ブルーライトニング 改訂版 第79章
海軍の連絡機に乗って、フォルテシティからルイスとリョーカが帰ってきた。リョーカにとっては初めてのプレストシティだが、マスターであるルイスが一緒なので、不安そうなそぶりはまったくなかった。サムはそんな二人を出迎えた。
「ルイス、つかれてないかい?」
「正直に言うと、疲れてるわ。時差ぼけもちょっとつらいわね」
サムにも、ルイスが疲れているのはわかった。しかし、どうしても調整しておかなければならないこともあった。
「疲れているところ悪いが、これからのこと、少し打ち合わせしたい」
「ええ、空戦訓練じゃなかったら付き合うわ」
「うん、リョーカと一緒に来てくれ」
会議室に入った三人は、思い思いの席に腰を下ろした。ほどなくノーマがコーヒーを二つ運んできて、サムとルイスの前に置く。自分もサムの隣に腰を下ろした。
「リョーカのことは、なんとかなりそうか?」とサムが切り出した。
「うーん、リョーカを預かることは通信で母さんには話したのだけど、まだ母さんは納得してないの。なんで軍のロボットを家で預からなきゃいけないの、って……」
サムは頭をかいた。
「そうか……」
「あなたの家みたいにはいかないわ」
パートナーのロボットを自腹でリースして家に連れ帰ったのは、サムが初めてだった。それ以来、ロボットを引き取った軍人は、非番のときは自宅に連れて帰る──というのが、プレスト海軍の半ば当然の習わしになっている。もちろん例外もあるが、ルイスも本当はリョーカを自宅に連れ帰りたいと考えていた。1号機のマルスがあれだけかわいがられているのに、リョーカを粗末にはできないという思いからだ。
「俺の場合は、母さんが連れて帰ってこいって言ったからなあ」
サムは傍らのノーマの肩を抱いた。
(サムはほんとにノーマを大事にしている)とルイスは思う。そんなサムを冷やかす者や、悪く言う者もいるが、サムのノーマに対する思いは半端じゃない。それはサムだけでなく、サムの家族もそうなのだ。
「さすがダグラス家ね」
「で、どうするんだ。なんなら、俺の家で預かるぞ」
サムは話題を戻した。
「もちろん、連れ帰るわよ。実際、リョーカを見たら母さんも考えを変えると思うの。結構、子煩悩だからね」
そのあたり、ルイスは楽観的だった。
「学校の方は?」
「軍の方針なら行かせるわ。もちろん、費用は私が出す」
「いいのか? 学校へ行かせるのは軍の方針だぞ?」
「リョーカの保護者は私! リョーカのためのお金は私が出すと決めたの」
「そうか。まあ、建前上、家に連れ帰るのは装備の個人利用だからな。個人の責任で出してくれるのがありがたいのだが」
「ルイス、ほんとにいいの?」とリョーカが不安そうに聞くと、
「リョーカはそんなこと心配しなくてもいい。リョーカの面倒は私が見るのだから……」
ルイスはサムに向き直って、
「でも、よく学校に行かせる気になったよね。司令部もリョーカの戦力化を急ぎたいんじゃないの?」
「ルーナやマルスの事例で、学校に行かせる効果が絶大だとわかったからね」
ルイスは疑いの目でサムを見た。
「そんなに違うの?」
「違うね。ノーマとマルスを比べても、全然違う。ノーマは人間に冷淡なところがあるが、マルスはそうじゃない」
「ノーマって、そんなに冷淡なの? そうは見えないけど」
「俺を助けるためなら、平気で襲撃者を殺せる。何のためらいもなく、憐れみもなくだ。しかしマルスは、多少はためらいを感じるところがある。マルスやリョーカのような強大な戦力を扱うロボットは、人間に対して憐れみがあったほうがいい。司令部もその考えだ」
「西郷司令も?」
「ああ。この意見は、西郷司令の意見だよ」
「へえー、あの冷酷非情な西郷司令が、そんなこと考えるんだ」
相手がサムだと、ルイスも遠慮がない。
「そう言うなよ。あの人、けっこう細やかだよ。ロボットのことをよく考えている」
「それなら、私も西郷司令を失望させないようにするわ。まあ、母さんはなんとかなるから」
いろいろとサムと打ち合わせをして、ルイスがリョーカを家に連れ帰ったのは、八時を過ぎていた。
「ただいま、母さん」
ルイスの母親は食事の支度をして、ルイスの帰りを待っていた。
「お帰り、ルイス」
「夕ご飯は?」
「まだよ。せっかくだから、ルイスと一緒に食べようと思って」
「そう、待たせちゃってごめんなさい」
「その子なの?」
少し意外そうな顔をしていた。
「そうよ。名前はリョーカ。これでも軍の最新鋭のアンドロイドよ」
「そうなの。ずいぶんとかわいらしいわね」
ルイスはリョーカに向かって、
「リョーカ、私の母さんよ」
リョーカはきちんとお辞儀をして、
「はじめまして、フォッカーさん」
「母さん、リョーカにも母さんって呼ばせていいでしょ?」
「ルイスがそうしたいなら、いいわよ」
「じゃあ、リョーカも“母さん”って呼んでね」
「はい、ルイス」
「それじゃあ、ご飯にしましょう」
ルイスはリョーカを自分の隣の椅子に座らせた。
「リョーカは食べないのよね」と母親が聞くと、
「ええ、リョーカには食べる機能はないの」
母親は肉を切り分けながら聞いた。
「それで、リョーカはどんなことができるの?」
「パイロットよ。けっこうすごくって、私でも勝てないくらい」
そう言いながら、ルイスはつけ合わせのポテトを口に放り込む。
「まあ、そうなの?」
肉を頬張りながら、母親はリョーカを見つめる。こんな小さな女の子が、それほどすごいパイロットとは想像ができなかった。
「実際、戦ったの?」
「うん。内緒にしておいて欲しいけど、フォルテシティへのテロ攻撃があったでしょ?」
「あのドラグーンとかいうロボットが襲ってきた事件のこと?」
「あれ、倒したの、リョーカが操縦するロボットよ」
「あら、そう……」
母親の手が、ナイフを握ったままぴたりと止まった。
「私も戦闘機で出撃していたんだけど……ほとんどやることもなくて終わっちゃったの。もう、人間が前線に出ることもないわ」
「そう。それはいいことだわ」
娘が前線に出ないと聞くと、母親はほっとしたように食事を続けた。ただ、こんな女の子が戦場に出るなんて、と少し違和感も覚えていた。
「それにしても、どうしてこんなに可愛い姿に作ってあるの? 何か意味があるのかしら」
母親から発せられた当然の疑問に対して、ルイスは答えた。
「意味があるんですって。実際、アンドロイドの方が人を守ろうとする気持ちが強いみたいよ。リョーカの同型のアンドロイドは、部下のロボットを的確に動かして、テロリストを制圧したって話だもの。ほら、あのピースメーカーとかいうテロリスト集団が学校やダグラス社を襲ったけど、被害はなかったでしょう?」
「あのときも? ニュースじゃメタロイドが守ったって言ってたけど……」
「あのメタロイドを指揮していたのがアンドロイドなの。実際、そのアンドロイドがいなかったら、あそこまで統制がとれた行動はとれないみたいよ」
「そう……驚いたわ」
そう言うと、それからは一言もしゃべらず、黙々と食べ続けた。
同じ日の夜。場所は変わって、敷島家のアパート。
「お姉ちゃん」
マルスは、玲子に向かって両手を広げる。パジャマに着替えた玲子がベッドに腰を下ろして、
「おいで」とマルスに向かって手を差し出す。最近ではますます甘えん坊になってきたので、マルスはほとんど自分のパジャマを着ずに、玲子のTシャツを着ている。
玲子はマルスを膝の上に抱き上げると、マルスは玲子の首にぎゅっと抱きついてきた。
「ぼく、あさってで学校をやめるの」
「そうなの? 急な話ね」
それは、マルスと一緒に学校に行く日々が終わるということだ。
「守くんや恵ちゃんと別れるの、ちょっと寂しい」
「そうね。守くんも恵ちゃんも、寂しいと思うよ」
マルスはふっくらとした頬を、玲子の頬に押しつける。玲子も、そんなマルスが愛おしい。
「でもね、忘れないで。マルスの家はここだからね。私はマルスのお姉ちゃんだからね」
「うん、お姉ちゃん」
もう寝ようかと声をかけようとしたが、マルスの手にぎゅっと力がこもったので、玲子は今しばらくマルスを抱いたままでいた。
「お姉ちゃん、ぼくね、前はお姉ちゃんさえ守ればいいと思っていたの」
「そうなの? 今は?」
「今は、守くんや恵ちゃんたちを守りたいと思ってる。ぼく、がんばるから」
それを聞くと、玲子はマルスをぎゅっと抱きしめた。




