第36話 邪教の神(1)
テスティアが魔法術式を解除して告げる。
『ノヴァ様、これはどういうことでしょうか。
なぜ人間が神のような性質を?』
ニアがノヴァに振り向いて尋ねる。
「ねぇノヴァくん。お願いだから、私たちにもわかるように説明してもらえない?」
ノヴァがウェルトを見下ろしながら答える。
『そうだな……ウェルトの魂は“神の眷属”となった。
眷属となった魂は、その主の持ち物同然だ。
ゆえに、死後その魂は主に取り込まれる』
ニアが目を見開いて声を上げる。
「神の眷属って、異教の神の仲間入りをしていたってこと?!」
ノヴァが頷いて答える。
『分かりやすいな、その通りだ。
こんな真似ができるのは、古き神々しかおるまい。
異教の神は古き神で間違いないだろう』
アイリーンがノヴァに尋ねる。
『古き神は、人間を神の眷属にすることができるの?』
ノヴァが遠い記憶を引き出しながら答える。
『……そうだ。そうやって指導者を神の眷属とし、力を与え、より指導力を高めた。
人間の指導者どもは高い能力を欲して神の眷属になることを求め、髪を敬い媚びへつらった。
眷属になれば、主には逆らえなくなる。管理社会には打ってつけの機構だ』
『ノヴァは新しき神であると共に、古き神でもあるわよね?
ならノヴァにも同じことができるの?』
ノヴァが頷いて答える。
『そう、俺にはできる。だがこの権能を嫌悪し、封印している。
新しき神々がこの力を持たないのは、その為だ』
ニアが思案しながら告げる。
「ウェルト殿下はご自分の能力に劣等感を持ってらっしゃった。
それで力を欲したのね。そして町で見かけた異教に手をだし――その結果がこれなのね」
ノヴァが頷いて答える。
『これなら人間と比べて高い身体能力と魔力、知性を持つようになる。
劣等感に苛まれていたウェルトには垂涎ものだっただろう。
代償を知らされていたかは、定かではないがな』
「ウェルト殿下は気絶したままだけど、もう目を覚まさないの?」
『魂ごと意識を捕縛している。
魔法術式を解けば覚醒するだろうが、それでは逃げられる。
なぜ俺たちを監視していたのか――もっと情報を搾り取りたいがな。
今使える俺の魔法とテスティアの権能では、これが限界か』
リストリットがぽつりと呟く。
「――なぁ、兄上を殺すのか」
ノヴァがわずかに躊躇った。だが淡々と答える。
『このような存在に変質したら、そうしてやるのが救いだ。
もうこいつはウェルトであってウェルトではない。
元に戻す方法もない。
放置すれば異教の神の手したとして活動する。
ならば、滅ぼすしかあるまい』
ニアが眉をひそめて告げる。
「だけどウェルト殿下を手にかけたとなれば、人間社会で外交問題になるわ。
もうここにウェルト殿下が居ることは、何人もの人間に見られてるわよ?」
『安心しろ。認識阻害魔法をかけてある。
他の奴らにはウェルトに見えておらん。
俺たちが賊を捕縛しただけに見えている』
リストリットが決意した目で告げる。
「なら、俺に兄上を殺させてくれ。
それならたとえ露見したとしても、外交問題にはならない」
ノヴァは床に転がるウェルトを見つめていた。
その視線を苦悩するリストリットに移して告げる。
『お前が優れた戦士であることは知っている。
だがウェルトはもう現代の人間が滅ぼせる存在ではない。
お前は剣で魂を切れるのか?』
リストリットが言葉に詰まった。
ノヴァはしばらくリストリットを見つめた後、静かに告げる。
『……そういうことだ。諦めろ。
では魂の解体を始める』
ノヴァが解体魔法術式を多重並列起動し、ウェルトの周囲に展開した。
魔法が発動し、ウェルトの体が徐々に光に変わっていく。
解体魔法の行使が終わると、その場には光の玉が残されていた。
ニアが光の玉を見つめながら、興味深そうにノヴァに尋ねる。
「ねぇ、これは何? どういう状態なの?」
『魂を構成していた存在だ。
魔力の源、先史文明では“マナ”、現代では“エーテル”と呼ばれるものだな。
それを未だに捕縛術式で捕えているから、光の玉に見える』
「なぜ捕縛術式を維持しているの? もうウェルト殿下は滅ぼしてしまったのでしょう?」
ノヴァが剣呑な笑みで答える。
『わからんか? ――リストリット、準備をしろ!
この力が向かう先に“異教の神”が居る。お前の兄の仇が居るとすれば、そいつだ。
異教を潰すぞ』
****
リストリットは速やかに部隊を編成し、己も長剣を携え指揮を執った。
国王の近衛兵だろうと、なりふり構わず搔き集めていた。
部隊を整列させ、ノヴァやニアも準備を終えて待っている。
リストリットがノヴァに告げる
「王宮の精兵を三百名そろえた。
人間相手なら、何とでもなる。
だがそれ以外は任せる」
ノヴァがリストリットの目を見て頷いた。
『引き受けよう』
アイリーンが声を上げる。
『私も行くわ! こんなの、私だって許せない!』
ノヴァが優しい微笑みでアイリーンの頭を撫でた。
『お前はここに残れ。お雨の守りはテディが担ってくれる』
アイリーンはノヴァの手を払いのけ、声をさらに張り上げる。
『なぜ?! ニアさんだってリストリットさんと一緒に行くのよ?!
伴侶が戦地に行くなら、戦える私だって共に行きたい!』
アイリーンの固い意志を見たノヴァは、ため息をついて項垂れた。
『そういうところも、炎の神にそっくりだな。
……仕方あるまい、俺とテスティアの傍から離れるなよ?』
****
ノヴァは力が向かう先を示しながら、先導して走った。
リストリットはノヴァの後を追い、部隊を指揮して駆けて行く。
ノヴァは住宅街のさらに先、裏道の奥にある貧民街へと向かっていく。
リストリットが走りながら、ぽつりと呟く。
「こんな場所に異教の根城があったのか。報告にもなかったな」
『異教徒の一部だけが知る場所なのだろう。
大方、失踪した諜報員も“ここ”に潜入しようとして失敗したのではないか?』
おそらく、生贄を使った儀式を行う場所がこの先にある。
諜報員たちもここを突き止めようとして失敗し、儀式の生贄とされたのだろう。
ノヴァが足を止めた場所は、エウセリア正教の廃教会前だった。
朽ちてはいるが、崩れるほどではない。
テスティアが前に出てノヴァに告げる。
『まずは私が中に入ります。ノヴァ様はアイリーン様の傍へ』
ノヴァが頷き、テスティアを先頭にノヴァとアイリーンが続く。
その後ろをリストリットとニア、最後尾に精兵たちが続いていった。
ノヴァが魔力充填薬を飲み干し、空き容器を投げ捨てた。
アイリーンが不安気に声をかける。
『大丈夫? もうそれで三本目よ?』
ノヴァは不敵に笑いながら答える。
『なに、問題ない。充分な量は持ち込んでいる』
ニアも不安に思いながらノヴァを見ていた。
エーテルを捕縛する魔法術式――戦慄するほど高度な魔法だ。
現代の魔導理論では辿り着けない領域。
先史文明でも、おそらく高度な魔法だろうと容易に想像ができる。
魔法術式も複雑で、明らかに消耗が激しい類のものだ。
それを長時間維持しているのだから、消耗する魔力も尋常ではないのだろう。
ノヴァは廃教会の奥へと向かっていく。
最奥にある礼拝堂の祭壇、そこでノヴァが足を止めた。
ノヴァが壁を見つめてテスティアに告げる。
『テスティア、おそらく隠し部屋だ。壁を破壊しろ』
テスティアが頷き、粉砕魔法術式で祭壇裏の壁全体を崩落させた。
その奥に続く暗闇が照明魔法で照らし出される。
そこには、床に大きな赤い魔法陣が描かれていた。
魔法術式を物理的に床に記しているのだろう。
テスティアが嫌悪感をあらわにして告げる。
『血の魔法陣……こんなものを作っているのですか。
アルトゲイルでは見たことがありません』
ノヴァが冷笑と共に答える。
『古き神にはよくあったことだ。
この魔法術式――思い出した、“享楽の神”か。
人間は“デルグ・エスト”と呼んだ。
生贄にされた人間の魂を食らい、報酬として享楽を与える神だ』
その場でノヴァが魔法陣に向かい、声を張り上げる。
『出て来いデルグ・エスト! そこに潜んでいるのはわかっている!』
ノヴァは剣呑な眼差しで照らし出された魔法陣を睨み付けていた。




