第26話 御心のままに
テスティアの顔が苦渋に満ちる。
『それは……申し訳ありませんが、出来かねます。
私一人が人類を管理しているわけではありません。
他の神も、私とは別の方法で人間社会に関与を続けています。
ならば、彼ら全てにノヴァ様の御心を伝えきるまで、私は現状を維持する必要があります。
新しき神々全てにノヴァ様の御心が行き渡った後、時間をかけて人間が自立する社会へ作り替える――そういう形にしなければ、人間社会も混乱をきたすでしょう。
それまでは、現状を耐えて頂くしかありません』
リストリットが明るい声で告げる。
「なぁ、今のノヴァは力が著しく弱まってるんだろう?
新しき神々って奴らの方が今のノヴァより強いことの方が多いんじゃないか?
なら、ノヴァに反抗する神も出てくるんじゃないのか?」
テスティアが顔を伏せたまま答える。
『中にはそういう者も出るでしょう。
ですが私より強い力を持つ神は存在しません。
私がノヴァ様の傍に居る限り、必ずノヴァ様の御心を理解させて見せましょう。
我が名にかけて、ノヴァ様を守り切ってみせます』
ノヴァが再び胡乱気に尋ねる。
『ブルームスベイルゲイルは今、どこに居る?
あいつなら、お前に匹敵する力を持つ。
あいつはお前ほど俺に従うとは思えん。
あいつが逆らえば、激しい戦いとなるだろう』
テスティアが恭しく答える。
『ブルームスベイルゲイルは人間社会を放浪し、剣士として“人間に害ある存在”を滅しているというところまでは分かっています。
ですが現在の居場所までは博しておりません。
連絡する手段も、ノヴァ様ご本人以外にはありません』
『なぜだ? お前と奴は近い存在だ。
お前たちなら意思の疎通ができたはずだが』
『ブルームスベイルゲイルが私を拒絶しているのです。
彼が拒絶できないのは、ノヴァ様ご本人のお力のみでしょう』
ノヴァが目を伏せて思案する。
『今の俺に、それほどの力はない。
この体の許容量が足りんからな。
たとえ体を作り変えても、多少力が強くなるのが限界だろう。
この体でいる限り、どうしようもない問題だ。
そして俺は、この体を捨てるつもりがない。
少なくともアイリーンが“この世界で共に在りたい”と願う間はな』
テスティアが答える。
『では、星幽界に置いてこられたという“力の本体”と経路をつなぐというのはいかがでしょうか。
体にお力を入れることはできなくとも、今よりは強いお力を扱えるようになるはずです』
『俺が残してきた記憶と力は、星幽界の奥深くに封印している。
どこに隠したかまでは思い出せんし、俺の力だけではそこまで経路をつなぐこともできん。
それに今の体である限り、限界はどうしてもある。
結果は大差ないだろう。
この体が失われれば、俺の人格は元の力の元へ帰るだろうがな。
結局、この体を維持する限り、今と変わらん』
不意にアイリーンが目をつぶり、胸のネックレスを握り締めた。
『――ねぇノヴァ、テディが貴方に“恩返しをしたい”って言ってる』
ノヴァがアイリーンに振り向いて尋ねる。
『どういう意味だ?』
『テディが私を通じて、今の話を聞いていたの。
“自分がノヴァの本体を探す”って。
テディは星幽界に居て、貴方の気配も知ってる。
探し出せるんじゃないかしら』
ノヴァが考え込み、しばらく黙り込んだ。
『……二千五百年を生きた竜とはいえ、俺が隠した力を探し出せるとは思い難いが。
だがテディが“やりたい”と言うのだ、試しに頼んでみるか。
アイリーン、テディにそう伝えてくれ』
アイリーンが微笑んで頷いた。
『分かったわ――“任せておいて欲しい”って。とっても張り切ってるみたい。
私と再び共に在れるようになったのが、心の底から嬉しいって言ってる。
テディなら、きっと探し出してくれるはずよ』
ノヴァが柔らかく微笑んだ。
『そうか――偶然そうなっただけだ。
そこまで恩義に感じる必要など、ないのだな。律儀な竜だ。
何百年かかるか分からないが、気長に待つとしよう』
場の空気が和んだ――それと同時に、ニアが大きく息を吐いた。
「ふぅ。アイリーンちゃんありがとう。
場が張り詰めていて、とても私が口を開ける空気じゃなかったわ。
これでようやく意見が言える。
――ねぇテスティア女皇。あなたなら、アイリーンちゃんの体を作り変える魔導工房を用意することも可能なんじゃないかしら。
先史文明最先端と同等の魔導工房を、現代に構築することができるんじゃない?」
テスティアがノヴァを見上げた。
『ノヴァ様、この人間は何者ですか?
リストリット王子の側近と見ましたが』
ノヴァが苦笑しながら答える。
『我が共、リストリットの伴侶だ。
もう一人の我が友と心得よ。府警は目をつぶれ』
テスティアが恭しく頭を下げる。
『承知いたしました――“先史文明最先端の技術水準”とのことですが、詳しく事情をお伺いしてもよろしいでしょうか』
ノヴァが頷いて答える。
『今のアイリーンはホムンクルスの体を操るのに、人間の魂を使っている。
だがそれでは出力が足りず、自力で意識を維持することができん。
今は俺が補佐魔法で補っているが、その必要性を無くしたい。
そしてアイリーンが今の俺と同等の存在と成る為に、アイリーンの体と魂を“俺が”作り変えたい。
それが可能な魔導工房を用意したいが、可能か?』
『“御自ら手を付けたい”と仰るならば、私が手を出すべきではありませんね。
今のノヴァ様が使える魔導工房ならば、アルトゲイル皇国の国内技術を用いましょう。
先史文明最先端には及びませんが、現代最先端の技術水準で構築可能です。
おそらくそれで対応できるかと。
――では直ちに技師を派遣させ、この国に工房を構築します。
リストリット王子、工房用地を用意してください。
広さは最低でも、この部屋程度が求められます』
ニアが小首を傾げ、テスティアに尋ねる。
「アルトゲイルには、『魂を加工する技術』が残っていたということ? 初耳ね。
他国で流通している魔導技術とは、あまりにもかけ離れ過ぎてるわ」
テスティアがニアを横目で見て答える。
『先史文明の技術、その一部をアルトゲイル皇国は保有しています。
国外に流出しないよう制限していますが、ホムンクルスの体を改変し、人間の魂に手を加える――それくらいは、今のノヴァ様のお力を使えば可能な範囲でしょう。
今のノヴァ様は、先史文明の魔導技術までが扱える範囲のご様子。
ならば、その工房で臨む処置ができるはずです。
――私自ら手を出して良いのであれば、今すぐにでも改変してごらんに入れますが』
ノヴァが苦笑を浮かべながら告げる。
『それは控えよ。俺はアイリーンを他者の手に委ねる気はない。
俺自ら処置する。お前は見ていて歯がゆいだろうが、耐えよ。
だが、施術の補佐を行え。
俺一人でやるより、良い結果を得られるだろう』
テスティアが頭を下げて答える。
『御心のままに!』




