第22話 新薬開発(2)
ニアはノヴァが指定した素材を、それこそ倉庫を逆さにする勢いで探し出していく。
一時間ほどで工房に戻り、両手で抱える木箱を工房の机の上に丁寧に置いた。
「どう? ノヴァくん。指定された素材はそろっているでしょう?
全て探し出すのは苦労したわよ……」
ノヴァは木箱の中の素材を、丁寧に机の上に並べていった。
「……ええ、問題ありません。
後は加工して調合するだけですね。
改良は今後の課題ということにして、まずは副作用のない回復薬の土台を作りましょう」
ニアに機材の使い方を念のために教わりながら、ノヴァとアイリーンが素材を次々と加工し、調合していく。
一時間が過ぎようとする頃、新薬の試薬が出来上がっていた。
ノヴァとアイリーンが、それぞれ検査魔法を発動させて成分を確かめていく。
二人が満足そうに頷いた。
ノヴァが微笑んで告げる。
「大丈夫そうですね。問題のある成分はありません。
効能も、魔力装填薬より高いくらいです」
アイリーンも微笑んで告げる。
「この時代の技術で最初に作る魔導薬としては、上出来だと思うわ」
ニアが呆気に取られて告げる。
「信じられないわね……。
本を読んで立った一時間で、新薬が本当にできてしまうなんて」
アイリーンがため息交じりに答える。
「だから言ったじゃない。『既製品は子供でもマシなものを作る水準だ』って。
この新薬だって、十歳ぐらいの子供が学校で作るような水準よ?
加工技術の制限があるから、この程度しか作れないというだけ。
それにあくまでも『副作用がない回復薬』の土台でしかないわ」
ノヴァが新薬を試飲して告げる。
「……味は問題ありません。効能も設計通りです。
これからはこの薬を主食としましょう。
加工技術に制限がある以上、これ以上は素材を改良するしかありません。
それはすぐにできることでもないでしょう。時間をかけて行っていきます。
先史文明なら、加工技術で何とかできてしまうんですが……現代ではしょうがないですね」
現代の一流魔導工房の中で『加工技術水準が低い』と連呼され、ニアが苦笑を浮かべた。
彼らが知るのは先史文明最先端の技術水準だ。
本来、比較するにも値しない――仕方のないことなのだ。
「わかったわ。素材の改良案も今後、相談していきましょう。
でもあまり使われない素材が多かったから、もう離宮に在庫はないわよ?
今ある素材で何日分の薬が作れるの?」
「僕とアイリーン、二人分ですから……三十日分が限度でしょうね。
なるだけ早く素材を入荷してください。
それと製品を市場に流せるように、中央審査会とやらに書類を提出するのもお願いします」
ニアが微笑んで頷いた。
「それは任せておいて。すぐに手配するから。
一週間以内には潤沢に素材を準備させてみせるわ。
仮にも王都ですもの。王宮からの発注で揃わないものは、そう多くはないわ。
書類手続きもすぐに進めておくわね。
審査が問題なく通過すれば、一か月後には流通させられるはずよ。
開発者は二人の名前でいいのかしら?」
「僕らの名前を併記しておけばいいんじゃないですか?
ニアの名前を出したくないのでしょう?
後はお任せしますよ」
ニアが驚いて目を見開いた。
「あら、新薬の名前も私任せでいいの?
それくらいは貴方たちが付けてもいいんじゃない?」
アイリーンが思案するように目を伏せた。
「既製品が魔力装填薬なら……新薬は魔力充填薬なんてどうかしら?」
ニアが微笑んで頷いた。
「良い名前だと思うわ。じゃあそれで書類を作っておくわね」
ノヴァが頷いて告げる。
「これでニアが副作用のない回復薬を常用しても怪しまれることはありません。
僕らの主食調達も、やりやすくなるでしょう」
ニアが苦笑を浮かべて答える。
「殿下の予算範囲内なら、ね。
それについても多分、問題はないと思うわ。魔力装填薬よりかなり安上がりになるし。
貴方たちの主食を調達するくらいなら、無理を通せるもの」
ニアは処方を手に持ち、ノヴァたちを居室に送り届けた。
そのまま素材の手配と新薬申請の手続きをするため、ノヴァたちの居室から出ていった。
アイリーンが小さく息をついて告げる。
『思ったよりすんなり終わってよかったわ』
ノヴァが頷いて答える。
『そうだな。ともかくこれで主食の問題は解決だ。
後はお前のための魔導工房だが、こちらは全く目途が立たんな』
『仕方ないわ。そちらものんびり機会を待ちましょう』
アイリーンたちは世話係に紅茶を入れてもらい、ゆっくりとした時間を過ごしていった。
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リストリットはニアから報告を受け、展開の早さに驚いていた。
「昨日の今日で、もう新薬が完成したのか。とんでもないな……」
ニアがおずおずと尋ねる。
「しかし、これでウェルト殿下の事業を完全に潰してしまうでしょう。
効能が高く副作用がありません。その上、原価も半分以下です。
素材の需要が上がったとしても、供給を増やしやすいものばかりで、大きな値上がりもないと思います。
魔力装填薬は競合にすらなり得ません。
認可されると同時に新薬は市場を席巻し、代わりに魔力装填薬は姿を消しますよ」
リストリットがわずかに苦悩した――だが、これは必要なことなのだ。
リストリットが笑顔で告げる。
「覚悟の上だ。ノヴァたちの体の方がずっと大事だからな。
新薬が潤沢にどこでも手に入るようにしておく必要がある。
――ところで、五日後にはアルトゲイル皇国のテスティア女皇が到着する。
そちらの準備はどうなってるんだ?」
ニアが懐から手帳を取り出して答える。
「……はい、順調に進んでおります。
そちらは担当の者を用意していますから、彼らにお任せください」
リストリットが頷いて答える。
「わかった、任せよう。
陛下が戻られるまで、俺が代わりに歓待せねばならん。
くれぐれも失礼のないようにしないとな。
それと、嬢ちゃんたちの学校の手配はどうなってる?」
ニアが手帳のページをめくって答える。
「……はい、指示のあった書類を取り寄せているところです。
ですが、本当にアルテイル魔導学園に通わせるのですか?
ノヴァくんたちは『言語も満足に扱えない孤児だった』となっているのですよ?
あの学校は王都の名門校です。
いくら殿下の庇護下にあるとはいえ、彼らを通わせるのは抵抗が大きいと思いますが」
リストリットが明るい笑顔で答える。
「だが嬢ちゃんたちにとって未知の言語であるウェルバット語を一週間で習得して見せた。
あの二人の能力なら、アルテイルでも足りないくらいだろう。
譲ちゃんたちには、この国の十四歳らしい生活をまずは送ってもらいたいからな。
試しに通わせて駄目だったら、離宮で教師を付けるさ」




