ブルーライトニング 改訂版 第74章
プレスト海軍基地では、マルスのメモリーからコピーした戦闘記録の解析が進められていた。
「ライトニングファントムにこれほど統制のとれた行動をとらせるとは、たいしたものだね」
川崎は、傍らのマルスに言った。目の前のディスプレイには、ライトニングファントムの行動をモデル化したアニメーションが表示されている。シミュレーションを操作していたニーナも、
「確かにすごいわ。私たちじゃ、こんなふうには動かせない」
サムも同じ意見だった。
「ライトニングの動きは、見事の一言に尽きる。小型のJ-9を防御に回し、大型のゼムタイプ(J-4)やJ-7を対人制圧に使ったのも、良い考えだ。対人戦闘では、小型のJ-9じゃインパクトに欠けるからね」
マルスは控えめに、
「そうなんですか? ぼくはただ、動きの速いJ-9を最優先で防御に配置しただけなんだけど」と聞き返した。
川崎の口調は、小さな子を諭すような言い方になった。
「ああ、それは正しいと私も思う。それに、君が指揮管制に徹したことは高く評価できる。これからも今日のような判断と行動を期待しているよ」
マルスは顔を伏せた。
「でも、人間と戦うのは好きじゃないです。どうして人間はあんなことをするんですか」
川崎の声がやや柔らかみを帯びる。それは憂いでもあった。
「自分たちが正義だと思っているからだよ」
マルスが川崎を見上げた。
「人間というのはね、正義を口にするものほど、悪事をするものなんだ。テロリズムなんて、その典型だね」
川崎はマルスの視線を受け止めつつ、話を続けた。
「彼らにしてみれば、自分たちは法を犯しているとは思っていない。あくまでも、法を超えた“正義の行動”だと信じているんだよ」
マルスは首を振る。
「法を超越するなんて、ありえません」
「だが、彼らは法を超越する正義を信じている。だから、どんな悪事でもできるのだよ。マルスがそれを理解することは、たぶんできないだろう」
川崎は膝を折り、マルスと視線を合わせ、マルスの肩を力強くつかんだ。
「だが、忘れてはいけないのは、そんな彼らの主張する正義のために、殺される人がいるということだ。マルスは、そういう人たちを守らないといけない。君のお姉さんも、同じことを言うと思うよ」
最後の一言は、マルスの心に深く沁みた。
上原と玲子を心配させた敷島だったが、ほぼ時間どおりにマルスを連れて帰ってきた。開口一番、敷島は玲子に声をかける。
「大変だったなあ、玲子。だが、よくやったよ。みんな褒めているぞ」
「危ないことに関わったこと、怒らないの?」
「危ないこと? マルスの目の前で玲子に危害を加えられる人間がいるとは思えないね。高野さんのお嬢さんについて行ったことは、結果的には良かった。マルスをかわいがっている女の子に興味を持ったんだろ?」
確かにそのとおりなので、玲子は反論しなかった。上原が手をたたいた。
「さあ、ご飯にしましょう。今日はデリバリーの食事だけど」
「かまわんよ。久しぶりの玲子との食事だ。ゆっくり食べよう」
敷島は上機嫌だった。
食事のあと、上原と敷島は食堂でくつろいでいた。
「なんだ、玲子はマルスと一緒に風呂に入っているのか?」
二人一緒に姿を消したことに、今さらながら敷島は気づいたのだ。
「あの傷に気づいたようよ」
敷島はすぐに理解した。
「そうなのか? なかなか敏いな」
「マルスのことは、しっかり面倒を見るんだと言ってましたよ。まるで、マルスのお母さんのようです。でも、玲子にも好ましい変化があるから、いいんじゃないかしら」
だが、敷島の表情は重く沈んでいた。そんな様子を見て、上原がたずねた。
「何か心配事がおあり?」
「いや、玲子に好ましい変化があったことは認める。だが、それはマルスじゃないといけないのか。マルスは戦闘用アンドロイドだぞ、戦闘で喪失することだってあるんだ」
上原は静かに首を振る。
「マルスだからこその変化なんです。そうでなければ、ソレイユでも同じ変化は出ていたでしょう」
「ソレイユは玲子の弟じゃない。弟や妹のようなアンドロイドならよかったんじゃないか」
上原は敷島の言うことも理解できた。
「新しい弟でも用意しますか? いいですよ、賑やかになって、ますます玲子にとってはいいでしょうね」
上原は、マルス以外の弟がいれば、なおいいだろうと考えていた。しかし、敷島は別のことを考えていた。
寝る前のひととき、甘えたがっているマルスの気持ちを察して、玲子はマルスを膝の上に抱いた。
「今日は頑張ったよね。マルスは偉いわ」
玲子は、そう言いながらマルスの頭を撫でた。
「でも、ぼく……」
「サムから聞いたわ。マルスは指揮管制に徹したんでしょ。それ、大事なことよ。それに、その判断は正しいわ。指揮官は、指揮に徹することも大事よ」
「川崎中将も、そう言われたの」
「そう。なら、いいんじゃない?」
「川崎中将は、こうも言われるの。人間は正義を口にするものほど悪いことをするって。お姉ちゃんもそう思う?」
「そうね、私もそう思う。自分たちは正義だ、正しいんだって言う人は、私は大っ嫌い。そういう人たちこそ、ろくでもないことをするんだもの」
「そうなんだ……」
少し口調が荒くなった玲子に、マルスは少し怖じ気づいた。
「じゃあ、お姉ちゃんは何を信じているの」
ちょっと怖がらせちゃったかな、と玲子は反省した。マルスをそっと抱きしめて、
「単純なことじゃないかしら。『汝、盗むなかれ、殺すなかれ』」
「なに、それ」
「神様との約束の一句だって。子ども向けの宗教のお話で読んだの」
玲子はマルスをまっすぐ見据え、言った。
「どんなに正しいことだといっても、人を傷つけたり殺したりすることはいけないことよ。迷惑をかけることもね。マルスにプログラムされているロボット行動基本原則も、そういう趣旨じゃない?」
マルスは暗唱するように基本原則を口にする。
「人を傷つけてはならない。マスターの命に従え。法に従い行動せよ」
「そうでしょ?」
マルスは玲子の視線を避けるように顔を伏せる。
「でも、今日は人を傷つけたことにならないのかな。ゼムたちは荒っぽいから」
「あの人たちは、マルスの友達を殺そうとしたの。それは法を破ることよ。それは止めないといけない」
玲子は慎重に言葉を選ぶ。
「もし、人殺しを止めるために、加害者を殺さなければならなかったとしても、それは仕方がないことだと思うな。殺す側の命より、殺される側の命を救う方が大事よ。でも、ゼムたちは相手に軽傷を負わせただけで止めたでしょ。それは責められることではないわ」
マルスは、玲子の首にぎゅっと抱きついた。
「ソレイユも、いつもそう言ってたよ」
「そう……」
「でも、もうソレイユはいないの……」
玲子の心を、何かがぎゅっと締め付けた。
「そうね……」
玲子はマルスをそっと抱きしめた。ソレイユを失った、その心の隙間を埋めようとして。




