ブルーライトニング 改訂版 第81章
夕食を終え、玲子と上原と敷島は、テーブルを囲んで三人で談笑していた。マルスはスクランブル待機中ということで、ここにはいない。
玲子は放課後、テニスでリョーカに会ったことを話題にした。
「今日、リョーカに会ったのよ」
「そう。どんな感じ?」と上原が促す。
「そうね……マルスより活発で、おてんばかな。リョーカって、マルスと同じ思考パターンなんでしょ?」
「ええ。元は同じよ」と上原はうなずいた。
玲子は箸を置き、少し首をかしげる。
「私……マルスへの接し方、どこかいけないのかな」
マルスのおとなしい性格が、どこか気になっていたのだ。
「最近は、ちょっとはじけてきたんじゃないの?」と上原が指摘すると、
「うん、ちょっとね」
玲子は右手の人差し指と親指を寄せ、ほんの少しだけ間を作ってみせた。
「でも、リョーカのほうが元気いっぱいって感じがする。リョーカのマスターって、あのルイスさんなんでしょ?」
ダグラス家のパーティで会ったルイスのことを思い出しているらしい。
「どんな接し方をしてるんだろう」
それを聞いて、上原がくすりと笑った。
「玲子、いいこと教えてあげる」
「なに?」と玲子が素直に身を乗り出す。
「ルイスもね、玲子がどうやってマルスと接してるのか、気にしてるの」
「……はい?」
「いい意味で、玲子のことをライバルだと思ってるのよ。玲子に負けないくらい、リョーカを大事にしようってね」
上原は楽しそうに、しかし優しく続けた。
「でも私に言わせれば、玲子とルイス、どっちも優劣をつけがたいわ。正直、あんたたちの話を聞いてるとおかしいくらいで……」
「そうなの?」
玲子には意外な話だった。
「玲子は玲子の好きなように、かわいがりなさい。それで全然、問題ないから」
「ふーん……」
玲子はどこか腑に落ちない顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
翌日の昼休み、玲子はクラスメートから声をかけられた。
「敷島さん、かわいいお客さんよ」
見ると、教室の入り口に見覚えのある少女が立っている。玲子はすぐ駆け寄った。
「何か用? 恵ちゃん」
恵は玲子を見上げ、控えめに言った。
「マルスは今日、家にいますか?」
「放課後ならいると思うけど」
恵は少し間を置いてから、勇気を出すように口を開いた。
「私、マルスに会いに行ってもいいですか」
玲子はにっこり笑ってうなずく。
「いいよ。私は部活があるから一緒に帰れないけど、家の場所はわかる?」
「ユリが知っているみたいです」
アンドロイドが付いているのなら、まず間違いはないだろう。
「それから……同級生のリョーカっていうアンドロイドも、一緒に行きたいって言ってて。三人で行きたいんですけど……」
「いいよ。マルス、一人で退屈してるだろうから喜ぶよ」
「ありがとうございます。今日、遊びに行きます」
恵はそう言うと、初等部の教室へ戻っていった。
そばに寄ってきた瑞穂が、ひそひそ声で言う。
「あの子、パーティに来てた子だよね。マルスと玲子が守った子」
「ええ。マルスに会いたいんですって」
「マルスもモテるのね。私も好きだけど」
瑞穂がわざと挑発すると、玲子は冗談めかして返す。
「あげないよ」
「はは。まあ、マルスにもいい友達ができたんだね。よかったわ」
二人は席に戻り、話を続けた。
「マルスがいないとき、玲子はどうしてるの?」
瑞穂はレナの一件以来、マルスの事情をかなり知ることになっていた。
「どうしてるのって……ロビーもいるし、そんなに寂しくはないわ。マルスが来る前は、ずっとそうだったんだし」
すると瑞穂が、急に真面目な顔つきになる。
「でもさ。いまじゃ、マルスがいないなんて考えられないよね。玲子はいいお姉さんって感じだし、マルスはかわいい弟だし」
「……そうね」
玲子も、思わず小さくうなずいた。
「マルスは、ほかのアンドロイドとはちょっと違うの。おばさんに聞いたら、製品化されてるアンドロイドとマルスじゃ、思考パターンが違うんですって。そこが、かわいらしさになってるんだろうって」
瑞穂はでれっとした顔で笑う。
「へえ……マルスはそれでかわいいんだ。ほんと、甘えられると、かわいいよねえ」
玲子に対するほどではないにせよ、マルスは瑞穂にも甘えることがある。甘えると瑞穂が喜ぶと知っているのもあるだろうが――それだけではない。マルスが瑞穂を信頼している証しでもある。
「でもね。私、玲子が元気になったことが一番うれしい」
「そう?」
「うん。マルスが来てからの玲子、ほんとに幸せそうだから」
瑞穂はそう言って、ふっと笑った。
放課後、恵たちはユリの道案内で玲子の家を訪れた。リョーカも一緒だ。
「いらっしゃい」
マルスが三人を出迎え、居間へ通すと、恵のために冷たいジュースとお菓子を運んできた。
「お姉ちゃんが、恵ちゃんに出しなさいって言ったお菓子。これ、お姉ちゃんしか食べないんだ」
「そうなんだ……」
恵は笑いながら答えた。たしかに、マルスが食べるはずもない。玲子が自分用に買っているお菓子なのだろう。
恵は単刀直入に切り出した。
「ねえ、マルス。学校には戻らないの?」
「うん。仕事があるから」
「仕事って……海軍の仕事?」
もう事実を知っている恵に、隠す必要はなかった。
「そうだよ」
「海軍の仕事って、シティを守ること?」
「そうだよ。それが、ぼくが作られた理由だから」
恵はリョーカのほうを見て言った。
「リョーカはマルスにそっくりだよね。先生は、リョーカとマルスは試作機でテストのために学校に来てるって言ってたけど……リョーカも、マルスと同じ海軍のロボットなの?」
リョーカはうなずいた。
「そうよ」
その答えで、恵はリョーカも長く学校に通うわけではないと悟った。
「ねえ、マルス。私、これからもマルスと友達でいたいの。リョーカとも」
「でも、いつでも会えるわけじゃないよ」
「玲子さんも、ずっとソレイユと会ってたんでしょ」
恵の真摯な願いに、マルスとリョーカは応えたいと思った。
「いいよ。恵ちゃんが会いたいときに、いつも会えるわけじゃないけど」
「ねえ、玲子さんとソレイユって、どうやって連絡してたの?」
「ハンディだよ。ぼくらの通信装置はハンディと連絡できるから、連絡先を登録してたんだ」
「じゃあ……私のハンディに連絡先を送ってくれる? リョーカも」
その話にユリも割り込む。
「わたしにもコードを送って」
マルスは恵が差し出したハンディを見つめ、連絡コードを読み取ると、自分のコードを送り込んだ。リョーカも同じように続く。短い発信音が鳴り、恵が画面を確認すると、マルスとリョーカの連絡先が登録されていた。
「ありがとう」
ユリにも送信が終わる。
「ありがとう。二人の連絡先、記憶したわ」とユリが言う。
マルスは念を押した。
「念のため言っておくけど、ぼくたちは民間回線と連絡を絶って行動してるときがある。だから、いつでも連絡できるわけじゃないよ。でも、メールならサーバーに残るから、確実に届くから」
「そう。じゃあ、メールで送るようにするね」
恵はハンディをポケットにしまい、胸に秘めていた疑問を口にした。
「マルスって……この前の学校襲撃事件のとき、何かやってたの? やってたんでしょ?」
半ば確信している聞き方だった。
「ロボットたちの指揮管制をしてた。学校に来たのは、ぼくの指揮下にいる仲間なんだ」
「やっぱり、マルスはみんなを助けてくれたんだね」
「仲間のみんなが頑張ってくれたんだよ」
マルスは控えめに言った。
「マルスが直接戦ったことはあるの?」
「あるよ。詳しくは話せないけど、ぼくもリョーカもテロリストと戦ったことがある」
淡々と話すマルスは、自分より年下の男の子の姿をしている。恵にはどこか現実離れした話に聞こえた。だが、あの襲撃事件を思い出せば――マルスが想像を超える存在なのは、痛いほどわかる。
マルスやリョーカが、自分の知らないところで戦っていたのだと、恵は理解した。
「私たち……マルスやリョーカに感謝しないといけないよね」
「恵ちゃんは、ぼくのことを大切にしてくれたよね。リョーカのことも大切にしてくれてるんでしょ。それで十分だよ」
「マルスの言うとおりだよ」
リョーカも明るく続けた。
「わたしも恵ちゃんに大事にされてるから、いつも感謝してる。恵ちゃん、やさしいもん」
恵は急に照れくさくなって、視線を落とす。
「……ありがとう」
そう言って、恵は小さく微笑んだ。




