ブルーライトニング 改訂版 第82章
サムは内心、承服しかねたが、
「玲子の気持ちを尊重することを前提に、マルスを預かりますよ」と、敷島の申し出を受けた。当のマルスはしょんぼりとしている。無理もない。敷島がサムにマルスを引き取ってくれと言ったからだ。一週間続く、マルスの第七艦隊での訓練の間に、玲子には新しいアンドロイドの子を引き合わせて、マルスを玲子から引き離すというのが敷島の目論見だ。敷島がその場から去った後、サムはマルスを抱き上げた。
「心配するな、玲子がマルスのことをいらないとは言わないよ」
「ほんとに?」
「ああ、敷島博士はそのあたり、玲子の気持ちを理解してないんだ」
サムの母であるアリスは、敷島が父親としては頼りないと評している。玲子のことを大事に思っているのだが、どこか、考えがずれているのだ。確かに、マルスを失ったら、玲子は嘆き悲しむだろうが、だから、マルスを玲子から引き離すというのは本末転倒である。とりあえず、サムはマルスの心のサポートが重要だと考えていた。
初日の訓練は対艦攻撃で、標的を演じたのは第七艦隊の巡洋艦ジュピターだった。このときは、第七艦隊副司令のエドワーズが座乗する巡洋艦ジュピターが率いる本隊が合流し、第七艦隊は稼働するすべての艦船がそろっていた。
マルスの訓練にはエドワーズが申し出て、二隻の無人護衛艦を率いて標的役を務めた。
「マイア、マルスの位置はわかるか?」
ジュピターの司令室で特別な椅子に座る少女にエドワーズが問う。第一派の攻撃を模した二機の無人戦闘機ホーネットを艦隊から発進させたあとだった。
「高度五百mにドルフィンの機影を探知していましたが、一分前に位置を喪失しました。電波妨害の影響です」
マイアはエレクトラと同じアンドロイドの少女で、ジュピターの戦術コンピューターと接続し、艦隊全体を管制する。
「こちらからの索敵をかわすとはやるなあ。こっちにも早期警戒機があれば状況は変わるだろうが」
マイアは眼鏡のおくから、マスターであるエドワーズを見つめ、
「それでは訓練になりません」と、至極まともな意見を言った。
ちなみにアンドロイドのマイアがかけている眼鏡は伊達だ。エドワーズが眼鏡美人がいいと要望し、マイアが眼鏡をかけることになったのは、第七艦隊では有名な話である。
「作戦第二段階、ホーネット二機を発進させろ」
無人戦闘機ホーネットが、ジュピターの後部甲板から発進する。ホーネットは対地攻撃用巡航ミサイルを模擬し、仮想標的であるプレスト海軍の司令部があるダグラスインダストリーに向けて進路をとる。
今、エドワーズが頼りにできるのは、ジュピターの対空レーダーのみである。併走するアポロンとダイアナは、万が一に備えてジュピターを護衛しているだけで、模擬戦のための戦力ではない。
「先行する二機のホーネットが迎撃されました」
「もうやられたか・・・ いや、早いな」
「今、第二派がやられました。対空レーダーに反応。マルスのドルフィンです」
「迎撃開始!」
「了解、迎撃シミュレーションを開始」
しかし、ジュピターの迎撃システムはマルスが操縦するドルフィンを捕らえられず、逆にドルフィンに三回も射撃レーダーを照射される。
「ありゃ、ブリッジを吹き飛ばされたな」とエドワーズが頭を抱える。
マイアが申し訳なさそうに、
「すみません、迎撃ができませんでした」と報告した。
空母ジュノーの司令室では、西郷がマルスの動きとジュピターの動きを早期警戒機と偵察機でモニターしていた。西郷は、モニターでマルスの動きを監視しつつ、エレクトラに報告をもとめる。
「エレクトラ、マルスの状態はどうだ」
「期待値をやや下回りますが、規定値は満たしています」
「やはり影響は出ているか・・・」
サムと敷島のやりとりは、すでに西郷にも報告されていた。
「敷島博士も余計なことを・・・」と西郷は独りごちた。しかし、西郷が危惧したほどは、悪影響はないようだ。このあたりはサムのサポートの良さだろう。リョーカが誕生直後に不安定な状態に陥ったことを考えれば幸運だ。しかし、その西郷も、玲子がマルスより平凡な家庭用アンドロイドに目を向けることになればそれも仕方がないと考えていた。なにより、戦闘用アンドロイドは戦闘による喪失の懸念があるし、マルスがマスターに負担を与えることも知っていたからだ。
とはいえ、今後の成り行きについては楽観していた。一度、玲子と話したことがある西郷は、玲子の人となりについても、ほぼ把握していたからである。
「司令、ジュピターが制圧されました。想定の時間でクリアです」とのエレクトラの報告で、西郷はエドワーズと通信回線を開く。
「どんな具合だ? 問題はありそうか?」との西郷の問いにエドワーズは、
「いや、完璧だね。単独でこれだけの戦術行動がとれれば問題はない」と答えた。
「詳細なレポートはマイアから送らせる。これより艦隊に合流する。以上だ」
西郷は回線を切り替え、上空でモニターしていたサムを呼び出す。
「サム、状況はどうだった?」
「特に問題となる点は見られませんでした。ミサイルへの対処も素早いし、早期警戒機からの情報入手も適切だと思います」
「わかった、詳しい報告は後ほど口頭で、マルスと一緒に帰投してくれ」
「了解しました」
マルスが海上で訓練を重ねていた初日、玲子が学校から帰ると、玄関に見慣れない小さな靴があった。
「あれ、お客さん?」
小さな靴なので子供である。
「お帰り、玲子、ちょっとリビングにいらっしゃい」と上原が顔を出して玲子を呼んだ。
「なにかしら、おばさん」といって、玲子がリビングに入ると、小さな男の子が立っていた。マルスより少し小さい男の子である。
「この子はね、おじさんとおばさんからの玲子へのプレゼント」
「プレゼント?」
玲子はすぐに理解ができなかった。
「これからはね、玲子が寂しい思いをしないように、この子がいつもいてくれるから。家庭用アンドロイドだから、家事も任せられるわよ」
「ありがとう」と、状況がよく理解できないまま、玲子は礼を言った。そして、
「この子の名前はなんて言うの?」と、当然のように聞く。上原は笑みを浮かべて、
「玲子がつけるといいわ。好きな名前をつけるといいよ」
「ええっと、急に言われても・・・」と、玲子は戸惑った。
「とりあえず、名前をつけておいて、後で変えてもいいわよ。ロボットだから、戸籍登録するわけじゃないから」
玲子はちょっと考えると
「じゃあ、トリオ」
「トリオ? いいんじゃない」
「昔、由美子とみていたアニメの男の子の名前なの」
上原は男の子に向かって、
「じゃあ、あなたの名前はトリオね」
「はい、博士」
「これからは、おばさんでいいわ」
「はい、おばさん。あの・・・」
「なに?」
「あの方は、なんてお呼びすればいいのですか」と、トリオは玲子のことを聞いた。玲子は、トリオが上原をマスター認証しているのだと察した。
「玲子、なんて呼んで欲しい?」
当然、答えは決まっていた。
「お姉ちゃんでいいわ。トリオのお兄ちゃんのマルスもそう呼んでいるし」
トリオは少し、頭をかしげたが、すぐに
「はい、お姉ちゃん」と答えた。
「ねえ、玲子、トリオって可愛いでしょう。玲子の自由にかわいがっていいからね」
「ええ、ありがとう」
午後八時過ぎに敷島が帰ってきた。帰るなり
「玲子はどうだった?」と上原に聞いた。
「喜んでいましたよ。すっかり打ち解けて、かわいがってます」
「そうか・・・ 今はどうしている?」
「一緒に風呂に入ってますよ」
「そうか、なら心配ないな」
敷島は上機嫌だった。
「敷島さん、玲子の話もちゃんと聞いてくださいね」と上原が言った。
「それは、わかっているさ」
敷島が遅い食事をとり、リビングでくつろいでいると、玲子とトリオが風呂から上がってきた。
「ああ、お帰りなさい、おじさん」
「ただいま、玲子、トリオのことは気に入ったみたいだな」
「ええ、ありがとう、おじさん」
トリオが戸棚からドライヤーを出してくる。
「お姉ちゃん、髪を乾かすから座って」
「ありがとう」と玲子が座ると、トリオはドライヤーの風をあてて、玲子の髪をくしですく。そんな様子を敷島は満足げに見ていた。マルスにはできないが、トリオにはできる。これならば完璧だと・・・
サムは夜間シフトに入る前、マルスと過ごす時間を作った。本来、休みなく任務に就けるのが普通なのだが、マルスの安定稼働のためと言って、管理部門と話をつけたのである。
「調子悪いところはないか」
ジュノーの休憩スペースの長椅子に座り、サムは隣のマルスに話しかけた。休憩スペースでは他にも乗組員がくつろいでいたが、彼らは気を利かせてか、サム達とは距離を置いていた。
「大丈夫です」と、マルスは答える。確かに数値上、マルスの不調の傾向はない。ただ、サムはマルスの変化を感じていた。これは理屈じゃなく、無視はできない。
「マルスは玲子のことは好きか」(まあ、聞くまでもないが・・・)
「好き・・・」と遠慮がちにマルスは答える。
「玲子も、マルスのことが好きだと思うよ」
「でも、新しいアンドロイドは家庭用でしょ。ぼくにはできないことができるし・・・ いつもお姉ちゃんと一緒にいられるでしょ。お姉ちゃんだって新しいアンドロイドのことを好きになるよ」
「ああ、そうだな。新しい弟のことも玲子は好きになるだろうな」
サムは小さなマルスの肩を抱いた。
「なあ、マルス。玲子はマルスのことも大好きさ。多分、これからも変わらない。この訓練が終わったら、きっとマルスのことを迎えに来てくれるよ」
「でも・・・」
「敷島博士の思惑はどうであれ、玲子は引き下がらないと思う。マルスも玲子のことが好きなら、玲子のことを信じなさい」
玲子はトリオと一緒にベッドに横になった。トリオには上原が買ってきた子供用のパジャマを着せてある。玲子は敷島と上原が、マルスの代わりにトリオを与えようとしていると理解した。ただ、なぜ、二人がこんなことをするのかが玲子にはわからなかった。トリオは玲子の横で目を閉じて、すでに休眠状態に入っていた。こういうところが、最近はぐずって寝たがらないマルスとは全く違う。マルスも素直な子なのだが、トリオはレベルが違う。ちょっと手がかかるマルスが愛おしい。
「軍がマルスを返せって言ってきたのかなあ・・・」
ただ、サムは玲子に遠慮なくマルスをかわいがれと言っているから、今更、返せと言っているとは思えなかった。
「明日、おじさんとおばさんに聞こう」と、玲子は心に決めて眠りについた。
朝食のとき、もやもやとした思いを抱きながらも、玲子はマルスのことを敷島と上原に聞けないでいた。
「玲子、トリオのことは気に入ったようだね」と敷島に聞かれ、「ええ」と答えるのが精一杯だった。正直、伯父である敷島に対しては苦手意識がある。なにを考えているのか解らず、とりつきにくいのだ。結局、朝食の間、差し障りの無い話をして終わった。もちろん、学校にきても、胸のもやもやは解消はしない。玲子はふと思いついてレナに聞くことにした。
昼休み、昼食もとらず、玲子はレナを人影がまばらな、まだ暑い日差しが照りつける屋上に連れ出した。
「お昼食べないの?」とレナは聞いてくる。レナは食事の必要は無いが、レナとしては玲子のことが気にかかる。
「そんなことより大事なこと」と、玲子は譲らなかった。
あたりに人影が無いことを確認して
「ねえ、海軍は私からマルスを引き離そうとしているの?」
「まさか、そんなことしないわよ」とレナは即答した。玲子は重ねて、
「軍用のロボットを民間人に任せられないってことはないの?」
「玲子は別格よ。それにマルスはこれからたくさん配備される同型のアンドロイドの一人でしかないの。マルス一人くらい、玲子に預けても支障は無いわ」
玲子はその話を聞くとますます解らなくなった。
「そうかあ」
見かねたレナは、すでに知っていることを話そうと決心した。
「これは本来私の口から言うべきことではないけれど、敷島博士がマルスを玲子から引き離そうとしているの」
「おじさんが?」
「そう、敷島博士はね、かねがねマルスが玲子に負担を与えているって不満を持っていたの。だから、昨日の朝、マルスを引き取ってほしいと、ダグラス大佐に言ってきたのよ。たぶん、玲子の所にきたアンドロイドは敷島博士がマルスの代わりにしようと連れてきたのじゃないかしら」
やっと玲子は敷島の考えを理解した。しかし、受け入れることはできない。
「そんなことを・・・ ほんとにもう、おじさんたら・・・」
「玲子としてはどうなの? ほんとにマルスのことが負担なら、軍はマルスをダグラス大佐に預けるつもりよ。玲子は未成年だし、無理はさせられない。リヨン大統領の護衛任務とか、高野長官のお嬢さんのことでは、無理させちゃったからね」
玲子は首を振った。
「あんなこと、大したことじゃない。私はマルスと一緒に過ごせたらそれでいいの。負担とかそんなものはないわ」
「それなら、そうと敷島博士に言ったらどうかしら。敷島博士が納得したら、収まると思うけど」
「そうね・・・ そうかもしれない」
レナは玲子の手をひくと
「さあ、玲子もお昼を食べないと体にわるいよ」
しかし、机に戻った玲子はサンドイッチをかじりはじめたものの、さして味わいもせず、コーヒーで胃に流し込んでしまった。敷島と対峙するというのは気が重かったのだ。
玲子は部活の練習を早めにあがると、家路につく。道すがら、敷島にどう話したらいいのか迷っていた。結局、さしたる思いつきもなく、家についてしまっていた。
「ただいま」
「お帰りなさい、お嬢様」とロビーが出迎える。
「今日は少し早いですね」
「早めにあがったの。おじさんとおばさんはまだよね」
「ええ、先ほど、まもなく帰ると連絡がありました」
ロビーは玲子が浮かない顔をしているのに気づいたのか、
「どうかされましたか?」と言った。
「何でもないの」
部屋着に着替えて台所にいくと、トリオがマルスのエプロンをつけて、夕食の支度をしていた。マルスより幾分か小柄なトリオが着けると、少し大きめである。
「トリオが夕食の支度をしたいというので、とりあえずマルスのエプロンを貸しました」
トリオは家庭用だけあって、家事は手慣れたものだった。くるくると動き回りながらスムーズに準備を進めていく。玲子が手伝うまでもなかった。なにもかもが、マルスの代わりにトリオが来ることが決まっているように見え、玲子の胸はぎゅっと痛む。そんな玲子の気持ちを察したかのように、ロビーは、
「お嬢様、今日はマルスのことを敷島博士に話されるのですね」と言った。
「えっ?」
「上原博士も私も、お嬢様の気持ちが一番大事だと思っています。お嬢様がマルスをどうしたいか、敷島博士にはっきりとおっしゃってください。敷島博士はお嬢様の意志を無視することはしないでしょう」
「ロビーは知ってたの?」
その問いにロビーは直接には答えなかった。
「上原博士はお嬢様に弟が一人増えてもいいだろうともおっしゃってます。マルスをお嬢様のそばに残したからと言って、トリオを返品するようなことはしません。だから心配せずに本心をおっしゃってください」
「知らないのは私だけだったのね」
「ずいぶんトリオと馴染んでおられたので、我々もお嬢様の気持ちを推し量れないでいました。お嬢様がレナに本心を話されたので、やっと安心できたのです」
玲子はやや恨めしそうに、
「もう、あなたたちに話すと、みんな仲間に筒抜けなのね」とは言ったものの、いやではない。それだけ玲子のことを皆が思っていることを理解していたからだ。
「私たちはお嬢様は好きなのです。現時点で状況を飲み込めていないのは、敷島博士だけです。上原博士もレナからの報告で、このことを存じています。上原博士も気にされていましたので」
敷島と上原が帰ってきたので、そのまま夕食となった。トリオとロビーがテーブルのセッティングしているのをみて、敷島は満足感を覚えていた。
敷島と上原が席に着き、玲子も座った。トリオはロビーの手伝いでパタパタと配膳をしている。
「おじさん、マルスのことで話があるんだけど」
「何だ? 心配はいらないぞ、マルスは軍で引き取ってくれるからな」
玲子は一呼吸おいていった。
「私はマルスと一緒にいたいの。だから、マルスを軍に返さないで」
敷島には意外な展開だった。
「いや、玲子、それはだめだ」
「なぜだめなの? 理由を聞かせて」
マルスのこととなると玲子は一歩も引かなかった。
「マルスは玲子に負担をかけすぎる。リヨン大統領の時とか、高野長官の娘の時なんかひどかったじゃないか」
「あれぐらいなに? 大したことじゃないわ。私がマルスにしてもらっていることに比べたら」
「マルスが玲子になにをしたというのだね」
「マルスは私に生きていたいと思わせてくれた」
玲子は一息おいて、
「だから、私からマルスを取り上げないで」
敷島のいらだちは傍目でもわかるほどだった。
「マルスの代わりがトリオではいけないのか」
「トリオはトリオ、マルスはマルスよ。マルスは私のためにいろいろ尽くしてくれたわ。だから私もマルスのために、マルスのお姉ちゃんでいたいの」
いらだつ敷島に対して、玲子も一歩も引かなかった。玲子の強情なところは敷島の知るところでもある。いっぺんに、敷島の心が平静を取り戻す。
「そうか・・・」
「いままでどおり、マルスを家においてくれない?」
「わかった、今までどおり、マルスをこの家においておこう」
「ありがとう。それで、トリオなんだけど」
「トリオもおいておこう。マルスが軍務でいないとき、玲子が寂しくないようにな」
「リース料は・・・」
「お金のことは玲子が心配しなくていい。ロボット一人のリース料くらい、私の収入の範囲でなんとでもなる」
「ありがとう」
「しかし、ロボット一人で、玲子がここまで変わるなら、早いとこアンドロイドをリースすべきだったな。それだけが心残りだよ」
玲子はにっこりと笑いながら言った。
「おじさん、まだ、わかってない。マルスは特別なの。ソレイユとも違うしトリオとも違う。マルスは私にとって特別なのよ。そのことは解ってちょうだい」
上原はそれを聞くと笑みを浮かべたが、敷島は解らないと言ったふうで首を振った。
「わからんなあ。なにがちがうんだ」
「いろいろあるの。マルスにはできて、今のトリオにはできないこと」
ぱんと上原は両手を打つ。
「さあ、話はそこまで、ご飯にしましょう。さめちゃうわ」
話の間、準備の手が止まっていたトリオとロビーは三人の前に料理をならべた。魚のムニエルと温野菜のサラダ、それにスープ。トリオは玲子の隣の席にちょこんと座る。上原はその様子をみて、
「トリオのいすもいるわね。明日、私が買ってきましょう」
「ほんとに?」と玲子がうれしそうに返す。
「食卓は賑やかな方がいいものね。この際、ロビーのいすも買おうかしら」
あわてて、ロビーが口を挟む。
「私は配膳の仕事がありますので、遠慮します」
「そう?」
「はい」
上原は思い出したように、
「ああ、そうそう。玲子、マルスが家にいるときは、トリオは私の所で寝かせるから」
「ええ、そう?」
「あなたのベッドに三人は無理でしょう。トリオはマルスとメンタルが違うから、大丈夫よ」
「じゃあ、そうするわ」と玲子は納得した。一人理解できなかったのは敷島である。
「上原君、トリオとマルスはなにが違うんだ」と敷島は質問した。
「簡単に言うと、マルスは玲子に深く依存しているけど、トリオにはそんなこだわりはない。そういうことです」
「ほお」と半ばよくわからない風であったが、ロボットの思考プログラムの専門家である上原の言葉を一応は飲み込んだ。しかし理解とはほど遠かった。
翌日、上原は軍の嘱託と言う立場で副司令の川崎に面会を申しいれた。オフィスに迎え入れ、川崎は上原にいすを勧める。
「マルスのことですかね」と川崎が聞くと
「その通りです」と上原が応じる。
「で、どうなるのですか?」と川崎は身を乗り出す。
「マルスのことは引き続き玲子が面倒を見ます。昨夜、敷島も玲子に説得されてそのことを認めました」
「おう、展開が早いですな」
「レナがことの子細を玲子に話したので、意外に早く話がまとまりました。それで、このことを作戦行動中のマルスにも伝えてやりたいのです」
川崎は大きくうなずいた。
「ああ、マルスの稼働に大きな影響を与えることなので、早速伝えましょう。実際、マルスの能力に若干の低下が見られたので、我々も憂慮していたところです」
予想していたこととはいえ、実際起こっていたと知った上原は、
「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。
「いえ、お嬢さんにいろいろ負担をかけているのも事実です。引き続きマルスの面倒を見てもらうことになって、お嬢さんにはお礼の言葉もありません」
「でも、マルスのおかげで玲子は前向きに生きるようになってくれました。以前はなぜ家族と一緒に死ななかったんだろうと、生きることに後ろ向きなところが見られて、どうしたものかと思ってました。マルスが来てからそういうところが見られなくなって、ほっとしているのです」
川崎はやや心配そうに、
「それはそれで、問題なのではないですか? マルスなしでは生きられないと?」
「正直、正解は解りません。ただ、玲子の心に変化があったのは事実ですから、この変化がよりいい方向に向かうように見守りたいとは思います」




