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生贄の行末は②

「さて、まず何から話しましょうかねぇ」


 差し向いになって膳に手を合わせる。白いご飯と味噌汁という簡素だけれど温かくほっとする夕餉があらかた片付くと、九朗がおもむろに口を開いた。


「お嬢さんが御察しの通り、くろすけは俺です。黙っててすいません」

「ひ、人が、犬に変化するの……? 九朗って、物の怪だったの……?」

「いや、物の怪ではないし、ちょっとそこは違って……って、あぶな」


 ある程度察しはついていたとはいえ、改めて説明されればやはり驚きを隠せない。私がうっかり箸を取り落としそうになると、九朗が手を伸ばして下から支えてくれた。


「ええっと、どこからどう説明しようかなぁ……」


 ぽりぽりと短い髪に指を突っ込んで頭を掻いていた九朗は、長くなるよと前置きをして箸を置いた。そして、訥々と語り出したのだった。


「ここは帝都の北にある黒真上一族の屋敷。昼も言ったけど、此岸と彼岸、つまりあの世とこの世の境目って言えば通じやすいかな。そういうところに建てられた屋敷だよ」

「……なに、それ」

「お嬢さんのお輿入れの夜、お嬢さんを攫ってきたのはここの当主で、帝都の北を守護する大神なんだ。その大神が、お嬢さん、あんたを生贄に選んで連れてきたってわけ」

「……は?」

「まあ聞いて。俺は、えっと、あー、うん。俺はもともとその大神の眷属で、帝都の見回りをする役目があったんだ」

「……はあ?」

「お嬢さん、くろすけと初めて会った時のこと覚えてるかい? 結構ぼろぼろに怪我をしていただろ。あれさ、今日みたいに帝都に迷い込んできた物の怪と戦った後だったんだ」


 何を言われているのか一回ではとても飲み込めない。私をここに連れてきたのが、帝都の守護をしている大神? 九朗はもともとそこの眷属? 

 しかし突拍子もない話に間の抜けた相槌しか打てなくなった私を制しながら、九朗は丁寧に言葉を選んで説明を続けてくれた。


 曰く、大神とはこの国が都を定めてから長きにわたって北からの敵の侵入を防ぐために据えられた、国の守護神だという。都の南側にも同じように据えられた神がいるらしいが、そちらとは向いている方向が違うから没交渉というのも初めて聞いた話である。

 しかし帝都の北側を守護する大神は近年目に見えて力が衰えているらしい。それは時代が変わり天子様の祈りの儀式が簡略化されたこと、帝都や国の民たちの信仰心が薄れていること、開発で豊かな山が切り開かれてきたことなど様々な要因が絡んだ結果だという。

 古の昔であれば、大神の力が弱まった際は供物を捧げ人々が大いに祈ることで回復させてきたが、この数十年はそれも絶えて一族の力は弱まるばかりだと九朗は寂し気に語った。


「で、大神の力が弱まったことで俺たち眷属は月が出ている間しか人の姿になれなくなったんだ。妖がでるのも大抵は夜なんだけど、力のあるやつは昼にも現れて悪さをすることがある。そういうのと戦って、怪我して黒真上の屋敷に戻るに戻れず、獣の姿のまま途方に暮れていたところにお嬢さんが助けてくれた」


 昔を懐かしむように九朗が目を細める。もちろん私だって、くろすけと初めて会った時のことはよく覚えていた。ふらふらになっていた黒い小さな犬が花月院家の離れの庭に迷い込んできたので、傷の手当てをしてこっそり自分の分の夕餉を分けてあげたっけ。

 怪我が治った後もくろすけは離れに居つき、日中は私の目の届くところにいたはずだ。

 と、そこまで思い出してそう言えば九朗が夜の間の離れの警備についてくれたのもそのころだと気づく。


「力を失いかけている大神は、人々からの供物と信仰を欲してる。そこで俺の目を通してお嬢さんを見守っていた大神は、お嬢さんに白羽の矢を立てたんだ」

「え?」

「いずれこの国の帝に神託を下してお嬢さんを捧げさせるつもりだったんだよ。花月院は古くから異能持ちの家系で、その娘であれば供物、いや神の妻に召し上げるにちょうどいい。けど、急にどこぞの商家に嫁入りするって話になっちゃっただろう? だから大神は慌ててあんたをこちらに攫ってきたってわけ」

「つ、妻? 召し上げるって……」

「此岸じゃなくって彼岸につれてくるってこと」


 いやあ困った困った、と言いながらも九朗は椀に残っていた米をかき込んだ。最後の重大な説明をざっくりと終わらされ、私はいやいやと首を振る。さすがにそれだけでは納得ができない。というか、困る。だってこれは私だけの問題ではないのだ。


「待ってよ。そんな勝手なことされたら私だって迷惑だわ。それに私は花月院家の者だけれど異能は受け継いでいない。おまけにほら、自分で言うのもなんだけれどこんな子どものようななりなのに、神様に嫁入りなんて恐れ多いこと――」

「でも花月院の直系だ。外見なんて何も問題はない」

「待ってってば」


 私は身を乗り出して九朗に抗議した。


「私が安間菱に行くことで光希の入内を援助してもらう約束だったはずよ。安間菱側にしてみれば、後妻がこなければ大損することになるでしょう。援助が取り消されたら、光希はどうなるの? 帰らないと」


 素直でかわいく、異能を受け継いだ自慢の妹の美しい横顔が脳裏をよぎる。皇子様に入内するのは女の誉れであり、あの子の幸せと花月院家の繁栄のためにはこの話を潰すわけにはいかない。そのためには私は安間菱家の後妻になって、入内にかかわる費用を援助してもらわなければ。

 しかし食って掛かった私に対して、九朗はまあまあと言いながらのんびりと箸を置いた。


「そもそも、安間菱とかいう家の当主は相当な年寄りなんだろ? お嬢さんはそんな爺のところに嫁に行きたいのか?」

「そ、それは、やだ、けど……でも入内の準備が」

「大丈夫。準備がちゃんとしてようがしていなかろうが、お嬢さんの妹は天候に関する異能持ちの娘だ。そんな女、帝にしてみれば喉から手が出るほど欲しいに決まってる。身一つで内裏に出向いたって皇子の女御に迎えられるさ」


 飄々とうそぶくように言いながら、九朗は湯飲みの茶を煽った。

 確かに光希は雨を降らせる異能がある。太陽の力を受け継ぐと言われている天子様のご一家にしてみれば、光希の力に大きな魅力を感じるだろう。大地を照らすことと湿らすことのどっちもできるようになれば、国が栄えるための農業が安定する。

 でもだからと言って、臣下の家から娘を献上するのに身一つで行かせる不安も拭えない。

 けれど、だ。

 いざ光希のためと覚悟を決めた輿入れだけれど、見ず知らずのお年寄りに嫁ぐのはやはり気が重い。何をさせられるか、何をするかなど、考えることを辞めていたのに、それらがむくむくと胸の奥から湧いてきて嫌悪感に身震いした。

 唇を噛んだ私に気が付いたのか、九朗は湯気のたった湯飲みを差し出してきた。


「おまけに大神が姿を見せて、贄とするって言ってお嬢さんを攫ってきたからね。神の生贄になったと知れば、旦那方もお嬢さんを金と引き換えにすることを諦めるでしょ」

「……そう、かな……」

「大丈夫。どうせここは普通の人には見つからないし、探される心配はないよ。あと、大神は満月の夜だったとはいえお嬢さんを攫ったときに力を使いすぎちゃったんで別のところでしばらく休むことになっています。お嬢さんはまあゆっくり養生してください。飯や身の回りの世話は夜限定ですが俺がやります」

「夜限定?」

「そ。さっきはお嬢さんが庭の祠に大根供えてくれただろう? おかげでちょっとだけ人の姿になれたけど、月の夜以外の普段はその分の力を温存しときたいしね。日中は悪いけど獣の姿でいるか、ちょっと寝かせておいてくれますか?」


 食事の支度をしてもらえるのはありがたい。家に帰ろうと思っても、帰ったらどんな仕打ちが待ち構えているかと思えば、ここに住まわせてもらえれば助かるのも確かだ。

 でも、何もせずにここに居るのも心苦しい。世話をされるだけでなく、何か仕事が欲しい。私はじっと湯飲みの中の茶を見つめ、そして九朗の方へ顔を上げた。


「お前、さっき、大神の力が弱って妖とか物の怪とかが迷い込んでくるって言ったわ。昼に来た男の人も、そうなのね?」

「ああ、あれは中堅どころかねえ。でももう屋敷の中には入ってこないと思うけど」

「でもまた来られたら困るわね。このお屋敷は大神様のお屋敷だというけれど、昼だとくろすけ姿のお前しかいないわけだし」

「まあ、そうですねぇ」

「じゃあ、日中は私がこの屋敷の用心棒をするわ」

「は?」


 私が握り拳を作って立ち上がると、九朗はあんぐりと口を開けた。


「ただで食事をいただいて、ただで住まわせてもらう訳にはいかないわ。幸い私でも掃除や洗濯はできるしそれらはやるとして、また日中にあんな奴らがやってきてくろすけ――いえ、お前に怪我でもさせられたらたまらないでしょう?」

「いや、待ってお嬢さん。お嬢さんにそんなこと……」

「口ごたえは無用よ。昔から言ってるでしょう。私、剣術で身を立てたかったの」


 いきさつは未だに納得できるものではないけれど、どうせ世話になるのであればこちらも何か役に立つことがしたい。あの家へ帰らなくてもいいとなったことで心が随分と軽くなった。


「よし、そうと決まれば鍛錬を休むわけにはいかないわね。九朗、付き合いなさい」

「ええ……」


 私が竹刀を手にすると、傍らの九朗は複雑な顔をして眉を下げてしまったのだった。

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