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ブルーライトニング 改訂版 第83章

 玲子が引き続き、マルスの面倒を見ると、川崎副司令から第七艦隊に伝えられた。サム・ダグラス大佐からそれを伝えられたマルスは、そのまま、ブルータイタンを使った空戦訓練に臨んだ。空母ジュノーに隣接した空戦訓練空域にマルスが乗るブルータイタンとノーマが駆るドルフィンが展開する。

 空中戦ではトップクラスの腕前を持つノーマを相手に、マルスはよく戦っていた。

 ブルータイタンは全高8m程度の大型人型ロボットであって、本来は陸上用制圧兵器である。だが、飛行能力をもち、ある程度は空中戦をこなせるだろうとプレスト海軍では見ていた。第七艦隊の総司令である西郷はサムとともに、マルスのタイタンとノーマのドルフィンの戦いをモニターで見守っていた。しかし、細かな状況は目視では追い切れない。西郷は直属のアンドロイド「エレクトラ」に、

「エレクトラ、マルスの状態はどうだ」と聞くと、

「タイタンの動きはこれまでの記録を上回ってまいす。マルスのコントロールはレベルが違いますね。ブルータイタンの制御システムに若干の負荷がかかってます。もし、マルスが全力で制御したら、ブルータイタンが保たないかもしれません」と答えた。

「今はフルパワーじゃないのか?」

「シミュレーターが示したマルスの能力と比較すると3割減と言ったところです」

「やっぱり新型が必要不可欠か・・・・ さすが敷島博士の見立ては鋭いな」

 開発中のタイタンの新型は、マルスの開発構想とともに、兵器パッケージの一つとして敷島が提案したもので、その新型は敷島博士の技術的な協力のもと、ローウェルインダストリーでテスト中だった。サムは、

「フォッカー少佐の報告だと、リョーカのテストでは、ほぼ期待の性能を示したそうです。今は微調整を行っている段階で、アトスを中心に基本制御のプログラムを調整しているそうですが・・・」と報告した。

「間に合わせたいな」

「あと、1ヶ月もすれば納入可能と聞いてます」

「ぎりぎりかな・・・」


「ノーマが撃墜されました。3回目ですね。マルスは不敗です」と、エレクトラが報告する。サムが

「まあ、戦闘機にとってはやりにくい相手ですね。侵攻作戦では戦闘攻撃機のスピードに追いつけないので使えませんが、拠点防空では使えるでしょう」と意見を述べると、

「それでも十分だ」と西郷が答えた。




 十分過ぎるほどの成果を見せつけたマルスは、ブルータイタンを補給艦ヴェスタに着艦させた。ヴェスタは補給艦だが、ジュノーと同じ船体構造をもつ核融合エンジン装備の高速艦である。艦隊に同行し、艦内にもつ生成装置で合成燃料を生産し、ジュピター等のガスタービンで稼働する艦に補給するのが任務である。それに加え、艦内でドルフィン等の艦載機を整備できる機能を持っている。

 マルスが操縦したブルータイタンは直ちに精密な整備に回され、マルスのコントロールの影響を調べる点検に入った。可動式の整備ベッドにタイタンを横たえると、マルスは空を飛んで、自力でジュノーに戻った。ノーマは直接ジュノーに着艦し、すでにサムが待つブリーフィングルームにいた。




「はい、マルス、おつかれさん」とサムはマルスをねぎらう。

「西郷司令の評価はどうでしたか?」とマルスが聞くと、

「完璧だと、喜んでいたよ。マルスには期待できるってね」

「そう・・・」

 褒められたことが照れくさいのか、ちょっともじもじする。

「そんなことより、空中戦で私が負けるなんて、私のほうがショックです」と、ノーマが口をとんがらかす。半分以上、冗談であることはサムにはわかる。

「いや、ノーマ、近接格闘戦闘でタイタンに勝とうなどと考えない方がいいぞ。あれは戦闘シミュレーションであって、実戦じゃない。実戦なら、おまえはあんな戦い方はしないだろう」と、サムは突っ込んだ。しかし、ノーマは首を振った。

「でも、一撃離脱の不意打ちでしか、勝てる方法が見いだせません。マルスはドルフィンでドラグーンの腕を破壊したというのに・・・」

「でも、あれはドラグーンがタイタンより動きが鈍いからできたんだよ。ぼくだってリョーカがコントロールするタイタンに勝てる気はしないけど」とマルスがけなげにノーマをフォローした。

「確かに、飛行するタイタンは戦闘機では狙いにくい目標ではあるよ。気にするな、ノーマ」とサムも言った。

「それより、マルス、コントロールはどうだった。やはり限界を感じたか?」

「うん、ちょっと重いし、反応も鈍い。全力で動かしたらタイタンの制御装置が保たなかったと思う」

 エレクトラの分析は正しかったようだ。

「新型のタイタンが届くのを待つしかないか・・・」

「リョーカの話だと、新型のタイタンはかなり改善されているって言うし、ブラックタイタンよりかなり軽いって」と、マルスは言った。

「その重いというブラックでも、リョーカはドラグーン数体を大破させたんだろ? 君らはちょっとレベルが違う。こうなるとJ9クラスじゃないと新型タイタンの操縦は無理そうだな」

 J9というのは量産型メタロイドの最新型で、マルス型アンドロイドの駆動系の基礎となっているモデルである。すでにローウェルインダストリーに量産ラインが作られ、プレスト海軍でも採用され、ライトニングファントムの主力になりつつある。プレスト海軍におけるロボット戦力を総括するサムにとって、新型のロボットの配備と適切な運用はサムに課せられた課題である。




 夜間シフトに移る前、マルスがサムに話があると言ってきた。マルスのサポートはサムの重要な役割でもあるので、サムは休憩室の片隅に陣取り、マルスの話を聞いた。

「なんだい?」

「お姉ちゃんのことだけど・・・」

「うん? 良かったじゃないか、玲子はマルスのことをこれからも面倒を見ると敷島博士を説得しただろう?」

「そうなんだけど・・・」

 マルスの言葉の歯切れが悪い。

「気になることでもあるのかい?」

「ぼくがお姉ちゃんに負担をかけてるっていうこと・・・ ほんとに、ぼくがいていいのかな」

 敷島の話を聞いたマルスは、ずっと気にしていたのだろう・・・

「負担ていうかさ・・・ いや、玲子にとって負担じゃないんだよ。あれは敷島博士が言っただけでね」

 サムには玲子にとって、マルスがどういう存在か理解していた。

「マルスはね、マルスに出会う前の玲子のことを知らないから敷島博士の言葉が気になるんだよ。玲子はマルスの面倒をみることになって変わったよ。いい意味でね」

 でも、マルスは納得しなかった。

「でも、新しい弟は家庭用アンドロイドでしょ。ぼくより役に立つとおもうけど・・・」

「いや、役に立つとかさ、そういうことじゃないんだよ。玲子にとって必要不可欠な存在になれるかどうかってことでね。もし、新しい弟でもマルスと同じことができるとしたら・・・ あくまでも仮定だけどね、ソレイユでもマルスと同じことが起こったはずさ」

 サムは少し言葉を切って、マルスの肩に手をかけた。

「でも、起きなかった。ソレイユには玲子を変えることはできなかったんだ。マルスが玲子に生きる気力を取り戻させたことに、皆、ほっとしてるんだ。敷島博士以外は、皆、マルスのおかげだと思っているんだよ」

「敷島博士以外?」

「うーん、敷島博士はね、人の心の機微なところは、なかなか理解できないんだ」

「どうして?」

「どうしてって・・・ 難しいな、その質問。敷島博士はね、玲子が変わったことはわかるんだけど、なんで変わったかはわからないんだ。俺も、結果論でみれば理解できるけど、マルスの面倒を見ることが、これほど玲子を変えるとは最初は思わなかったな」

「そんなにお姉ちゃんが変わったの?」

「ああ、変わったさ。前向きに生きるようになったよ。玲子もそれがわかっているから、マルスの面倒をこれからも見るって言ってくれたんだよ」




 同じ頃、夕食をすませた玲子は、上原の部屋を訪ねた。

「どうしたの? 玲子」

 最近、玲子の相談事が増え、玲子のことを娘として面倒を見ている上原としては、むしろ喜ばしい。

「トリオったら、家事に張り切っちゃって、私の出る幕がないの」

 新しく、玲子の弟になったアンドロイドの男の子「トリオ」は、すでに家事の大半をこなしている。

「いいじゃないの、トリオは家事用アンドロイドなんだから、家事をすることが本能みたいなものよ」

「でも、ロビーもいるのに・・・」

 玲子のイメージは、どうしてもロボットの外見に引っ張られるようだと上原は思った。

「ロビーはもともと家事用じゃないし、トリオは子供型といっても、新型の家事用アンドロイドなの。後付けで家事用プログラムを組み込んだロビーではトリオに太刀打ちできないわよ。ロビーもそのことはよくわかっているの」

 ロビーは元々ファントムの先鋭部隊「ライトニング」のリーダーだったロボットなので、本来は戦闘用である。が、ダグラスインダストリーは重要な人材と位置づける敷島と上原の住居を守るために、ロビーを配置しているのである。

「でも、たまには私が支度をしたいわ」

「簡単よ、トリオにそう言えばいいの。トリオは玲子の命令には従うから」

 今一つ、トリオには強くはでられない玲子だった。

「でも、トリオにとって、一番はおばさんなんでしょ」

 玲子の言うのは、トリオのマスターが上原だと言うことである。

「そうね、そう設定してるわ。玲子が二人のアンドロイドのマスターになると負担が増えるでしょ。敷島さんには内緒だけどね」

「マルスはトリオに嫉妬するかしら?」

「マルスは嫉妬したりしないわ。それにトリオの心配もいらないわよ。トリオのメンタルは玲子がマルスをかわいがっているくらいじゃ揺るがないから」

 玲子は不安を覚えた。

「私は不十分? 大丈夫かな」

「玲子は今のままで十分よ。マルスのことをとても大切にしていることは私もよくわかっている」

 上原は玲子の手に自分の手を重ねる。

「マルスは理想的なマスターを持ったわ。それが玲子、あなたよ。あなたがいるからこそ、マルスは全機能を最高の状態で発揮できるの。マルスとライトニングファントムのロボットたちがシティの守護者でいるのも、すべて、玲子のおかげなんだからね。自信を持ちなさい。それから、トリオのことも、玲子の好きなようにかわいがってやりなさい。それはトリオにとってもいいことだから」

「でも、トリオはちょっとよそよそしいわ。マルスみたいに甘えてこないの」

「それは仕方がないわ。わかっていると思うけど、トリオはマルスとメンタルが違うのよ。トリオは玲子のことを仕えるべきご主人様としか認識してないの。それにマルスだって最近まで、ちょっと、よそよそしかったでしょう? 多分、玲子が着替える時は部屋から出ているか、背を向けてたと思うけど。違う?」

「ええ、そうだったわ。ちょっとよそよそしかった。一緒にお風呂に入ってから変わった気がするけど」

「玲子がそこまで許容するってマルスが理解したからよ。玲子のしていることはマルスにとって悪いことではないから、玲子の思うように可愛がればいいの」




 夜、寝る前、玲子は

「トリオ、おいで」と言って、トリオを膝の上に手招く。パジャマ姿のトリオは、玲子の膝の上にちょこんと座った。ふと、玲子は最初はマルスも玲子が言わないと膝の上に来なかったことを思い出した。今でこそ、マルスは玲子にだっこをせがむが、最初の頃はそうではなかった。(トリオも抱っこをせがむようになるのかしら。なると嬉しいのだけれどな)

 玲子のささやかな望みを知らないトリオは、ただ膝の上で座るだけで、玲子の様子を見ている。

「ねえ、トリオ、明日は一緒に朝食を作らない?」

「ぼくがつくる食事じゃ、いや?」

「ううん、そういうことじゃなくて、私がトリオと一緒に作りたいの」

「いいよ、お姉ちゃんと一緒につくる」

 あっさりとトリオは同意した。

「ありがとう」

 玲子はトリオの頬にチュッとキスをした。トリオは嫌がりもせずキスをされると、玲子の頬にキスをして返した。

「寝ようか?」と、玲子が言うと、トリオは「はい」と返事をして、玲子の膝の上から降りる。二人はベッドの上で横になると、玲子は布団を掛け、トリオを腕の中に抱いた。トリオは嫌がりもせず、されるがままに玲子の腕の中に顔を埋めていた。このあたり、プログラムされた人形のようだった。

「トリオ」

「なあに、お姉ちゃん」

「私のそばにいてくれてありがとう」

 マルスがいないとき、トリオがいるのといないのとでは、ずいぶん違うことを玲子は自覚していた。




 マルスの一連の訓練と評価が終わり、サムは連絡機でノーマとマルスを連れて、プレスト海軍司令部に帰還した。マルスの評価は概ね司令部は満足していた。

「ちょっと、イレギュラーなこともあったが、マルスの試験結果は満足できる内容だ」

 スコット司令はサムの報告に満足していた。

「ところで、西郷の評価はどうだ」

 スコットの問いにサムは明瞭に答えた。

「西郷司令の評価も上々です。後はマルス専用に開発されたタイタンの戦力化が要と言われていました」

「マルスは航空戦特化ではだめなのか?」

「航空戦特化ではなく、状況に応じてタイタンを制御できるようにしておきたいとのことでした。ドラグーン相手にはタイタンを使った方が戦力としては大きいと考えているようです」

 スコットは傍らの川崎副司令に

「先生、タイタンの納入スケジュールはどうなっているだろうか」

 川崎は手元のタブレットを操作し、

「報告では、来月早々となっています。西郷が予測するXデイにギリギリ間に合うと言ったところです」

「ブラックタイタンの改修は終わったのですか」

「はい、それは完了しています。改修後のブラックタイタンは、コントロールの習熟度から判断して、リョーカに任せるのが良いかと思いますが」

「戦力の最適化というわけですな」

「そうです。ニーナでは改修後のブラックのコントロールは力不足かと思います」

「サムの意見は?」とスコットはサムに問うた。

「私も川崎副司令の意見に賛成です」

「では、今後はブラックタイタンのメインパイロットはリョーカとしよう」

 スコットはやや姿勢を正すと、

「で、西郷はXデイは、どう想定しているのだ」

 サムはやや声を落として、

「はっきりとはわからないようです。今度の敵はモルガンであると想定すべきと言われて、いくつかの攻撃パターンを想定しているようですが、自信はないようです」

 川崎は

「西郷でも読めませんか・・・・ まあ、無理もない。相手がモルガンならば・・・」

「先生もモルガンを評価しますか」

「モルガンはなかなかの知将です。そして、連邦軍の腐敗に失望してテロリストになった男です。能力的には侮れません。モルガンの知略に対抗できるのは、プレスト海軍では西郷だけでしょう」

 サムはやや言いにくそうに、

「ただ、防衛軍の動きに注意しないといけないと言われてました」

「防衛軍、プレスト防衛軍か?」

「おそらく、モルガンの攻撃と呼応して、防衛軍が裏切ると。そして、万が一、モルガンの身が危なくなれば、第二艦隊も敵になるだろうとも言われました」

 スコットはやや渋い顔をした。

「それだけの戦力とやり合うのか、我々は」

「各個撃破に持ち込むしかないでしょうね。西郷はそれくらいは考えるでしょう。戦力の配置は西郷の一存に任せるべきと思います」と川崎は意見を述べた。

「もちろん、そのつもりだ。正直、私にはどう戦えば良いのか、さっぱりわからない。しかし、相応の損害は覚悟しないといけないかもな」



 

 玲子は放課後の部活を休み、ダグラスインダストリーに来た。サムからマルスを迎えに来るように言われたからだ。ダグラスインダストリーのセキュリティエリアの待ち合わせ場所で、玲子が待っていると、サムに連れられたマルスがやってきた。玲子の姿を見ると

「お姉ちゃん」といって、マルスが玲子に駆け寄ってくる。玲子は跪くとマルスをぎゅっと抱きしめた。

「マルス、お帰り」

 しばらくして、マルスを離すと、

「ちょっと、心配させちゃったね、今回は」と玲子が言った。マルスがよくわからないといった表情を浮かべたので、

「おじさんが言ったことが気になって、訓練に身が入らないなんてことなかった?」

 サムは笑顔を浮かべながら、

「それはなかったよ。俺が保証する。マルスは任務に対しては十二分な働きをしたよ」

「それならいいけど」

「でも、サムにはずいぶん心配をかけちゃった」とマルス。

「いやあ、そんなことは気にするな。軍事行動中のマルスのマスターは俺だからな。マルスの面倒を見るのは当然さ。まあ、玲子が決断してくれたことは、ありがたかったよ。ありがとうな、マルスのマスターを引き受けてくれて」

「サム、私は軍のためにマルスを引き取ってるわけじゃないわ。私は私のためにマルスの面倒を見ているの。サムだってマルスを好きなように可愛がれって言ったじゃない。むしろ、マルスを私に預けてくれることに感謝してるわ」

「そうか・・・」

「トリオに出会って、はっきりわかったの。マルスは私にとって特別なんだって。私はマルスのために生きていたいと思ってるわ」

「そうか・・・」

 それは良かったとは、サムには言えなかった。

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