第30話 初授業
ムシュメルトに案内され、ノヴァとアイリーンは教室に足を踏み入れた。
教室の中には同い年の男女が三十人ほど、興味津々で二人に視線を注いでいる。
ムシュメルトが教壇に立ち、生徒たちに声を張り上げる。
「今日からクラスに編入することになった、新しいクラスメイトです。仲良くしてください」
ノヴァとアイリーンはムシュメルトに促され、教壇の前に立った。
「僕はノヴァ・ウェルシュタインです」
「私はアイリーン・ウェルシュタインです」
生徒たちからまばらな拍手が浴びせられた。
ムシュメルトに促され、ノヴァとアイリーンは空いている席へ腰を下ろした。
「では授業を開始します。教科書を開いてください」
こうして、二人の学園初日が開始された。
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授業は魔導理論だった。
『魔力がどこからきて、どこへ行くのか』。その現在の理論が教科書に沿って進められる。
アイリーンは退屈で眠くなりかけながら、必死に眠気と戦っていた。
前を向いたままのアイリーンがノヴァに告げる。
『どうしようかしら。
魂の定義がない状態で魔力を論じても、何の意味があるのか分からないわ……』
『頑張って耐えておけ。初日から居眠りなどしては、心証が悪くなるぞ』
先史文明――アイリーンの時代では、ホムンクルス製造技術によって魂の解析が進んだ。
それにより魔導理論が大幅に書き換わったのだ。
全ての魔導理論は『世界と魂の定義』を前提としており、魔力もまた、魂を根拠にした力だった。
つまり魂の定義が認知されていない現代の魔導理論は、遥かに稚拙で頭打ちになる袋小路の理論なのだ。
これを退屈と思わずにいるのは、アイリーンに取って耐え難い苦痛だった。
『辛いわ……ねぇノヴァ、認識阻害魔法で眠ってることを隠しておいてもらえない?』
ノヴァが微笑みながら小さく息をついた。
『仕方ないな、魔導理論の時間だけだぞ?』
ノヴァから了承を得たアイリーンは、そのまま机でうつぶせになり、ストンと意識を手放した。
そんなアイリーンの顔を、ノヴァは楽し気に眺めていた。
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授業が終わる間際にノヴァに起こされ、アイリーンが目を覚ます。
それと同時にムシュメルトが手を打ち鳴らし、声を上げる。
「では休憩時間とします」
言い終わると、ムシュメルトは教室から出ていった。
その途端、ノヴァとアイリーンの周囲に人だかりが生まれた。
気安い女生徒がノヴァに尋ねる。
「ねぇねぇ! アルトゲイルの皇族って話は本当?!」
ノヴァは曖昧に頷いて答える。
「ええと……どうやら、そう伝わってしまっているみたいですね。
ですが正式な皇族ではないんですよ。
なので、皇族だとは思わないでください」
別の男子生徒が二人に尋ねる。
「殿下たち、同じウェルシュタインだよな? 親戚か何かか?」
アイリーンが眉をひそめて答える。
「んーと、ウェルシュタインは偽名のようなもので、親戚でもなんでもないのよ」
別の女生徒が興味津々に尋ねる。
「じゃあお二方はどういった関係なのかしら?」
アイリーンが微笑んで答える。
「伴侶よ。私とノヴァは婚約者なの。生涯を共に在ると誓い合った間柄よ」
周囲の生徒たちから冷やかしの声が上がる。
興奮した女生徒が口を開こうとしたその時、一人の女生徒が大きく手を打ち鳴らした。
「皆様、お二方のご迷惑よ。それ以上は控えなさい」
叱られた生徒たちは、人だかりを解散させて席に戻っていった。
アイリーンがその女生徒に頭を下げる。
「ありがとうございました。助かりました」
女生徒がニッコリと微笑んで答える。
「とんでもありませんわ。クラスメイトがご迷惑をおかけしました。
私はディール公爵家のセレンですわ。よろしくお願いします」
「アイリーン・ウェルシュタインよ。
公爵家だなんて、凄い方もいらっしゃるのね」
アイリーンの言葉に女生徒――セレンが口元を手で隠して笑った。
「あら、何を仰るの? アルトゲイル皇族の方が格は高いわ。
我が国の王族より、ずっと書く上でしてよ?」
ノヴァが横から告げる。
「先ほども言った通り、僕らは正式な皇族ではありません。
身分なんてないようなものですよ」
セレンが華やかに微笑んだ。
「では、そういうことにしておきますわ。ノヴァ殿下」
ノヴァが苦笑しながら答える。
「できれば、その『殿下』もやめて欲しいところなんですが」
「それは無理よ。学園中にあなた方が皇族であることが周知されているもの。
ノヴァ殿下やアイリーン殿下を呼び捨てにしたら、それこそ外交問題になりますわ」
にこりと華やかに微笑み続けるセレンに対し、ノヴァは黙り込んでしまった。
親しい友人でもないのに大国からの賓客の敬称を省略するなど、有り得ない話だ。
一般常識を持つのであれば、そこは控えざるを得ない。
ノヴァはため息をついて答える。
「わかりました。貴女の好きになさってください」
アイリーンはノヴァが敗北するところを見て、どこか新鮮な気分に浸っていた。
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休憩時間が終わると、ムシュメルトが戻ってきて二限目の授業が開始された。
今度は魔法術式の座学――術式の解説と暗器を行う授業だ。
理論よりはマシだが、アイリーンは眠気に抗うのに必死だった。
「ねぇノヴァ、やっぱり魔導に関する授業は辛いわ」
「ホムンクルスは本来睡眠を必要としない。なぜそうも眠くなるのだ?』
睡眠をとれないわけではない。機能自体はあるのだ。
だが通常、ホムンクルスは睡眠をとらずに活動できる生命体だった。
アイリーンが小首を傾げて答える。
『なぜかしら……魂が人間だから?』
ノヴァが俯いて考え込み、アイリーンに答える。
『……ああ、わかった。お前の頭脳は元の“アイリーンの頭脳”を設計図としている。
より人間に近い特性があるのだろう。
お前の父親もまさか、ここまで人間に近い特性になるとは思っていなかったようだがな』
『それはどうしようもないわね……。
お父様は私を再現したかったのでしょうし。
人間の私を複製元とする以上、避けられないことなのね』
『ではどうする? また認識阻害させて眠っておくか?』
アイリーンが頷いて答える。
『じゃあ、あとはよろしくね』
いうが早いか、再びアイリーンは夢の世界へ羽ばたいた。
安らかな寝息を立てるアイリーンの顔を、ノヴァはまた楽しそうに眺めていた。
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授業の終わりにアイリーンが起こされ、再び休憩時間になった。
だが生徒たちは次々と席を立ち、教室の外へ移動を開始していた。
アイリーンが通りかかった女子生徒に声をかける。
「みんな、どこに行くの?」
「次の授業は魔法技術の実技ですもの。
休憩時間中に外に移動しなければならないの」
アイリーンが微笑んで頷いた。
「そう、ありがとう――ノヴァ、私たちも移動しましょうか」
アイリーンはノヴァと共に、生徒たちの後に付いていった。




