第3話 そして彼は少女と出会う
広間の一角にノヴァが向かい、指をさして告げる。
『仮眠用のベッドがそこに在る。
邪魔なものをどけて、そこにアイリーンを寝かせ』
よく見れば、ベッドらしきものが確かにあった。
その上に乗せられている朽ちたゴミを、ニアが払い落としていく。
あらわになったベッドの上に、リストリットがアイリーンを横たえた。
横たわるアイリーンの額にノヴァが手を当て、魔力を集中させ始めた。
その魔力の光がアイリーンの全身に行き渡る頃、わずかにアイリーンの瞼が動く。
アイリーンは薄く目を開けたが、それ以上の動きはない。
『身体機能に問題があるか』
ノヴァが魔法術式を展開し、アイリーンに魔法を施していく。
ニアがそれを解読するように目を凝らして見つめていた。
「これは――身体補佐魔法?
……駄目ね、それ以上詳しいことが分からない」
『そうだ、機能不全をおこしている部分を補っている。
――だがこれでも足りないか。純粋な魔力不足だな。
何か別の、魔力を補給する手段が必要だ』
リストリットが懐から魔力装填薬を取り出し、ノヴァに手渡した。
「これは使えそうか?」
ノヴァは薬を受け取ると、それに魔法を施していく。
次第に怪訝な表情になりながら薬を眺める。
『……酷い薬だな。だが有効成分は含まれている。
これを試してみよう』
ノヴァは魔力装填薬を口に含むと、アイリーンに口移しで飲ませ始めた。
ニアは口元を両手で覆い、頬を染めている。
リストリットも呆気に取られて眺めていた。
アイリーンの喉が動き、薬を飲み込んだのが分かった。
すぐにノヴァがアイリーンから離れ、彼女の様子を観察しているようだった。
アイリーンの目がさらに開いていき、その瞳があらわになった。
その色はノヴァと同じ、眩い金色――竜と同じ色の瞳だ。
だが目は虚ろなまま、天井を見上げている。
ノヴァが静かにアイリーンに尋ねる。
『アイリーン、自分の名前を覚えているか』
アイリーンの口が小さく動く。
『――私はアイリーン。アイリーン・ウェルシュタイン』
『では、年齢はいくつだ? 覚えているか?』
『――十四歳、よ。もうすぐ十五歳になるわ』
ノヴァが頷いて告げる。
『自分がどうなったか、覚えているか?』
『――ある日、胸が苦しくなって倒れて……ずっと苦しくて、不安で、辛くて。
ベッドから起き上がれない日が一年も続いたわ。
そしてとっても苦しい夜が来て、でも、誰も傍に居なくて、お父様を呼んだの。
……駄目ね、それ以上は思い出せない』
アイリーンの目が、ノヴァに向けられた。
『金色の瞳の男の子……そう、あなた、ホムンクルスなのね』
ノヴァが再び尋ねる。
『お前は自分の瞳の色を、覚えているか?』
『もちろんよ? 私の瞳は、青い空のように、目の覚めるような青』
ノヴァが空中に水鏡を作り、アイリーンの顔を映し出した。
『自分の瞳が今、何色かわかるか?』
アイリーンの顔が驚愕で彩られた。
『――嘘、なんで私の瞳が金色なの?!』
ノヴァが優しい笑顔でアイリーンに告げる。
『お前ならば理解できるはずだ。
お前が本当に“稀代の天才魔導士”アイリーン・ウェルシュタインならば』
アイリーンは黙って自分の顔が映し出された水鏡を見つめていた。
『――そう、私はあれで死んでしまったのね。
あなたも私も、お父様の作品ね?
お父様の作風を感じるわ。
……お父様ったら、魔導の禁忌を犯したのね』
ニアがアイリーンに尋ねる。
『アイリーンちゃん、魔導の禁忌とは何なの?』
アイリーンがニアを見て答える。
『人の魂をホムンクルスに注入することは禁忌なの。
国際法でも定められた、重大犯罪よ。
魂はホムンクルスの動力源。人の魂を動力源とする、忌まわしい行為。
こんなことをしたら、お父様の魂は冥界にも行けずに消滅してしまうわ』
アイリーンの目がノヴァに向けられる。
『あなたも、ホムンクルスとは思えないわ。
言動がそれらしくないもの。
……あなたも、人間の魂を入れられてるの?』
ノヴァが優しく微笑んで答える。
『俺はどうやら、神の魂を持つようだ。
思い出せんから、それ以上は分からん。
少なくとも、人間の魂ではない。
記録にも、誰の魂を入れたのかは残されていない』
アイリーンの目が辺りを見回した。
なんとか上体を起こし、さらに周囲を観察するように視線を巡らせていく。
角灯で照らし出されたわずかな範囲だが、アイリーンはそれでも何かに気づいたようだ。
『ここはお父様の工房よね?
なぜ長い年月が経過したかのように朽ちてるの?
お父様はどうなったの?』
『今はお前の死後、二千五百年が経過している。
当然、お前の父も死んでいる。
記録に残されているお前の父からの最後の言葉だ。
――“お前を孤独にして済まなかった。もうお前を一人にはしない”』
その最後の言葉は、声と口調が別人――老人のものに変化していた。
おそらく、アイリーンの父親の肉声を再現したのだろう。
アイリーンは涙を浮かべながら叫ぶ。
『そんなことを今更言われても遅いわ!
私はあの時! あの瞬間に救いが欲しかった!
それに今! お父様は傍に居てくださらないじゃない!』
その痛ましい叫びに、リストリットの胸が張り裂けそうになった。
救いを与えてやりたいが、自分たちには何もしてやれないのだ。
ノヴァが優しく答える。
『お前の父はもう居ないが、俺が居る。
俺はお前を孤独にしないために作られた存在だ。
お前を決して一人にはしない』
泣き出したアイリーンを、ノヴァは優しく抱きしめていた。
ニアがそっとノヴァに尋ねる。
「二千五百年って、なぜそんなことがわかるの?」
『工房の時計が一部生きている。
それが正しければ、今はあれから二千四百六十九年後だ。
俺たちの体は、アイリーンの死後間もなく製造された。
俺たちの体も、製造後二千五百年が経過してる』
アイリーンがようやく泣き止んだ。
『ホムンクルスの耐用年数は、そんなに長くないわ。
とっくに崩壊していてもおかしくない。
――それでさっきからずっと全身が苦しいのね。
もう息をするのも嫌になりそうよ。私、また死ぬのね』
アイリーンはどこか達観したかのように告げた。
リストリットが慌てて尋ねる。
「どういう意味だ?! 苦しいのか嬢ちゃん! 何とかならないのか?!」
ノヴァが噛み砕くように告げる。
『俺たちは今、“生きながら腐り落ちている”と言えば分かるか?
身体補佐魔法程度でどうにかなる段階ではない。
肉体の再構成が必要だ。だが魔力が足りん。
――リストリット、さっきの薬をあるだけ出してみろ』
リストリットは一瞬怯んだ。
あの薬には副作用がある。一度に大量に服用すると、廃人になりかねない。
だが今、目の前で少年と少女が生きながら腐り落ちているという。
それを救う手段は今、これしかないだろう。
大きくため息を吐いてリストリットは覚悟を決めた。
手持ちの魔力装填薬が詰まった背負い袋をノヴァに投げ渡す。
「それでほぼ全てだ。だが使い切らないでくれ。
帰り道で使うことになる。
できれば半分くらいは残しておいて欲しい」
ノヴァが頷き、魔力装填薬を一本飲んだ。
『……足りんな。もっと必要だ』
ノヴァが次々と魔力装填薬を飲み干していく。
半分近くを飲み切って、ようやくノヴァの手が止まった。
『……これならいけるだろう。
アイリーン、まずは検査魔法を使う。服を脱げ』
ノヴァに告げられたアイリーンの顔が、羞恥で真っ赤に染まった。




