姉の嫁入り、妹の婚約③
我が花月院家は代々異能を発現する一族として侯爵の地位に据えられている。子に現れる異能は様々で、例えば光希は十歳のころに「雨呼び」と言われる異能が発現した。これはその名の通り、雨を降らせることができる力である。
爵位を賜った際、異能を増やしすぎるなという天子様の命令で、花月院家は当主のみが子を成す権利を有する。とはいえ子の全てが異能を持って生まれるわけではなかった。
そのため父は前妻である私の母に私を産ませたけれど、母の身が病弱であり異能を持つ子が生まれない可能性を理由に保険を掛けた。それが母の妹を妾とし、光希を産ませることだった。どういう経緯かは知らないけれど、きっと母方の実家が姉妹をひとまとめにして花月院家へ差し出したのだろう。
結果として父の懸念は当たったし、母の妹の目論見は成功した。姉である私には異能は発現せず、妹には異能が発現したのだ。
光希の母とすれば妾になり、後妻になったうえにさらに名誉欲が満たされるということか。
しかしそう説明されても光希本人は、まだ困惑した表情で私や父の方へ交互に視線を動かしている。
「で、でもまだお姉様はご結婚されておりません。妹である私がお姉様を差し置いてなんて」
「そこだ。姉が行き遅れというのは体裁が悪い」
食い下がるようにつづけた光希の言葉に、父の声が被さった。
体裁、と聞いて私はげんなりと肩を落とす。やっぱりというかなんというか、この人たちの言いたいことの想像がついてしまったからだ。
父はじろりと私に目を向けた。
「我が家には光希の姉である朔乃、お前がいるということは貴族や役人たちの間でも周知の事実だ。そしてそのお前がまだ結婚していないことも有名な話だ」
「はあ……」
「そんな中、姉を差し置いて妹が先に結婚するなど、たとえその相手が天子様や皇子様であってもあってはならない。長幼の序を大切にしなければならないというのは、この国に伝わる道徳の一つでもあるからな」
はあ、と私はまた生返事を繰り返した。
「そこでだ。お前には光希より先に結婚してもらう。いくつか来ていた縁談から、父が良いところを選んだ」
「……はい」
やっぱり。
私は畳に指をついて頭を下げた。隣では悲鳴のような声で光希が私の名を叫んでいるが、自信たっぷりな父の言いぶりであれば相手にも伝わっている決定事項なのだろう。ここはもう受け入れるしかない。
顔を上げれば目の前には少しだけ驚いたような、でも私が素直に頭を下げたことを当然と思っているような表情を浮かべた父がいた。
「お父様のお言いつけであれば。私に否はございません」
「お姉様!」
「よく言った、朔乃。お前の縁談のお相手は、安間菱家のご当主だ」
早速お返事をしよう、という父に光希が腰を浮かせた。着物の袖を翻し、座布団を蹴り飛ばす勢いで父の方へと走り寄る。
「お父様!」
「これ、光希。はしたない。お座りなさい」
「いいえお母様。こんな話、私が納得できません。お姉様がお妃様にならないこともそうですけれど、よりによって何故お輿入れ先が安間菱家のご当主なのですか!」
「ご立派なお家柄ではないですか。朔乃さんには不相応なほど」
「確かに安間菱家は我が国有数の財閥です。でも、ご当主様は大層なご高齢と伺っております。そんな方のところへお輿入れなんて!」
見たことがないほどの剣幕で父に食ってかかる光希は、私を振り返ってわっと声をあげて泣き出した。
それと同時に窓の外でぴかっと稲光が走る。みるみるうちに空が黒い雲で覆われ、あっという間に大粒の雨が落ちてきた。
「お断りしてくださいませ、お父様! お姉様をそんな方のところへやるなんておっしゃらないで!」
「これこれ、光希や。これはもう決まったことなのだよ」
「嫌でございます。お断りしてくださらなければ、私も皇子様のところへは参りません!」
「これ、光希や……そんなことを言わないでおくれ。安間菱のご当主は縁談を受けたらお前の入内で持っていく調度品もあつらえてくれるとおっしゃっているんだ。ありがたいお話じゃないか」
「そんなもの要りません! お姉様をお嫁にやらないで!」
「そら、そんなに泣くものじゃない。窓の外が土砂降りだ。お前の涙は雨を呼ぶ。そんなに泣いていたら帝都が水浸しになってしまうよ」
かわいい娘に号泣しながら縋り付かれ、困り果てたように父が猫なで声を出す。光希はいやいやと言わんばかりに、父の着物に顔をこすりつけた。
雨脚は光希の涙の量に比例するように強くなっていた。心をかき乱している妹が肩を振るわせて泣いているのを見ていると、私の胸が痛くなっていたたまれなくなる。
あの子が母親とともに屋敷に来てからというもの、ずっとこうだった。父と、自分の母が姉である私に理不尽なことを強要しようとすると、光希は必ずこうして抗議してくれるのだ。
時には怒り、時には洪水を起こさんばかりに泣いて抗議してくれる妹に、何度心が助けられたことか。
しかしこのままずっとあの子に甘えているわけにはいかない。今回は光希の入内がかかっている。天子様の皇子様のお妃になるというのは女性の誉れである。お相手である皇子様が天子様になれば、その妃は国母になる可能性もあるのだ。
輝かしい光希の将来への道を、私のことで駄目にするなんてありえない。
朔乃さん、と光希の母が低い声で私を呼んだ。じろりとこちらを睨みつけている彼女の言いたいことは十分伝わる。
分かっていますというつもりで私は頷いた。どうせこの家にいたって籠の鳥で何もできやしないのだ。であればどこへ嫁がされようと、今より不自由なことにはなるまい。財閥家の妻となれば少なくとも今のように閉じ込められることはないだろう。
私はまた畳に指をついた。ざりっとした畳に、左手の竹刀だこが擦れる。剣術を続けさせてくれるだろうか。剣術で身を立てようという夢も、財閥当主の妻となっては叶えられないだろうということがわずかに寂しい。
「光希。私のことなら大丈夫です」
「お姉様!?」
「お父様。このご縁談、謹んでお受けいたします」
涙に濡れた瞳に微笑み返しながら、私ははっきりと答えてやったのだった。




