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大神様の正体は②

 私はしょんぼりと項垂れている九朗のつむじを見つめながら、与えられた情報を必死に頭の中でまとめようとした。

 上等な絹糸なんて見たことはないけれど、艶のある九朗の黒髪はつむじを中心にして四方へ流れ落ちている。その流れをせき止めるように立ち上がった獣の耳は、じっとしているけれど私の吐息すら聞き漏らさんと大きく膨らんでこちらを向いていた。

 これが本当に九朗なのか、そして恐ろしい黒い獣の姿で私を「贄とする」と攫った大神なのか。今度の説明に嘘はないと信じたいけれど、にわかには信じがたい話ではあった。

 しかし私は項垂れる九朗の後頭部に垂れる赤いものに気が付いた。お互いに向かい合って、大きな九朗が私の目線より姿勢を下げているから見えたのだろう。それは九朗の獣の耳の後ろに、黒髪を一束つまんだように結び付けられている赤い紐だった。

 そっと手を伸ばして紐をつまむと、九朗が驚いたように肩を揺らした。でも私が言葉を発しないせいか、伏せた頭を上げることはない。つまみ上げた紐の端を見て、ああと私は嘆息を漏らす。

 輿入れの日、お別れのしるしとくろすけに結わえ付けた紐だったのだ。そこで黒い獣が現れたとき、鬣からたなびく赤い筋があったことを思い出す。


「……じゃあ、本当にあなたはくろすけで、くろすけは大神様だったのね……」


 私は九朗の肩に触れ、頭を上げさせた。紐をつまんでいる私の手に気が付いたのか、九朗は苦く笑って口を開く。


「この紐がだめ押しだったんだ」

「だめ押し?」

「ああ。お嬢さんがくれたこれも俺にとっては供物になって、そして俺の無事を祈ってくれただろう? それでちょうど満月だったし一時的にだったけど力が湧いて、もう歯止めが利かなくなっちゃってお嬢さんを攫っちゃった」

「だから、あんなに大きな姿に……」

「ああ、でもあの後結局小さい姿に戻っただろ? 供物も祈りも一回きりだったから、あれ以上本性を保っていられなかったんだ」


 でも、と九朗は続けた。


「この屋敷にきて、お嬢さんは俺が止めても庭や祠の手入れをしてくれただろう? しかも自分の食事の一部を供物にして祠に供え、祈ってくれた。おかげで力が回復しました。ありがとうございます、お嬢さん」

「あ……いえ、礼には及ばないんだけれど……私も、会ったこともない人のところへ嫁ぐのは覚悟が足りなかったし、この屋敷に置いてもらっている以上何か仕事はしたいと思っていたし……」


 そう。その点では屋敷を追い出されたに等しい私を連れてきてくれて感謝していると言ってもいい。

 花月院の屋敷では疎んじられほぼ幽閉状態であったし、あのまま暮らしていてもけっしてそれが改まることはなかっただろう。良くてあのまま幽閉、悪ければ身一つで追い出されるような身であったことは確かだ。

 それが父とその妻の下心で結婚が決まったとき、家から出られると私は喜ぶことにした。幽閉されたりただ追い出されたりするよりいいと思った。妹のためになるならと自分を鼓舞することもできた。

 でも、いざそうなると心が揺れた。黒い獣に攫われてきたと知った時、心の底でほっとした。九朗やくろすけがいることに安堵した。

 会ったこともない、父より年上の男性の後妻となって囲われるより、ここで九朗と暮らす方がいいと思ったのだ。

 けれど、それは九朗との関係性が変わらないと思ったからだ。九朗が大神そのものだとするならば、少し話は変わってくる。

 先日の話で言えば、大神は私を妻にするために召し上げたとか言ってなかったか。ということは、九朗と私の関係性は変わってくるのではないだろうか。つまり、私はこの目の前にいる九朗と、夫婦になるということか。

 そんな可能性にはっとすると、ちょうど顔を上げた九朗と目が合った。色素の薄い、見ようによっては黄金色に似た瞳は思いのほか近くにあり、その中には私の顔が映り込んでいる。

 ――なんとも情けない、動揺した表情で。


「あ、あの! 九朗!」


 思わず大きな声を出してしまってから、私は口を押えた。急に目の前にいる九朗の顔を見ることも恥ずかしくなり、口元を押さえたまま膝に顔を埋める。

 お嬢さん、と頭上で私を呼ぶ声がするけれど応じることもできない。窮屈な姿勢でいるせいか、喉の奥からぐうと変な音が漏れた。


「あの……怒ってますか?」


 機嫌を伺うような九朗の声に私は首を横に振る。


「怒ってますよね、ほんと、騙すようなことしてすみません。本当に……」

「……怒っては……いないけど……」

「いえ、いいんです。怒って当然ですから。でも、俺、お嬢さんをどうしても手放したくなかったんです」


 顔を伏せたままの私の耳に、九朗の静かな声が降ってくる。言葉の端々に私への謝罪の気持ちが見え隠れしているのは分かった。

 しかし次の瞬間、ああと九朗がため息に似た声を漏らした。ついさっきまでいつもより少し低いくらいだったというのに、その声は花月院の離れで聞いていた声と同じくらいに高い。

 私は膝に顔を埋めたまま、ほんの少しだけ視線を上に向けて九朗を見た。するとそこには、ざんばら頭で洋装のシャツを着たいつもの姿の九朗がいたのだ。体からはしゅわしゅわと音を立てて、黒い煙のようなものが立ち上っている。


「ああ、時間切れだ……」

「時間、切れ……? 力が……?」

「うん、今夜は新月だし、いくらお嬢さんが祈ってくれてても結構力使っちゃったからな」


 そう言うと九朗はよっこいしょと立ち上がって私の隣に腰を下ろした。

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