第13話 男たちの沽券(4)
アイリーンとニアが笑い合う中、部屋のドアがノックされた。
「はーい、どうぞ」
ニアが答えると、ドアを開けてリストリットとノヴァが姿を見せる。
リストリットがぎこちない動きでニアに告げる。
「あー、“ニア”。ちょっといいか」
ニアが目を見開いてリストリットを見つめ、答える。
「……はい、なんでしょうか殿下」
「ここじゃなんだ。あっちにテラスがある。そこに出よう」
「……はい、かしこまりました」
ニアは期待と不安がないまぜになったような顔をして、リストリットと部屋を出ていった。
残されたアイリーンは、ただ静かにノヴァの言葉を待った。
ノヴァが言いづらそうに口を開く。
『……まず、最初に尋ねたいことがある。
話はその後でも構わないだろうか』
ノヴァには『伝えたいこと』がある。
さっきの今であれば、ここでする話題はひとつだけだ。
この場の空気にアイリーンの胸が期待で高鳴る。
『いいわよ? 尋ねたいことって何?』
ノヴァが伏し目がちに尋ねる。
『お前は俺と同じ時間を歩きたいと、そ俺に願った。
だが俺はお前がその意味を真に理解しているとは思い難い。
たとえ頭で理解していても、実際にそれを体験した時、お前は必ず後悔し不幸になる。
俺にはそう思えたんだ。
アイリーン、お前は自分の願いの意味を、正しく理解している自信があるか?』
――は? この男は今、なんて言った?
アイリーンが白けた顔で尋ね返す。
『……私ってば舐められてる?』
ノヴァがきょとんとした顔で聞き返す。
『“舐める”とは、どういう意味だろうか』
アイリーンはノヴァを見つめる瞳に焔のような意志を宿して尋ねる。
『私は大陸でも高名だった魔導士の家系、ウェルシュタイン家の中でも“稀代の天才”と呼ばれた神童よ?!
見た目が幼いからと“貴方は私の能力を侮っていないか”と聞いたの!
神の魂に実質的な寿命がないことも、その魂を注入されたホムンクルスが永遠に稼働を続けられることも、当然理解しているわ!
人間の魂が同じ時間を歩むことに対する懸念だって、当然理解してる!
まさか、それさえ分からず“神と同じ時を歩みたい”と私が口にしたと、そう思ってるんじゃないでしょうね?!』
盛大に啖呵を切ったアイリーンを、ノヴァは茫然と見つめていた。
ノヴァの様子を見て、アイリーンは盛大にため息をついた。
『やっぱり、私を舐めてたのね。
私の魂が未来永劫生きるのに疲れたのなら、体の機能を停止すれば私は死ねるわ!
死ねないからだになるというのなら、好きな時に死ねる機能を追加すればいいだけよ?!
そうして私が機能停止する時に、貴方も一緒に機能停止するのよ!
神が自分で死ねないのであれば、人の魂である私が自分で死ねることを利用した機能を貴方の体に備えればいいだけ!
貴方一人を人の世界に残したくないという私の気持ちを、正しく理解して頂戴!
なんなら死後も一緒に居てあげるわよ!』
一気呵成、まくし立てるようにアイリーンは言い切った。
アイリーンという少女の魂、その焔に焙られてノヴァは茫然と見つめ返していた。
ようやくノヴァが答えを返す。
『……リストリットの言う通り、俺が納得する答えが返ってきたな。
それも期待以上の言葉だ』
『私の期待以上の言葉を口に出せない貴方と違って、私は貴方の望み通りの言葉を告げることができるだけよ!
そういうのを不甲斐ないというのよ?! 理解してる?!』
ノヴァが渋々と頷いて答える。
『確かに不甲斐なかった。反省しよう。お前を恐れるあまり――』
さらに烈しさを増した焔を瞳に宿したアイリーンが、ノヴァの言葉を遮った。
『そういう言い訳は要らないの! 貴方が口にすべき言葉はただ一つよ?!
“共に生きよう”、それだけ!』
ノヴァはアイリーンに気圧されたように怯み、何度か言葉を口にしようと試みていた。
何度目かで、ようやく言葉が音になる。
『……わかった、アイリーン。お前には俺と共に生きてほしい』
ふんす、と鼻息を荒くしたアイリーンが、ようやく満足して笑った。
『――最初からそう言えばいいのよ!』
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通りに面したバルコニーに、リストリットとニアは足を踏み入れた。
周囲に人はおらず、眼下に見える道の人通りもまばらだ。
リストリットが先に口を開く。
「あまりムードがある場所、とは言い難いな。すまん」
「いえ……それで、お話しとは何でしょうか」
リストリットが伏し目がちに告げる。
「ノヴァがお前を責めた、と聞いた。
俺が不甲斐ないせいだな、すまなかった」
ニアは淡々と答える。
「いえ、あれは正論です。お気になさらず」
ニアはただ、たった一つの言葉を待つ。淡い期待を胸にして。
リストリットがせわしなく手を動かし、何かを言おうと苦しんでいた。
「あ……その、ふぅ。分かっているのに、どうして言葉にできないんだろうな。
お前が断るわけがないと知っているのに、それを恐れている」
「……もう、それも分かりませんよ。これが最後です。
アイリーンとも話しました。『次の機会で腑抜けたら見限る』と。
この期に及んで腑抜けていたら、それで見限ると決めているのです」
リストリットが慌てたようにニアの目を見た。
ニアはまっすぐにリストリットを見つめている。
嘘や冗談ではない――少なくとも、今この時点では。
リストリットが自嘲の笑みを浮かべながら答える。
「そうか。手遅れ、ということか。十年だもんな。
だが手遅れだとしても、俺はお前に伝えなければならない言葉がある。
……最後に、それだけ受け取っておいてくれ」
ニアは無言でリストリットの目を見つめた。
リストリットは目を逸らし、ニアの足下を見ている。
――やっぱり、今回もダメなのかな。
リストリットが目を伏せたまま告げる。
「お前には『第二王子妃になる覚悟はあるか』と、そう聞きたかった。
だが手遅れということなら、残った言葉は一つだけだな。
――ニア、俺の傍に、ずっといてほしい。俺にはお前だけなんだ」
ニアは己の耳を疑った。
――今、なんて言ったの?
胸がいっぱいで、ニアは言葉に詰まっていた。返事をしたくても、できなかった。
目を伏せたリストリットがため息をつき、ニアに告げる。
「そうか、返す言葉ももらえないか。十年間、すまなかったな。
本当なら十年前のあの日に送るべき言葉だった。
だがこの後のことは安心して――」
「そうですよ、十年、遅いんですよ、この馬鹿」
ニアが絞り出したのは、涙声だった。
涙でぐしゃぐしゃになったニアの顔を、リストリットが慌てて見つめる。
リストリットが困惑した後、ふっと優しい笑みでニアの頭を胸に抱きよせた。
「そんな涙と鼻水まみれの顔を、俺以外の奴に見せるわけにはいかんからな。
その顔を知ってるのは、俺だけでいい」
「――殿下の不甲斐ない姿を知ってるのも、私だけでいいんです」
涙声の、精一杯の抗議だった。
リストリットはニアが泣き止むまで、そのままの姿勢で待っていた。




