第2話 もう一人のホムンクルス
『竜殺しのリスナー』は仮の姿。
第二王子リストリットが情報収集のために使う名だ。
それをノヴァは何も語らないうちから見抜いてきた。
――いったい、どうやって?
リストリットが戦慄していると、ノヴァが不敵な笑みで答える。
『どうやら俺は、全てではなくとも相手の心や記憶が読めるらしい。
まるで神のようだな――神、か。しっくりくる。
ならば俺は、神だったのだろう』
リストリットは生唾を飲み込み、ノヴァを見下ろしていた。
先史文明では、神の魂を人工の肉体に下ろすことができたとでも言うのだろうか。
恐怖を飲み込み、リストリットが尋ねる。
「他に思い出せることはあるか?」
『記憶はまだだ。だが“記録”はある。
この部屋の隣に“もう一人”居る』
リストリットが困惑しながら答える。
「もう一人? お前みたいに神の魂を持つホムンクルスが、もう一人いるってのか?」
ノヴァが首を横に振った。
『彼女は神ではない。人間だ。
人間の魂を注入されたホムンクルスが居る』
ノヴァは片腕をゆっくりと動かし、壁を指さした。
『あの壁際に連れていけ』
リストリットは戸惑いながら、ノヴァを壁際まで運んだ。
ニアはただ、怯えながら二人を見守っている。
ノヴァは壁に設定されているコンソールに手を伸ばし、指で叩き始めた。
何度かそれを繰り返し、ノヴァが舌打ちをする。
『ほとんどの機能が死んでいるな。
これで動かなければ、力尽くで開けるしかないが――』
今度は家宝にあるパネルを開き、非常用のコンソールを叩きだした。
緊急用のロック解除装置――それが指で叩かれるたびに反応を示し、ボタンが淡く光る。
ノヴァが指で最後の解除コードを叩くと、何もなかった壁に穴が開いていった。
人が通れる大きさ――隠し部屋の入口だ。
『ふむ、なんとか機能が生きていたな――中に連れていけ』
リストリットはノヴァを抱えたまま、入り口を潜っていく。
ニアも慌てて、その後を追った。
****
そこは小さな部屋で、やはり中央にガラスの円筒が設置されていた。
溶液の中に浮かんでいるのは、十四歳前後の少女だ。
長い金髪で覆われているが、病的な白い肌と少女らしい肉体がそこにあった。
瞼は閉じられ、眠っているようだ。
リストリットは少女を観察しながらノヴァに尋ねる。
「人間の魂と言っていたな。誰の魂が入ってるんだ?」
『俺たちの製造者の娘――名を“アイリーン”という。
この体はアイリーンの複製だ。
複製の体にアイリーンの記憶と魂が込められている』
ニアが嫌悪感をあらわにしながらノヴァに尋ねる。
「それは……とてもおぞましい行為に思えるわ。
その子は人間なの? ホムンクルスなの?
この個体は、『アイリーン』と呼べる存在なの?」
ノヴァが思案しながら答える。
『同一の記憶と魂があり、同一とも呼べる肉体を持つのだ。
アイリーンと呼んで支障はあるまい。
だが、彼女が目覚めた時に記憶を維持できている保証がない。
目覚めさせて自我を確認せねばならん』
リストリットがノヴァに告げる。
「目覚めさせるって、この容器を破壊して中から救い出すのか……。
――って、また『あれ』をやるのかよ?!」
ノヴァを容器から取り出すのにかけた苦労が、リストリットの脳裏を駆け巡った。
ニアが申し訳なさそうにリストリットに告げる。
「ノヴァの入っていた容器より状態がいいわ。
さっきより強固なはずよ。今度も破壊できる保証はないわ」
「うげっ! 勘弁してくれよ……」
だが発見した古代遺物を、みすみす放置などしておけない。
確保する努力はしなければならない。
リストリットは大きくため息をついてから覚悟を決めた。
「ニア、ノヴァを預かってくれ。破壊できるかやってみる」
懐から魔力装填薬を取り出し、飲み干そうとしたリストリットを、ノヴァが手で制した。
『貴様がやる必要はない。貴様では、中のアイリーンを傷つけかねん』
「じゃあどうするんだ?
まさか、おまえがやるのか?
自力で動けもしないのに」
『心配するな。ようやく身体機能を掌握した。もう自力で立てる』
ノヴァはリストリットの腕から離れ、一人で立っていた。
そのままアイリーンの容器へ近付き、周囲のコンソールを指で叩いていく。
『……こちらは駄目だな。機能が死んでいて解放機構が動かん。
やはり力尽くしかないか』
ノヴァがアイリーンの容器の前に立ち、カラスに片手を添えた。
そのまま手に魔力が集まり――そう見えた瞬間には、容器のガラスが全て粉砕されていた。
リストリットたちは呆気に取られていた。
あれほどリストリットが苦労した容器破壊を、いともたやすくノヴァはやってのけたのだ。
ノヴァはこぼれる溶液の中から巧みにアイリーンを救い出し、腕に抱えていた。
リストリットが静かにその手を長剣の柄にかける。
――この力は危険すぎる。
ノヴァが入っていた容器の頑強ぶりは嫌というほど思い知っていた。
それを上回ると言われたのに、ノヴァは一瞬で破壊して見せた。
想像を絶する力を、この少年は持っている。
今ならまだ、命を奪えるかもしれない。
だが探し求めていた貴重な古代遺物なのも確かだ。
王都に連れ帰り協力を得られれば、王国を救う切り札となり得る。国民を守る力だ。
――だが、制御に失敗すれば国民に被害が出る。
こぼれ切った溶液で濡れている小部屋の中で、リストリットは逡巡を続けた。
迷い続けるリストリットに、ノヴァが柔らかい笑みで告げる。
『貴様は良い為政者だな。
俺の力を目の当たりにして、考えることが国民のことしかない。
自分たちの安全など二の次だ。
そしてそんなお前を後ろのニアが案じている。良い関係だな。
――安心しろ。俺にお前たちを害する意思はない』
ニアが警戒もあらわに尋ねる。
「それを『信じろ』というの? 貴方に敵意がない理由がないわ」
『お前たちは手遅れになる前に俺を目覚めさせた。その功績がある。
そのことに俺は感謝している。
ゆえに、お前たちを害する意思はない』
ノヴァは愛おしそうにアイリーンの顔を見つめていた。
その濡れた前髪が顔にかかっているのを払ってやり、優しく髪を整えている。
その様子を見て、リストリットは柄にかけていた手を離した。
ノヴァはアイリーンを心から大切にしている。それを確信したのだ。
彼には人の心がある。ならば話し合いもできるはずだ。
リストリットがぶっきらぼうに尋ねる。
「あー、手遅れってのはどういうことだ?
その嬢ちゃんに関係があるのか?」
『ともかく、アイリーンを目覚めさせる。話はそれからだ。
アイリーンを隣の部屋に運べ、リストリット。
――丁重にな?」
ノヴァからアイリーンを受け取ったリストリットは、彼女を横抱きに抱えた。
その様子を見ていたニアが、慌てて荷物から別の着替えの長衣を引っ張り出した。
ニアが急いでアイリーンに長衣を着せていき、安堵のため息をついた。
ノヴァが部屋を出ていく後を、リストリットとニアが付いていった。




