ブルーライトニング 改訂版 第9章
サムはマルスの試験のため、自らドルフィンを乗り込もうとする。ノーマはサムの身を案じ、止めようとするのだが・・・
サム・ダグラス プレスト海軍のパイロットで階級は大佐。プレスト海軍のロボット部隊運用の責任者でもある。
ノーマ 情報分析型アンドロイド。サムのパートナーである。
マルスの実機試験を前にして、サムは耐G装備を身につける。ドルフィンの機動性能は高く、パイロットにかなりの加速度がかかるため、耐G装備が不可欠だからだ。
「あー、こんなところにいたー!」と、ノーマの声がしてサムは振りかえった。
「どうしたんだ? 声を張り上げて・・・ マルスの準備は済んだのか?」
「マルスの準備は終わってます。それより、サムが司令室にいないと思ったら、こんなところで何をしてるんですか!」
「こんなところって、マルスの試験に備えて、Gスーツを着ているんだが、何か問題があるのか?」とサムはどこかしらノーマをからかうような口調だった。むろん、サムには、ノーマの言いたいことはわかっている。
「今日の試験では、サムは司令室でモニターするって話でしたよね。それなのに、サムはドルフィンに乗る気なんですか? マルスと空中戦をやるつもりなんですか?」
「もちろんだよ。気が変わったんだ」
サムは呼吸マスクとヘルメットを手に取ろうとするが、ノーマはヘルメットをひったくる。
「だめです! マルスの能力の実証なら、サムが無理をすることはありません。私だけでドルフィンに乗りますから、サムは司令室でモニターをしていてください!」
ノーマはサムの身体の事を心配していた。空中戦ともなれば、大きな加速度がパイロットにかかる。マルスやノーマは平気だが、生身の人間にはかなりの負担だ。
「ノーマ、司令室のモニターでは、わからないことが多すぎる。実際、俺が操縦してマルスと戦ってみたいんだ」
「そんな無茶なこと言わないで! 人間はマルスに勝てません!」
事実を言われてもサムは怒る気にはなれない。もともと、戦闘用ロボットと戦うために生まれたマルスにかなわないのは当然だからだ。
「ノーマが言うことは正しいよ。俺だってマルスに勝てるとは思ってない。だが、マルスの当面の敵はロボットではなく、人間のテロリストなんだ。マルスが人間にたいしてどんな戦い方をするか確かめないといけない。それには、直接、マルスと戦ってみる必要がある。モニターで空中戦を眺めていては、わからないからね」
「それがそんなに大事なんですか?」
「もちろんだ。俺はマルス運用の責任者だ。マルスとはしっかり向き合いたい。ノーマと最初にペアを組んだときだって、俺はノーマの能力をいろいろ試しただろう。それと同じだ」
「でも・・・・」
サムのヘルメットを胸に抱きながら、ノーマは言葉を継げない・・・ 予想されるサムのリスクに対してサムが求めるものに価値があるのか判断できないのだ。サムはノーマの肩をやさしくつかむ。
「ノーマ、これは、命をかけた戦闘じゃない。マルスの能力の実証試験なんだ。そんなに高いリスクはない」
「わかりました」と、ノーマが答える。マスターの危険が致命的なレベルでない限り、ロボットはマスターの指示に従うしかない。
「でも、腕は大丈夫ですか。操縦はできますか?」と、ノーマの口調は不安そうである。
「大丈夫さ、ほら!」と、サムは左腕を動かしてみせる。以前、母親を見舞った病院でテロリストの襲撃に遭い、サムは左腕を打たれている。そのこともあって、ドルフィンの操縦はノーマに任せることも多くなっていた。サムが訓練に直接参加することには納得しつつも、ノーマの表情はさえない。サムはノーマの気を紛らすために、努めて明るく話す。
「まあ、マルスに勝てなくても、一発くらいは当てたいな」
だが、この言い方にノーマはむっとした表情で、サムにヘルメットを差し出した。
「戦う前から負けることなど考えないでください。マルスに戦いを挑むのなら、無理のない範囲で勝つことを考えてください。私とマルスの性能の差は、私の経験で埋めます」
サムはひょいっとヘルメットを受け取り、にやっと笑った。
「おまえも負けず嫌いだな・・・・」
ぷいっとノーマは顔を背ける。
「ロボットの性格はマスターに影響されるんですからね」と、ノーマは愛想がない。顔も少々ふくれっ面だ。思わずサムの口元がゆるみ、ノーマの頬を指先でつつく。
「ふくれてないで、笑顔でいてくれよ。頼りにしてるんだよ、ノーマ」
サムに頬をつつかれたノーマは、意表を突かれたようだが、すぐにはにかむように笑った。
「初めてだわ・・・・」
「なにが?」とヘルメットをかぶりながらサムが聞き返す。
「私の頬をつっついたこと!」
サムの心にぐっとくるものがあった。そういえば、マルスの頬はつっつきまくっていたのだが・・・・