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姉の嫁入り、妹の婚約②

「は?」

「まあ……」


 花月院侯爵家の主一家が住む母屋の奥座敷に通された私が漏らした声は、華美な調度品にあふれ厳めしい設えになっている室内には全くそぐわない素っ頓狂はものだった。隣に座った妹から発せられた感嘆の声とは音色が違いすぎたので、余計に目立って聞こえたのだろう。

 しまったと思ったけれど出てしまったものはもう飲み込めない。

 床の間を背にして腕組みをしながら座っていた父がぴくりと太い眉を動かし、その隣にいる妻は袖で口元を隠しながらあからさまに嫌な顔をした。

 日当たりが良い部屋のはずなのに上座に座る二人からはひんやりとした雰囲気が漂い、ばつが悪くなった私は首を竦めて小さくなる。場を弁えた言動をとれないのは、離れに閉じ込められているせいで淑女教育とは縁が遠かったことが悪いのかもしれない。


「聞こえなかったのか。我が家から天子様の皇子様に妃を献上せよとのお達しがあった」

「て、天子様の皇子様に、でございますか……」


 偉そうにあごひげを撫でつけながら父が告げた内容は、驚き以外のなにものでもない。

 天子様の皇子様って、天子様のお子様のことだ。その妃って、つまり奥様?

 思わず首を傾げてしまった私に、父の隣に座る女性からぴしゃりと声がかかった。


「朔乃さん、しゃんとなさい。お行儀が悪い」

「は、はい……」


 私は崩れかけた姿勢を正し、ちらりと横目で妹の光希を伺う。二つ年下で腹違いの妹である光希は、華やかな花模様が描かれた着物を着てしゃんと背筋を伸ばして座っていた。

 蝶の羽のように畳に広がった絹の袖には金糸できらびやかな刺繍が施されており、きちんと櫛の入った綺麗な髪とともに正真正銘のお嬢様といった出で立ちである。

 それもそのはず。光希は私より頭半分以上背が高く、すらりとした美人なのだ。

 彼女も父の話に驚いているのだろう。くりくりの大きな目が、知っているより三割増しほどに見開かれているのが分かる。

 その目が私の視線に気が付いたようにこちらを向いた。その瞬間、ぱあっと光希の表情が明るく輝く。少し色素の薄い髪が座敷に差し込んだ日差しを受けているせいか、まるで花のつぼみが綻んだように見えるほど可憐な笑顔だ。

 父の隣に座るつんけんした女性からこの娘が生まれたとは考えられないほどかわいい。光希の母は私の実母の妹だが、病弱な母が存命のうちから父の妾になっていたときく。

 聞いた当時は複雑だったけど、かわいい妹ができてうれしかった。ただ前妻の子である私のことは疎ましかったのか、光希の母は父の後妻に収まるとすぐさま私を離れへと押し込めてしまった。そのため妹と一緒に遊んだことは数えるほどしかない。

 しかし光希は離れ離れに暮らすようになっても、ときたまに会うことがあればお姉様と慕ってくれたかわいい妹である。

 お姉様、とその光希が声を弾ませた。


「おめでとうございます! 皇子様のお妃様になられるのですね。素敵!」


 華やいだ声が座敷に響く。しかしそれは彼女の母によってさえぎられた。


「光希! 何を言っているのですか。朔乃さんがお妃になるわけがないでしょう!」

「え?」

「帝城に入るのは貴女です、光希。貴女が皇子様のお妃になるのですよ」

「ええ?」


 ふふっと光希の母が口角を持ち上げた。申し訳程度に袖を顎まで持ち上げているけれど、こみ上げる嬉しさを隠す気はないのだろう。私達姉妹はまた顔を見合わせる。

 いや、光希の母がそう言う意味は分からなくもない。というか、私達姉妹の扱いを見れば彼女が実の娘である光希を可愛がり、より良い縁談を結ばせたいと考えるのは当たり前だ。

 私が分からないのは、どうして妹向けの縁談についての話をする場に私が呼ばれたかということである。

 父の方を見ればこちらはさっきと変わらず、あごひげを撫でつけながら満足そうに腕を組んでふんぞり返っているだけだ。


「ど、どういうことでしょう、お母様。お姉様を差し置いて、私がお妃に上がるなど……」


 先に口を開いたのは光希だった。


「我が家には私より二つ年上のお姉様がいらっしゃいます。天子様には幾人も皇子様がいらっしゃると伺っておりますが、いずれの皇子様も御年は二十を超えられているはず。であれば私よりお姉様の方が御年も近くて――」

「何を言っているのですか。母親もおらず行儀作法も未熟で、二十歳になるというのに何の力も発現しなかった朔乃さんに、皇子様のお妃が務まるはずがないでしょう。良く聞きなさい、光希。皇子様はご自身のお妃に雨呼びの異能を持つ貴女をご所望なのですよ」

「……皇子様が私の雨呼びを?」

「そうです。貴女の雨を呼ぶ力と帝室が持つ太陽の力を合わせ、実り豊かで強い国をお作りになりたいとお考えなのでしょう。光希、これは栄誉なことですよ」


 満足げに微笑む光希の母は、その姿勢こそぴんと背筋を伸ばしたまま崩さないが内心ではのけ反らんばかりにふんぞり返っているに違いない。

 それはそうだろう。私は小さくため息を吐いた。

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