ブルーライトニング 改訂版 第7章
玲子 プレストシティに住む16歳の少女。両親と妹をテロで亡くしている。
ロビー 玲子の家で家事を担うロボット。本来は戦闘用ロボットの試作型で玲子の伯父の敷島と、母親がわりの上原に仕えるために退役した経緯を持つ。
「お嬢様、まだ、お休みではないですね」
玲子の耳に、ささやくようなロビーの声が届いた。
「部屋に入ってもよろしいですか?」
「ええ、いいわ」
玲子が答えると、ロビーが照明を落とした部屋に入ってくる。
「眠れないのですか?」
「大丈夫よ。でも、ちょっと、ロビーと話がしたいな。いい?」
「いいですよ」
ロビーは手早くいすをベッドによせ、玲子のかたわらに腰を下ろす。
「ねえ、うちにアンドロイドが来たら、ロビーはどう思う?」
「先ほど、上原博士と話されていた子供のアンドロイドのことですか?」と、ロビーは「子供」という言葉を強調した。
「そう。でも、子供というのが重要なの?」
「そうですね、大人のアンドロイドであれば、私の役割と重なってしまいます。が、子供のアンドロイドであれば、自ずと役割が異なります。私は良いと思いますよ。上原博士もあのように言われているので、遠慮することはありません。お嬢様は妹か弟になってくれるアンドロイドが欲しいのではありませんか?」
玲子の返事がなかった。ロビーは玲子が眠るのだと思い、掛け布団を直そうとロビーが手を伸ばすと、玲子は手を伸ばし、そのロビーの手を握った。
「私、由美子が呼んでいるのに、そばに行ってやれなかった・・・・ ねえ、ロビー、お父さんもお母さんも由美子もいないのに、私はどうして、ここにいるんだろう」
ロビーは首をかしげて言った。
「お嬢様が生きているからです」と、ロビーの口調はいつものまま、優しいものだった。
「どうして、私だけ生きているんだろう・・・・」
「それはわかりません。敷島博士は奇蹟だったと言われています。ですが、私には奇蹟の意味は理解できませんし、お嬢様が生きていることに、理由が必要だとは思いません」
何となく、ロビーの口調が強くなったと玲子は感じた。
「ロビー?」
「上原博士も敷島博士もお嬢様を大切に思っています。私は上原博士と敷島博士にお仕えするのが第1の義務ですが、お嬢様にお仕えすることも第2の義務であり、喜びです。博士達や私のこの気持ちは、お嬢様が生きている理由にならないのですか?」
ロビーは内蔵する通信機で上原に玲子との会話の内容を送る。このようなデリケートな人の心の問題はロビーには対処しきれないからだ。上原はハンディで内容を確認し、ロビーに明日の朝食の献立に話題に変えるように指示した。上原の指示はロビーの内蔵する通信機に伝えられるので、玲子に聞かれることはない。
「お嬢様、明日の朝食の献立は何にしましょう」
「明日?」と突然の話題の転換に玲子はとまどった。
「明日の夜は上原博士は仕事で遅くなります。明日の夜はお嬢様お一人になってしまうので、おふたりが顔をあわせて食事ができるのは朝だけです」
玲子は涙をぬぐう。
「ごめんなさい、おばさんも開発で大変だったわね。明日はちゃんと起きて、私が朝食の支度をするわ」
「肉と野菜の煮込み料理などいかがでしょう」と、ロビーが提案した。それは玲子の得意料理の一つである。
「それだと、かなり早起きしないといけないわ」と、玲子は笑った。本気の提案なのか、玲子を笑わせる冗談なのかわからなかったが、そんなことはどちらでもよかった。
「おばさんが好きなオムライスにしましょうよ。でも、もう一品、欲しいわね」
「そうですね」
玲子再びベッドの上に横になる。
「さっきは変なこと言ってごめんね。ロビー、怒ってる?」
「いいえ、いいんですよ」
「今夜もそばにいてくれる?」
「もちろんですとも、ですから、安心してお休みください」
しばらくすると玲子が寝ぼけた声で言った。
「朝は野菜とベーコン入りのスープも・・・。おばさん、好きだものね・・・ お休みなさい、ロビー」
「お休みなさい、お嬢様」
ロビーは上原の携帯に、玲子が寝付いたと報告を送った。上原は寝室でほっと胸をなで下ろすと、ハンディをベッドの横に置き、布団に潜り込む。玲子の事は気がかりだが、自分がいても、玲子は遠慮してしまうだけだ。もどかしいがどうしようもない。それでも、玲子がロビーを頼りにしているのが救いだった。
「無理にでもアンドロイドをリースした方がいいのかしら」と、上原は考えを巡らす。玲子の好みを聞くのが一番なのだが、玲子が自分から欲しいと言い出すとは思えず悩ましい。少女型では亡くなった妹の事を連想して逆効果という可能性もある。上原自身も、ノーマやニーナを見ていると、娘のようで救われる思いと、死んだ娘を思い出すつらさもあるからだ。
「男の子がいいか、女の子がいいか・・・ 悩ましいわね・・・ 敷島さんはこういうことには頼りにならないし・・・・」
そんなことを考えているうちに、上原も眠りに落ちた。