第17話 秘密会議(2)
ウェルバット王国は肥沃な大地と内湾に面した、商業と農業が発展した豊かな国だ。
だがその周辺には強国がひしめいていた。
エウルゲーク王国、ミドロアル王国、そしてエグザム帝国である。
国王ビディコンスが王位を継承してしばらくは、まだ平和外交が成立していた。
だが、強国の統治者が相次いで代替わりし、状況が一変した。
その日から、ウェルバット王国の受難は始まったのだ。
彼ら強国はウェルバット王国を攻め滅ぼす力を見せつけながら、敢えて献上金を迫ることを繰り返した。
これは密かに三か国で協定を結び、各々が隣接しないようにウェルバット王国を緩衝地帯にしつつ、その富を巻き上げる算段だと噂されていた。
それが現在まで続く窮状、エウセリア大陸で『叩けば金が湧く国』――通称『エウセリアの財布』である。
軍事力が周辺国と比べて非力なウェルバット王国は、抗うすべを持たない。
軍備を整備しようとしても、献上金で国庫が危うくなる。とても余裕はなかった。
国を運営可能なギリギリのラインまで献上金を搾り取られる日々が長年続いている。
国王ビディコンスが外交交渉を粘り強く続けたが、それが実ることも無かった。
現在のビディコンスは、献上金の減額と期限延長を請願するために走り回る日々だ。
そんな王国の現状を、リストリットは変えたかった。
周辺国を出し抜き、資金がなくても強大な軍事力を得る唯一の方法――それが古代遺物である。
若い頃から偽名で冒険家活動を開始したのも、古代遺物を手に入れるためだ。
そしてようやく長年の夢が叶った――だが、その古代遺物には心があった。
己の矜持と国を救いたい心が、リストリットの心でせめぎ合っていた。
机の上で頭を抱えるリストリットが呟く。
「そうか、アルスラーでも結論が出ないか……。
俺は嬢ちゃんに、今度こそ救いのある人生を送ってほしいだけなんだがなぁ」
アイリーンの表情が柔らかく花開き輝いた。
『あら、それなら安心してほしいの。
私は生き返って、ノヴァと出会ったわ。
二千五百年も先の時代に一人で生き返って“どうしよう?”と思うこともあったけど。
傍にはノヴァが居てくれた。ノヴァが傍に居てくれる限り、私は救われているのよ。
だからそれ以外は気にしなくて構わないわ』
アルスラーがきょとんとした顔で尋ねる。
「生き返った、というのはどういうことです?」
リストリットが机から起き上がって答える。
「嬢ちゃんは先史文明の人間だ。
十三歳で病に倒れ、一年間病床で苦しみぬいて孤独のまま死んだ。
父親はそれを悔やみ、嬢ちゃんの複製に嬢ちゃんの魂を込めた。それが今の嬢ちゃんだ。
そんな嬢ちゃんが蘇った結果が『人殺しの道具』だなんて、あってはならんことだ。
そんなことの為に嬢ちゃんは蘇ったんじゃない。
アルスラーも、そうは思わないか?」
アイリーンが微笑みながら告げる。
『でも“蘇った先にノヴァが居た”と言ったじゃない。
私は永遠に共に居られる伴侶を得たのよ。
それが“蘇った理由”だと納得することはできないかしら?
私はそれで救われているわ。
人殺しの道具になるとしても、傍にノヴァが居るならそれだけで救われているの』
その柔らかく優しい微笑みを見て、アルスラーが唸り声を上げた。
「これは……この少女に人殺しをさせるのは、それを看過するのは、私にも無理です。
――であればクランで保護せず、『殿下が保護する子供』とするしかありますまい。
冒険者は人を殺すことも珍しくない職業です。いつかは人を殺すことになる。
ならば、陛下に露呈する危険を冒してでも王子として保護し、環境を整備するべきでしょう」
アイリーンが頬を膨らませて告げる。
『もう! みなさん過保護にもほどがあるわ!
私はノヴァと引き離されない限り、どんな環境でも不満はないわよ?!』
ノヴァが苦笑を浮かべながら告げる。
『話が進まんな。ひとまず“王子預かり”でいいのではないか?
俺たちは古代遺物だと露呈する覚悟がある。ならば危険を冒してもよかろう。
リストリットの意向を重んじて、素性は隠してやる。それでいいのではないか?
――それよりアイリーンの体を保守する魔導工房の用意と、魔力回復薬の改善についても忘れないでくれ。こちらも喫緊の課題だ。
体の保守は一部屋を借り切れば問題ない』
リストリットが頭を激しく掻きむしって叫ぶ。
「あー、そうかよわかったよ! じゃあ王子預かりの子供にする!
魔導工房はアルスラーが『無理』というなら、今はどうしようもない!
魔力回復薬も目途は立たん! あれでも類似品がないくらいには優れた薬なんだ!」
リストリットがふぅ、と小さく息をついた。
「部屋は俺が王子として預かれば、すぐに用意できる。
だがお前らの素性はどうするんだ?
異国の子供とするか、ピークスの孤児とするか。それぐらいしか案がない。
だが言語の問題がある。なんとかしてウェルバット語を覚えてもらう必要があるんだが。
異国の子供だとしても、先史文明の言語は使えん」
アイリーンがふてくされながら答える。
『だから、最初から“先史文明の古代遺物だ”って説明すれば問題は全て解決するのよ?
ごまかそうとするから大変なの。
それに国王陛下だって、絶対に私たちを兵器利用するとは限らないでしょう?』
リストリットは首を横に振った。
「いや、陛下はもう今の状況にお疲れだ。
どんな細い糸だろうと、人の道を踏み外そうと、防衛力を強化する可能性があれば飛びつく。
為政者として、嬢ちゃんの事情を知ってもなお国家国民を守る道を選ぶはずだ。
お前たち先史文明の言語をごまかす魔法でもあれば、異国の子供でもいいんだがなぁ」
アイリーンが目を伏せて呟く。
『認識阻害魔法と翻訳魔法術式を併用していけば、ごまかせると思うわ。
ごまかす先になる言語の知識が必要だけどね。
でも今でも、私たちがこの国の言語で会話していると誤認させることは多分できるわよ?
読み書きはさすがにくるしいけど』
話を聞いていたニアが口を開く。
「殿下、ではこういう案はいかがでしょうか。
『言葉を離せない孤児』という素性で保護し、ウェルバット語を習得させるのです。
以後はウェルバット語のみを使ってもらい、二人が先史文明の言語を扱う時には認識阻害魔法で誤認させる。
――これでどう? 二人とも。これなら可能?」
アイリーンが不満気に頷いた。
『言葉を話せない振りをするのは屈辱だけど、それで読み書きと日常会話を習得すれば誤認させやすくなるわ。
リストリットさんがそうしたいというのなら、私は従ってもいいけど。
……そんな孤児を、どんな名目で王子が保護するの?』
リストリットがニヤリと微笑んだ。
「俺は奇行で有名なんだ。
お前らくらいの年齢で言葉も話せないような孤児というのも珍しい。
俺が見るに見かねて保護したということにすればいい。
名前は『唯一覚えてた』とでもしておこう。
俺が竜峰山の古代遺跡に向かったというのは、もう知られている。
ごまかせる時間はそう長くはない。それでも、なるだけ時間を稼いでおきたい。
その間に、何か名案が浮かぶことを祈るさ」




