第14話 炎の記憶
ニアが泣き止むと、リストリットはその肩を抱いて部屋に戻った。
室内では、ベッドに仲良く並んで座り、ノヴァの肩に頭を乗せるアイリーンの姿があった。
その顔は幸福に満ち溢れ、見ているこちらが幸せになってしまいそうなほどだ。
ノヴァがリストリットたちの姿に気が付き、視線を寄越した。
『煮え切らない関係が、煮え切ったか』
リストリットが笑みを浮かべて答える。
「お前も、神の沽券を守れたようだな」
ノヴァはわずかに自嘲の笑みを浮かべた。
『いや、最後までアイリーンに押し切られた。
神の沽券など、跡形もない。
――だが、代わりに得るものがあった』
リストリットとニアが隣のベッドに、ノヴァたちと向かい合うように腰掛けた。
「得るもの? なにかあったのか?」
『アイリーンは燃え盛る魂を持った少女だ。
烈火のごとく苛烈に燃え盛る存在――かつて俺の傍には、同じように燃え盛る存在がいた。
その大切な存在が失われてしまい、永く孤独を味わった。
俺はアイリーンに“失われてしまった大切な存在の影”を見た。
それでアイリーンの父親に力を貸すことを決意した』
その言葉に、幸福で顔を緩めていたアイリーンが反応し、顔を上げてノヴァの目を見た。
『それってどういうこと? 記憶が戻ったの?』
ノヴァは静かに頷いて答える。
『俺はおそらく“星の神”だ。
その傍にかつて居た、失われてしまった“炎の神”を追い求め続けいた。
そしてアイリーンの父親の祈りでアイリーンの魂を知った。
“その傍に居られるのであれば”、そう思ってこの体に魂を降ろすことを許した。
……うっすらと思い出せたのは、この程度だ』
リストリットが顎に手を当てて考え始めた。
「それはつまり……『お前好みの女を偶然見つけたから、持ちかけられた縁談を承諾した』ということでいいのか?」
ノヴァは苦笑を浮かべて頷いた。
『お前らしい解釈だな。だが、その通りだ。それで間違いない』
アイリーンはやや不満気だ。
『なんだか“死んでしまった奥さんそっくりの女を見つけたから私を望んだ”とも聞こえるわ。
心外よ! 貴方はちゃんと、私自身を見て心を決めてくれたのかしら?!』
ノヴァは優しい笑顔でそれに応える。
『お前の魂と炎の神の魂は別物だ。
同じ性質を持っているが、人間で言えば似ても似つかない別人――それくらい異なる。
安心しろ、俺はお前の魂を見極めたうえで心を決めた』
ニアも複雑な表情で告げる。
「『前の女に似てるから惚れた』というのは屈辱だものね。
でも『別人くらい違う』なら、『好みのタイプだった』という範疇でいいんじゃないかしら」
アイリーンは眉をひそめながら答える。
『う~ん、そうね……好みのタイプなら、ギリギリ納得してあげるわ。
――でもそれなら、ノヴァはテスケウシス本人ということよね。それは間違いないの?』
ノヴァが頷いて答える。
『テスケウシスという名も、星の神という名も、俺の心にしっくりと馴染む。
そして“その傍にかつて燃え盛る存在が居た”というのであれば、先史文明で当てはまるのは星の神テスケウシス本人以外、あり得ない』
アイリーンも思案しながら頷いている。
『そうね……確かに、他に似た神様は居ないわ。
――それでノヴァは、テスケウシスの力をどこまで使えるの?』
ノヴァが首を横に振った。
『わからんな。細かい記憶は全く思い出せん。
今までお前たちに見せたように、人間離れした魔導を扱うことはできる。
だがあくまでもアイリーンの父親が修めていた魔導の範囲だ。
リストリットの力になれるとしても、その範囲に限られるだろう』
リストリットがその言葉に驚いて尋ねる。
「俺の力になる?! そりゃ、どういう意味だ?」
ノヴァが優しくリストリットに微笑んだ。
『お前の助言で俺は、アイリーンという得難い存在を得ることができた。
アイリーンを助けられたことと合わせて、お前には特大の恩義が二つもできてしまった。
ならば神として、この恩義は返さねばなるまい。それこそ神の沽券に関わる。
お前が望むなら、俺ができる範囲で力を貸してやろう』
リストリットは頭を掻きむしりながら悩んだ。
「あーそれはつまり、古代遺物としてウェルバット王国の窮状を救ってくれる――そう言いたいのか?
だが俺はお前たちを兵器として扱う真似は嫌なんだ。
それをするくらいなら、ウェルバットが滅ぶことになってしまって構わない。
その決意は変わらない。
嬢ちゃんには、今度こそ救われて欲しい」
アイリーンがきょとんとした顔で答える。
『あら、私はノヴァと同じ時を歩めることが決まって、もう充分幸福よ?
ノヴァと一緒にリストリットさんの力になるくらいはしてあげるわ。
これでも先史文明の魔導における名家の生まれ。
その中で“稀代の天才”と呼ばれていたのよ?
現代の後退した魔導技術の世界なら、今の私でも立派に役に立てるはずだわ』
リストリットは渋い顔で答える。
「戦争の道具になるということの意味が分かってるのか?
命じられるままに人を殺す道具として扱われる。
そこに人の心はない。
そんな、人の矜持の欠片もないことに、お前らを巻き込みたくないんだ」
アイリーンは心外そうに唇を尖らせた。
『人を殺す経験なんてしたことはないし、殺したいとも思えないわ。
でもノヴァと一緒なら怖いものなんてないわよ?』
リストリットが、苦笑しながら告げる。
「……女ってのは恋に生きると逞しいな。そんな経験を嬢ちゃんにさせたくないんだ。
だが、お前たちの覚悟は分かった。
陛下に知られる危険を承知で、王子として保護するプランも考える。
それでもまず、予定通りクランでいったん匿ってアルスラーと相談する。
お前たちの言葉と素性もなんとかせにゃならん。
先史文明の人間として連れていくかどうかは、それから決めたい」
ノヴァは笑みを浮かべたまま答える。
『貴様も頑固だな。下手に隠そうとするから無理が出る。
ならば最初から明かしてしまえば、のびのびと暮らせるという考え方もあるだろうに。
――だがまぁ、確かにまずはアイリーンの体を保守していける場所の確保が先だ。
その問題を先に解決させる。
王都へ戻れるだけの魔力装填薬の確保は終わったのか?』
ニアが微笑んで頷いた。
「ええ、ちゃんと確保できたわ。三十日分あるから、充分に余裕があるはずよ。
でも、そんなに大量に服用して副作用の問題はないの?」
アイリーンが眉をひそめながら答える。
『今はまだ大きな影響はないわ。でも成分的に問題が多いわね。
副作用のない魔力回復薬の製造は急務よ。
私とノヴァの主食ですもの、早く何とかしたいわ』
リストリットがアイリーンに尋ねる。
「人間の食事じゃ駄目なのか? ほとんど人間と変わらんのだろう?」
ノヴァがそれに答える。
『通常の食事の栄養価では、ホムンクルスの魔力消費を賄うことはできん。
この体は高機能な分、ただ日々を生きていくだけでも消費が大きい。
どうしても魔力回復薬に頼らざるを得なくなる。
体を作り変えられる魔導工房があれば、多少は燃費をよくできるんだがな』
リストリットが頭を掻きながら悩んだ。
「課題が多いなぁ~。
まぁいい、今夜はここに泊まって、明日の朝に王都へ出発する。
後のことは、アルスラーを交えて改めて相談しよう」




