴァに襲い掛かる黒い津波――だがノヴァは、その津波に向かって駆け出していた。
そのまま異形の存在はノヴァを飲み込み、完全に包み込んだ。
ノヴァは異形の存在内部で新たに防御魔法結界を多重並列展開していく。
同時に分解吸収魔法術式も加え始めた。
ノヴァと異形――二つの存在が互いに相手の力を取り込もうと鎬を削っていた。
ノヴァは少しずつ周囲の『古き神の力』を分解し取り込み始める。
だが異形の存在もノヴァの防御魔法結界を破壊し続けている。
破壊された防御魔法結界を、ノヴァは即座に再構築していく。
ノヴァが力を取り込む速度よりも、力を消耗する速度が速い。明らかに分が悪いのだ。
このままではノヴァが異形の存在に取り込まれるのは、時間の問題と言えた。
――まだ見ている気か?!
ノヴァがある方向に向け、突き付けるようにその手を伸ばした。
『ブルームスベイルゲイルよ。いい加減、その姿を現し力を貸せ。
いつまで俺を見極めようとしている気だ。
“我が敵を滅ぼす”ことが貴様の存在意義だろう』
返事はない。ノヴァの防御魔法結界を再構築する速度が、ついに破壊する速度に負け始めた。
ノヴァが異形の存在に取り込まれ始める。
差し出していたホムンクルスの腕が、どろりと溶けた。
それでもノヴァは余裕の笑みを浮かべて叫ぶ。
『――来い! ブルームスベイルゲイル! わが権能、我が敵の全てを破壊する力よ!
今貴様の力を使わず、いつ振るうというのだ!』
その言葉に応じるように、異形の存在が二つに切り裂かれた。
その中からノヴァが姿を現す。
傍らには、いつの間にか壮年の男が立っていた。
そのままノヴァを抱きかかえ、異形の存在から距離を取り、ノヴァを下ろした。
ノヴァが変わらぬ余裕の笑みを異形の存在に向けたまま、男に告げる。
『何を迷っていたか知らんが、貴様らしくない遅参だったな。
おかげで腕が解けた。治すのに手間がかかる』
男がノヴァに跪いて答える。
『申し訳ありません』
『そう思うなら、さっさとあの見苦しい“力の塊”を滅して来い。それが貴様の存在意義だ』
『御意』
壮年の男は短く答え、異形の存在に向かって疾走していく。
その手には黒い長剣が握られており、剣が振るわれるたびに異形の存在が切り裂かれ、削られていく。
リストリットたちが茫然と見守る中、瞬く間に異形の存在が力を失っていった。
最後の一振りで核が両断され、異形の存在は消滅した。
長剣を納めた男が再びノヴァに近づき、目の前で跪く。
ノヴァは笑みを壮年の男に向け、その顔を見つめていた。
テスティアがハッと我に返り、ノヴァに駆け寄った。
アイリーンたちもそれに続いていく。
『ノヴァ! 腕は大丈夫?!』
『問題ない。魔導工房が完成すれば治せるだろう』
テスティアがノヴァの前に辿り着き、男と同じように跪いた。
そのまま隣の男に告げる。
『ブルームスベイルゲイル、久し振りですね』
男――ブルームスベイルゲイルが答える。
『テスティアルトゲイル、貴様もな』
そんな二人を見下ろしていたノヴァは、どろどろに溶けた左腕の周囲に魔法術式を展開した。
溶けた腕を光に変え、体に吸収していく。
ノヴァは肩口から左腕を失い、見るも痛ましい姿になっていた。
アイリーンの顔が泣きだしかけたのを見たノヴァが、ため息をついて告げる。
『テスティアルトゲイル、ブルームスベイルゲイル、力を貸せ。
見せかけの左腕を作る。
このままでは我が伴侶が心を痛める』
『御心のままに』
『御意』
煮たりの力の一部がノヴァに渡り、ノヴァはその力を左腕の形に再構築していった。
魔力で左腕を形作った後、その見た目を≪擬態≫の魔法術式で隠蔽していく。
ノヴァの姿が元通りになり、アイリーンが涙を流しながら尋ねる。
『ノヴァ! 左腕はもう大丈夫なの?!』
ノヴァは優しい笑みで答える。
『見ればわかるだろう? 問題はない。
今は見せかけだが、魔導工房が完成すればすぐに治せる』
アイリーンがノヴァの左腕を入念に確認していく。
ノヴァはそれに構わず、ブルームスベイルゲイルに尋ねる。
『ブルームスベイルゲイル。貴様、今まで何をしていた。
このような古き神が人間を食い物にするのを防ぐのも、貴様の役目だろう。
なぜ傍観していた?』
ブルームスベイルゲイルが静かな声で答える。
『はい。この神が新しき神を滅するたびに、ノヴァ様の元に力が向かうのを偶然知りました。
何度も力を追跡しておりましたが、いつも星幽界の途中で見失い、失敗しておりました。
遂に新しき神々はこの場に居る我々だけになってしまいました。
それについては、申し開きもありません』
ノヴァが口角を上げて笑った。
『あれほど俺に反抗してばかりだった貴様が、俺を探していたか。なぜだ?』
『私はテスティアルトゲイルと意見を違えました。
“ノヴァ様が不在でも、人間は見守るべきだ”と主張しました。
ですがそれに賛同する新しき神は居ませんでした。
人間を管理しようとする彼らを止めるには、ノヴァ様ご自身のお言葉が必要です。
そのため、ノヴァ様を追い求めておりました』
ノヴァが楽しそうに笑った。
『俺に最も反抗的だった貴様が、俺の意思を最も理解していた、ということか?
皮肉なものだな。
それで、なぜ俺の左腕が失われるまで傍観していた?
貴様は最初からこの場に潜んで居ただろうに』
『ノヴァ様のお力が余りにも弱く、またその体がホムンクルスの物だった為、ノヴァ様ご本人であるという確信を得られませんでした。
ですが、あのような危機的状況でも余裕の笑みを浮かべられるお姿を見て、ようやく確信を持てたのです』
ノヴァの目がブルームスベイルゲイルを見定めるように見つめていた。
『ふん……まぁ良い。古き神は滅した。細かいことは不問に付そう。
俺は疲れた。教派もう住処に帰る。貴様も付いてくるが良い』
『御意』
ノヴァがリストリットに振り向き、声を張り上げる。
『リストリット! 王宮に戻るぞ!』
リストリットは戸惑いながら頷き、異教徒を捕縛した部隊を指揮しながら王宮へ向かった。
ノヴァはアイリーンと共に歩きながら、その後ろを付いていった。
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王宮に到着したリストリットをノヴァが呼び止める。
『リストリット、お前の兄の魂を解放する。弔うならよく見ておけ』
テスティアが手の先にある光の玉を頭上にかざす。
捕縛魔法が解除されると同時に、空に向かって光の玉が散り散りに散り始めた。
風に乗るかのように漂った光が全て散っていくと、リストリットが一筋の涙を流していた。
リストリットがぽつりと呟く。
「兄上……お救いできず、申し訳ありません」
隣でニアがリストリットの肩を抱いて告げる。
「殿下は最大限、できることをなさいました。
今は自分をお責めにならないように」
「そう……なのだろうか。
もっと兄上のためにできることがあったのではと、今でも悔やむ」
ノヴァが穏やかな声で告げる。
『リストリット、感傷は兵を返して、部屋に戻ってからにしろ。
これからこの国は、お前の双肩にかかっているのだ。
兵にみっともない姿を見せるな」
リストリットは頷くと涙を拭い、兵たちに解散命令を出した。
そのままニアに支えられながら、二人は離宮へと戻っていった。
アイリーンがその背中を見て呟く。
『リストリットさん、大丈夫かな』
ノヴァが微笑んで答える。
『奴はこの程度でつぶれる男ではない。心配するな』
ノヴァもアイリーンの肩を抱き、離宮へと戻っていく。
その後ろをテスティアとブルームスベイルゲイルが後に続いた。




