第16話 秘密会議(1)
クラン『金の翼』にあるリストリットの個室。
そこにリストリットたち四人の姿があった。
「……どうだ? 誰かに見られなかったか?」
ニア、ノヴァ、アイリーンが頷いた。
アイリーンが答える。
『人影はなかったし、検知されてもいないわね。
ここは魔法結界もないみたいだし』
リストリットがニッと笑みを浮かべて答える。
「強豪冒険者クランに忍び込もうなんて命知らずは、そうそう居ないからな。
金目のものは多いが、腕に覚えのある連中がゴロゴロしてるんだ。
盗賊だって忍び込む先は選ぶさ」
リストリットが荷物を置いてニアに告げる。
「ニア、お前はここで嬢ちゃんたちの世話をしてくれ。
くれぐれもクランの連中に気取られないようにな。
口の堅い連中だとは思うが、知られないに越したことはない。
俺はアルスラーを呼んでくる」
そう言い残すと、リストリットは静かに部屋を出ていった。
ニアはノヴァとアイリーンをテーブルに着かせ、その向かいに腰を下ろした。
「ねぇ、さっきの隠遁魔法、どういう魔導理論なの? 興味あるわ」
アイリーンが微笑んで答える。
『私たちの存在を、物質界から他の隣接する世界――私は精霊界だったけど、そちらに半分だけ移したのよ。
隣接する世界との境界に私たちは居たの。
私たちを検知するには、物質界を超えた検知範囲を持った魔法術式が必要になるわ。
検問で張られていた魔法術式は、物質界の中を対象としたもの。
それでは不十分、ということよ』
ニアが驚いて目を見開いた。
「そんな簡単に隣の世界に移動することができるの?!」
『完全に移動することは難しいわ。でも、境界に身を潜めるくらいなら、案外簡単なのよ。
完全に移動するには、とても大きな魔力が必要になるわ。
それこそ、魔導士を百人くらい集めてようやく一人を送り込める。
だから、実際に往復できた人は居なかったわ。自由に行き来できるのは神様くらいじゃないかしら』
「あら、じゃあノヴァくんなら、自由に往復が可能ということ?」
ノヴァが思案しながら答える。
『テディを星幽界に送り届けらえたように、魔力に関しては問題がない。
だがアイリーンが言うように前例がない。
別世界に言った俺が戻ってこれる保証がない以上、記憶が戻らない限りやらない方がいいだろう』
ニアが小さく息をついた。
「記憶がないと、制約が多いのねぇ。ともかくお疲れ様。お茶でも飲む?」
ニアが振る舞う紅茶を飲みながら、三人はリストリットの帰りを待った。
****
リストリットが連れて来たのは、年老いた魔導士だった。
頭は禿げ上がり、白く長いあごひげを蓄えている。
リストリットが老人を前に出して告げる。
「紹介しよう、アルスラーだ」
アルスラーは部屋に入ってから、ノヴァとアイリーンを目で追いかけていた。
その目は静かだが、アイリーンは『心の中でも覗かれているのではないか』と思うような眼差しだった。
身を縮めているアイリーンに、アルスラーが優しい笑顔で告げる。
「ほっほっほ! そう怖がらなくてもいいよ、お嬢ちゃん。
殿下が『内密に会わせたい』と仰るのでな。私なりに、君らを見極めておきたくてね」
リストリットがアルスラーに尋ねる。
「それで、アルスラーはこの子たちをどう思ったんだ?」
「そうですな。
少年の方は恐ろしい力を秘めてますな。見た目に騙されると痛い目を見るでしょう。
少女の方も『侮ってはいけない子供』という印象ですかな。
ですが、殿下が騙されているというわけでもないようだ」
リストリットがドアの鍵を閉めながら苦笑した。
「そんな心配をしていたのか。心配性だな。
――ニア、念のために防音魔法結界を張っておいてくれ」
アルスラーを含め、リストリットたち五人が一つのテーブルに着いた。
アルスラーの目は引き続き、二人の子供に注がれている。
「それで殿下、相談というのはどのようなことですか?」
リストリットが手をテーブルの上で組んで答える。
「この子供たちのことは、陛下にも秘密にしておいてもらいたい。約束できるか?」
アルスラーの肩眉が上がり、リストリットを見つめた。
「……殿下がそう判断したのであれば、そのように致しましょう」
リストリットが頷いて告げる。
「俺たちは古代遺跡に行き、古代遺物を発見した。それがこの子たちだ。
少女はアイリーン、少年はノヴァという。
アイリーンは先史文明の人間の魂を持った存在だ。
そしてノヴァは先史文明で神が受肉した存在、ということらしい。
――ノヴァ、この説明で会ってるか?」
ノヴァが頷いて答える。
『ああ、そうだな。“受肉”という表現が最も近いだろう。
だが神とはいっても、神としての記憶はほとんどない。
この体の制約も受ける。
“大きな力を振るうことはできない”と思っておいてくれ』
アルスラーはわずかに目を見張って告げる。
「ほぅ、それが先史文明の言葉ですか。なるほどなるほど……。
君たちは先史文明の言葉しか使えない。
それで内密にこの場所に居る、ということなのですな?」
リストリットが頷いて答える。
「そうだ。彼らは古代遺物だが、人の心を持った存在だ。
俺は彼らを兵器として運用する真似はしたくない。
だから彼らのことは、陛下にも内密にしておいて欲しい」
アルスラーが頷いて答える。
「事情については承知しました。
それで、相談したいことというのは、なんでしょうか」
「一つ目、俺はアイリーンに『人間らしい生活』をさせたい。
その為に『王子として保護する』のか、『クランで保護する』のか、それを決めておきたい。
二つ目、体と魂を加工する魔導工房を用意する方法に心当たりがないか。
この二点について、お前の知恵を借りたい」
アルスラーが顎髭をしごきながら答える。
「陛下に内密に、ということであれば、『王子として保護する』のは危険でしょう。
ですが『人間らしい生活をさせたい』のであれば、クランで匿っていては無理でしょう。
ここに居るなら、冒険者として生きることになります。
どちらかを選ぶ必要がありますな」
リストリットが小さく息をついて答える。
「魔導工房はどうだ?」
「現代魔導技術では無理ですな。少なくとも、我が国では用意できません」
アイリーンが小さく手を上げて告げる。
『私は古代遺物として扱われても構わないわよ?
兵器として扱われるのも、ノヴァと一緒なら何も怖くないわ。
それでリストリットさんの国が救われるなら、力を貸しても構わないのよ?』
リストリットが頭を抱えて答える。
「だからな~嬢ちゃん。
俺はお前に人間らしい生活を送ってほしいんだ。
前の人生でやり残したこと、心残りを解消してほしい。
俺には嬢ちゃんに人間らしい生活を送らせる責任があると思ってる。
それがお前たちを目覚めさせた、俺の責任だ。
人殺しの兵器なんて、人間らしい生活とは真逆だろう。
人の心がある存在を兵器として扱うなんて真似は、人の矜持を捨てるようなもんだ。
それは俺の矜持が許さない」
アイリーンが頬を膨らませて答える。
『私はノヴァと同じ存在になるの。人らしい生活なんて送れなくてもいいと覚悟してるのよ。
だからそのことに拘る必要はないわ。
それにこのままではリストリットさんの国が滅ぼされてしまうのでしょう?
リストリットさんにもニアさんにも、私は死んでほしくないわ』
ノヴァが頷いて告げる。
『前にも言った通り、俺はお前に大きな恩義が二つある。
この恩義は必ず返してやろう。
だがお前が言う通り、しばらくはアイリーンに人の生活を送らせるべきかもしれん。
それについては、俺も悩んでいる」
アルスラーが眉をひそめて答える。
「そうですよ殿下。我が国が置かれた状況は厳しい。
『エウセリアの財布』と呼ばれ続け、周辺国から上納金を要求される日々です。
対抗する軍事力を育てねば、隣国の気まぐれ一つで、いつ滅びてもおかしくない。
手段を選んでいる余裕などありはしません。
……ですが確かに彼ら、特にお嬢ちゃんを兵器として運用する真似は、私も賛成できません。
この子はありふれた少女にしか見えない。
このような少女を兵器とするなど、私の矜持も許しはしませんな。
人の道を踏み外してまで国家を維持して、何の意味があるのか。
その点には殿下に賛同いたしましょう」
リストリットが大きくため息をつき、疲れたように机の上で頭を抱えた。




