第10話 男たちの沽券(1)
竜峰山下山三日目、順調に行けば、夕方には麓に着くはずだ。
李スリットが背負われているアイリーンが、ぽつりと呟く。
「大人って難しいのね」
「急にどうした? 嬢ちゃん」
『リストリット殿下って――』
「殿下はやめてくれ。今まで通りで構わん」
きょとんとしたアイリーンが頷いて告げる。
『じゃあ――リストリットさんって、こんなに頼り甲斐があって、優しくて素敵な人じゃない?
なのに意外な一面があるんだなーって。
私はこんな大人になりたいような、なりたくないような、複雑な気分よ』
「んー? よく分からんが、何か嬢ちゃんの気分を害することをしちまったか?」
『私じゃないわ――ううん、なんでもないの。忘れて』
――何が言いたいんだ?
リストリットは首を傾げた後、何事もなかったかのように会話を始めた。
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間もなく夕暮れが迫る頃、四人は遂に山麓まで辿り着いていた。
リストリットは隠しておいた馬の無事を確認し、荷物を括りつけていく。
「野盗が出ると、ニアでは嬢ちゃんを守り切れん。
俺の馬に嬢ちゃん、ニアの馬にノヴァが乗れ。それで構わんな?」
ノヴァとアイリーンが頷いた。
四人が二頭の馬に跨り、リストリットとニアがノヴァとアイリーンを抱えて馬を走らせた。
四人は街道へ抜け、一路最寄りの町へと向かっていった。
夜になっても馬を走らせ、深夜頃に野営をして眠りに就く。
その甲斐あって、翌日の昼前にはピークスの町にたどり着くことができた。
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ピークスに着くと、リストリットはすぐに宿に入り二階の四人部屋を借りた。
部屋に荷物を置くと、リストリットが告げる。
「俺とニアは魔力装填薬を探しに行く。
お前たちは部屋で待っててくれ」
ノヴァとアイリーンが頷くのを見て、リストリットたちは部屋を出ていった。
残されたアイリーンはベッドに腰を下ろし、どこか居心地の悪さを感じていた。
隣のベッドに腰掛けるノヴァの視線が気恥ずかしい。
『お前を失いたくない』と言われてから、急にノヴァを一人の男性として意識しだしていた。
自分にかけられた言葉の数々が頭をよぎる。
『お前を一人にはしない』だの、『伴侶』だの、『孤独にしない』だの――。
ノヴァの言葉は情熱的で、言いたい放題だった。
そんな言葉が、自分好みの同年代男子の口からポンポンと飛び出るのだ。
意識するなという方が無理がある。
そんなノヴァに自分の全裸を見られた――恥ずかしさで転げまわりたい気分だった。
――ノヴァは神様! だからあれはノーカン!
アイリーンは必死に自分に言い聞かせていた。
だが二千五百年の未来に目覚め、周りには誰も残っていない。
そんな中でただ一人、ノヴァだけは常に傍に居てくれた。
父親の最後の言葉も、肉声を再現してまで聞かせてくれた。
目が覚めてから孤独を感じた瞬間はなかったのだと、改めて気付いていた。
この時代で自分の時代を知り、同じ言語を口にしてくれる唯一の存在。
かけられる言葉も、込められた思いやりの数々が胸に沁みた。
テディの鱗を渡してくれた時の言葉は、きっと一生忘れることはできないだろう。
そうしてノヴァの言葉に浸っているうちに、ふと気が付く。
――ノヴァは今、どんな気持ちでいるんだろう?
名前と神であること以外、思い出せないと言っていた。
同類は他に居ない。神の魂を持つホムンクルスなど、前代未聞だ。
せいぜい最も近い存在が人の魂を持つホムンクルス――アイリーンだけだろう。
ノヴァは自分が居なくなった時、どうなってしまうのか。
アイリーンがぽつりと疑問を口に乗せる。
『ねぇノヴァ。私たちの耐用年数はどうなるのかしら』
『アイリーンの設計耐用年数は起動後百年だ。
今から百年程度は稼働し、その後機能を停止する』
アイリーンが小首を傾げた。
『体を作り変えているのに?』
『魂との接続部の問題だな。
魂魄安定装置から出た時点で、カウントダウンが始まっている。
細胞をどれほど作り替えようと、魄との接続部は魔導工房がなければどうにもならん』
『ノヴァの耐用年数は?』
『この体の設計耐用年数は起動後三百年だ。
お前を決して見送る側にはさせないという、硬い意志を感じるな』
ノヴァは含み笑いを浮かべ、楽しそうに語った。
アイリーンがノヴァに尋ねる。
『私が機能停止したら、ノヴァはどうなるの?』
『機能停止するまで、人の世で生き続けることになるだろう』
『アイリーンを孤独にさせないために作られた存在だ』とノヴァは言っていた。
そんなノヴァは、作られたときから孤独になることを宿命づけられていた、ということになる。
それは、とても寂しいことではないだろうか。
『ノヴァは孤独じゃないの?』
『今は、お前が居る』
『私が機能停止したら、ノヴァは孤独になってしまわないの?』
ノヴァがフッと笑みを浮かべた。
『……そうだな。だが神とは孤独な存在だ。
うっすらと、そんな覚えがある。ならば特に問題はあるまい』
――そんなのは嘘だ!
謎の確信がアイリーンの胸に在った。
ノヴァはアイリーンに拘っていた。
自分と共に在ろうとしていた。
それは自分を孤独にさせない為だけじゃなく、孤独になりたくないからではないのか。
時折見せる、捨てられた子犬のような縋る目を思い出していた。
『私が居なくなった時、自分で機能停止すればいいんじゃないの?』
『神は自ら死ぬことができない。
つまり、機能停止することもできない。
そういう機能が、魂にないのだ。
別の要因で機能停止するのを待つしかない』
『私は自分で機能停止することはできるの?』
『お前が望めば、いつでも機能を停止することができる。
お前の父親はそう作っている。
お前の魂は人間だ。ゆえに、お前は自ら機能停止を選ぶことができる』
アイリーンはその事実に、心が引き裂かれるほどの悲しみを覚えた。
ノヴァは自ら機能停止する機能すら、付けてもらえなかったというのか。
せめてアイリーンが機能停止すると同時に、機能停止させることはできなかったのだろうか。
ノヴァは神だ。神の魂を持っている。ならば耐用年数など飾りだろう。
人間やホムンクルスと比較にならないほど、無限に近い力を内包した魂だ。
魂が力尽きることはないだろう。
自ら死ねないということは、身体機能に損傷を見つけたら、それを見逃すことはできない。
損傷個所を修復して生き続けるのだ。人の世で、孤独に。
誰かに破壊してもらうその日まで、ただひたすらに孤独を味わうことになる。
それは、あまりにも残酷ではないだろうか。
自分をここまで想ってくれる存在を、そんな残酷な世界に置き去りにしていいのだろうか。
アイリーンは悩み、どうしたらいいか思案を巡らせた。
『……ねぇノヴァ。私の体はいつか、保守が不要になるように作り替えると言ってたわよね?』
『そうだ。魂の出力問題を解決するため、お前の体か魂に手を入れることになる』
アイリーンはまっすぐノヴァの目を見つめて告げる。
『その時に、私を“貴方と同じ時間を歩める体”にすることはできる?』
『……可能か不可能で言えば、可能だろう。
お前の父親の知識と神の力を合わせれば、何とかなるはずだ』
アイリーンが思い切って告げる。
『それなら、私に貴方と同じ時間を歩ませて欲しいの。
そういう体や魂に作り替えて、私にも貴方の孤独を癒させて欲しいの』
ノヴァは困惑したように眉をひそめ、アイリーンの目を見つめ返していた。




