第18話 第二王子の拾い物
王都に来た時と同様に、ノヴァはニアの馬に、アイリーンはリストリットの馬に相乗りした。
アルスラーの馬も加わり、五人は王宮へと向かった。
年若い衛兵二人が、リストリット一行を見咎めて道を塞いだ。
衛兵が先頭に居るリストリットに近づいて誰何する。
「止まれ! 何用だ!」
リストリットが怪訝な顔をし、緩慢な動きで首から下げていた王位継承者の指輪を見せた。
「お前、新顔か?
俺はリストリット第二王子だ。
今回のことは不問とするから、道を空けてくれ」
指輪を遠目で確認した衛兵が、慌てて恐縮して速やかに道を空けた。
リストリットたち五人を乗せた馬は、ゆっくりと王宮に入って行った。
後に残された衛兵たちは、茫然と一行を見送ってから呟く。
「なんで殿下が、あんな冒険者の格好をしてるんだよ……わかるわけないだろう」
「一番最後に居たの、宮廷魔導士のアルスラー様か? もっと早く気付けばよかった……」
彼らの背後から、先輩の衛兵が笑いながら出てくる。
「ハハハ! 殿下は時折、ああして冒険者に扮して町に出られているんだ。
『竜殺しのリスナー』の姿は覚えておけ。
咎められることはないはずだが、二度三度と繰り返したらさすがにわからんぞ?」
若い衛兵が先輩の衛兵に食って掛かる。
「知っていたなら、何で教えてくれなかったんですか!
先輩たちが『ほら、仕事だぞ』って行かせたんでしょう?!」
「お前ら信心が気が付くかどうか賭けをしていた。
ま、新人の通過儀礼だ。諦めろ」
納得がいかない新人衛兵の頭を、先輩衛兵が笑いながら小突いていた。
今はまだ、ウェルバット王国は平穏で守られていた。
****
第二離宮の客間の中から、リストリットの執務室に一番近い部屋が準備された。
そこにノヴァとアイリーンをリストリットが案内していく。
人払いがされた客間で、リストリットが告げる。
「いいか、お前らは『自分の名前しか言えないピークスの孤児』だ。
『服はみすぼらしかったから、ニアの服に着替えさせている』。
後は、意思を伝えたい時は、身振り手振りでなんとかしてくれ」
アイリーンが不満気に頷いた。
『わかったわ。言語の教師は早めに付けてね?
身振り手振りだけじゃ、とても疲れそうよ』
リストリットが頷いて答える。
「急いで手配しよう。
俺とニアは着替えてくる。すぐに世話係も戻ってくるから、その間は言葉を使わないでくれ。
後でまた様子を見に来る」
そう言い残してリストリットとニアは、客間から出ていった。
残されたノヴァとアイリーンは目を見合わせ、お互いため息をついた。
さすがに『言葉を話すな』というのは、中々に厳しい条件だ。
リストリットたちが立ち去ってすぐ、世話係の侍女たちが数人現れた。
侍女の一人が告げる。
「この子たちを着替えさせればいいのかしら」
「そうらしいわ。『平民の服を何着買用意しろ』と言われて持ってきたけど。
自分で着替えることもできないだろうし、急いで着替えさせましょう」
ノヴァたちが言語を理解しないと伝えられているため、侍女たちも気が抜けている。
王宮内だというのに言葉も崩れ、態度も気軽なものだ。
侍女の控室では、このように振る舞っているのだろう。
ノヴァは念のために翻訳魔法を維持しているので、彼女たちの言葉は二人とも理解している。
「着替える前に入浴させた方がいいかしら」
侍女の一人がアイリーンの袖をまくって素肌を見ていく。
「んー、途中で入浴させたのかしら。これだけ綺麗なら今日は大丈夫ね」
ここまでの道中、ノヴァが浄化魔法で清潔を保っていた為、目立った汚れは残していない。
服を脱がされた後、改めて汚れがないか確認をされつつ、体格に合わせた服を着せられた。
アイリーンはようやく下着を着用でき、内心で胸を撫でおろしていた。
侍女の一人が満足そうに微笑んだ。
「これでいいわね。あとはどうする?」
「椅子に戻るよう誘導して、お茶でも振る舞いましょうか」
侍女たちに誘導され、ノヴァとアイリーンがソファに腰掛ける。
紅茶が給仕され、飲むように手振りで示された。
ノヴァたちはそれを真似る振りで紅茶を口に運ぶ。
「どう? 王宮のお茶よ?
孤児が口にできるものじゃないんだから、有難く飲んでほしいわね」
「私たちですら飲めない高級品ですものね。
ほんと、殿下の奇行は毎回、何を考えてるのか分からないわ」
侍女たちが好き勝手に会話している内容を、二人は内心冷ややかに観察しつつ過ごしていた。
しばらくして、リストリットとニアが王宮での装束に着替えて姿を現した。
侍女たちは途端に恭しい態度になり、静かに控え始めた。
リストリットが笑顔で告げる。
「おし! 着替え終わったな! 思った通り悪くない。どうだ? 着心地は?」
ノヴァたちは思わず返事をしそうになるのをぐっとこらえ、言語が分からない振りをする。
侍女の一人がリストリットに告げる。
「殿下、そのようにお言葉かけられても、彼らには理解できないかと」
「あー、まぁそうだな。なに、気分だ気分!
とりあえず、お前たちはまた部屋を出ていてくれ」
再び人払いがされ、ようやくノヴァとアイリーンが大きく息を吐いた。
アイリーンが疲労感を滲ませて告げる。
『これは中々に屈辱的な拷問ね……』
ノヴァも疲れた様子で告げる。
『仕方あるまい。リストリットが“そうしたい”と言うのだ』
リストリットが乾いた笑いを浮かべた。
「ははは……すまん、俺のわがままに付き合わせて。それより着心地はどうだ?」
アイリーンとノヴァが互いに顔を見合わせ感想を告げる。
『悪くないわ。ようやく下着も着用できたし! これで風が吹いても怖くないわ!』
『そうだな、着心地は悪くない』
リストリットが頷いて答える。
「そうか、それならよかった。
言語教師は手配した。明日には来てくれることになっている。
だが、言語も分からない孤児だ。見張り代わりに世話係が付く。
王宮で変なことをしないようにな」
ノヴァが剣呑な表情で答える。
『それは構わんが、世話係とやらには認識阻害魔法をかける。
俺たちの行動を正しく認識できんようにな。
こうも屈辱的な扱いを長く受ける気はない』
リストリットが困り顔で悩んでいた。
「あー……まぁいいだろう。その程度は許す!
言語教師も、お前らが思うように認識阻害させて構わない。
怪しまれないように、好きにしてくれ」
『分かった、巧くやっておこう』
その時からノヴァは自分たちの周囲に認識阻害魔法を常設した。
自分たちが言語を使っても怪しまれないように細工をしたのだ。
アイリーンはようやく胸を撫でおろし、第二離宮での暮らしを開始した。




