ブルーライトニング 改訂版 第3章
親友のソレイユにあった玲子は、アルトシティを攻撃の魔の手から救うべく、プレスト海軍が動いていることを知る。
登場人物
敷島玲子 プレストシティに住む16歳の少女。両親と妹
をテロにより亡くしている。
ロビー ダグラス社が作った高性能ロボット。軍事用で高い戦闘能力を有す
るが、今は玲子の家で家事を担っている。
ソレイユ ダグラス社が開発したスーパーアンドロイド。玲子の親友である。
玲子は、まわりが明るくなったのを感じて、うっすらと目を開けた。
「お目覚めですか?」
ロビーが窓の遮光カーテンを開けていた。朝日とは違う光に、玲子の意識がぱっと覚醒する。
「あれ! 今、何時?」
「11時ですよ。そろそろ起きませんと、ソレイユとの約束に遅れます」
「いやー、寝坊しちゃった! 朝食の支度は??」
「上原博士がご自分で用意されていました。お嬢様の分もあります」
玲子は布団をはねのけながらロビーに言った。
「起こしてくれれば良かったのに……」
「お嬢様がお休みになったのは明け方でしたので、寝かせておいた方が良いとの博士のご指示でした。少しは眠らないと、体に悪いですよ。さあ、支度してください。お食事を用意してお待ちしております」
ロビーは軽く会釈をすると部屋を出ていった。玲子は気を取り直し、素早く身支度を整える。支度をしながら、小さくつぶやいた。
「私、どうかしている……」
着替えを終えてキッチンに行くと、ロビーが食事の用意をして待っていた。
「さあ、召し上がってください」
玲子は少し後ろめたさを感じていた。
「ロビー、今日はおばさんが作ったの? ひょっとして、ロビーが私についていてくれたから?」
「はい。たまにはお嬢様に自分の手料理を食べてほしいと、博士もおっしゃっていました」
ロビーは温めた食事を玲子の前に並べる。パンと、温かい野菜のサラダだ。
「ありがとう」
玲子は食べ始めた。上原の作る朝食を口にするのは久しぶりだった。
「ソレイユが心配していました。お嬢様が起きて、朝食を召し上がっていることを報告してもよろしいですね?」
それを聞いて、玲子は食事の手を止めた。
「ソレイユに伝えたの?」
「はい。お嬢様に何かあったときは、すぐに知らせるよう頼まれています」
「ソレイユに、あまり心配をかけたくないのに……」
ロビーは、玲子の態度に違和感を覚えた。いつもとは、どこかが違う。
「お嬢様が隠そうとなされば、ソレイユは余計に不安を感じます。ソレイユを親友とお思いなら、隠し事はいけません。違いますか、お嬢様」
ロビーの言うことは、もっともだった。
「ごめんなさい、ロビー。ソレイユには、私は元気だと伝えて。だから、予定通り、今日の午後、会いに行くって……」
「はい。お伝えします。ソレイユも喜ぶでしょう」
玲子は、朝食をかねた昼食を終えると、身支度をしてアパートを出た。近所の停車場から都市鉄道に乗り、沿岸工業地帯へ向かう。そこにはダグラス社の工場と、研究機関「ファントムワークス」があった。ダグラス社は、航空機や艦船といった大型兵器から生活物資まで幅広く生産し、プレストシティの経済を支えている。その中核技術を担うのが、ファントムワークスである。
玲子の親友であるアンドロイド「ソレイユ」は、連邦歴一一二年、ここで誕生した。家族を亡くし、伯父の敷島に引き取られた玲子は、学校でソレイユと出会い、すぐに打ち解けた。ソレイユが同じ年頃の少女というだけでなく、伯父の敷島や、同居している上原が開発に関わっていると知ったことも、親近感を抱く大きな理由だった。
しかし、その年に起こったロボット展覧会の出来事が、すべてを変えた。
世界最大の軍事メーカー「ガバメント」は、プレスト海軍の兵器調達契約を勝ち取る布石として、自社の戦闘用ロボットを展覧会に出品した。それが会場で暴走したのである。暴走ロボットは警備用ロボットを次々と破壊し、「最新・最強のロボット」という宣伝文句を実証するところだった。だが、それを居合わせたソレイユがライトサーベルで真っ二つに両断し、撃破してしまった。
あっという間の出来事だった。メンツをつぶされたガバメントだけでなく、世間も衝撃を受けた。「ソレイユショック」と呼ばれたこの事件は、ロボットの「強さ」に対する人々の認識を根底から覆したと言っていい。マスメディアは、アンドロイドであるソレイユが戦闘用ロボットを倒した事実を連日報道し、ソレイユを「危険なロボット」として論じ続けた。
人間と同じように弱い存在だと思われていたアンドロイドが、実はそうではなかった――その事実に、人々はパニックに陥ったのである。
平和活動を掲げる市民団体「ピースメーカー」は、ソレイユの解体処分を求める市民運動を立ち上げた。また、ソレイユが「人間のすぐそばで暮らしていた」ことを問題視し、市民を危険にさらしたとしてダグラス社を非難した。そして、ソレイユの解体とダグラス社の解体を求めて、裁判所に訴え出たのだ。
一審ではソレイユの解体が命じられたものの、ダグラス社の解体請求は却下された。被告と原告がともに控訴した第二審では、プレストシティの防衛に尽くしているソレイユを「危険なロボット」とは認めず、原告の訴えはすべて退けられた。
だが、原告は判決を不服として最高裁に上告し、現在に至っている。その判決がまもなく下されることもあり、ピースメーカーや一部のマスメディアは、ソレイユの危険性をあらためて強く訴えていた。
ソレイユは、そんな報道をただ笑って受け流していたが、玲子はピースメーカーという団体が大嫌いだった。プレストシティがソレイユたちに守られていることは、紛れもない事実だ。世界中の人々が武装テロリスト「セレクターズ」におびえる生活を強いられているなかで、プレストシティの市民は比較的平穏な日常を送っている。それなのに――と玲子は思う。
なんという恩知らずで、恥知らずな人たちなのだろう。
玲子にとっては、家族の仇であるセレクターズ以上に、ピースメーカーの人間たちのほうが憎らしかった。
ダグラス社内の休憩室で、ソレイユは玲子を待っていた。
「いらっしゃい」
ソファから立ち上がり、ソレイユが笑顔で迎える。
「待たせちゃった?」
玲子がそう尋ねる。待ち合わせの時間より早く来たはずだったが、ソレイユはさらに前から待っていたらしい。
「いま来たところよ。座って。お茶を入れるから」
ソレイユは休憩室の隅にある給湯設備へ向かい、紅茶の準備を始めた。長年の付き合いで、玲子の好みは知り尽くしている。
「それからね、今日、玲子が来るからって、ケーキをいただいたの」
「ケーキ? だれが?」
「プレスト海軍司令のスコット大将。お茶だけじゃ寂しいだろうって……」
ことっと、ケーキの皿が玲子の前に置かれる。こんなことは初めてで、玲子は少し面食らった。ソレイユはティーセットをテーブルに並べ、玲子の横に腰を下ろすと、カップに紅茶を注いだ。
「でも、海軍の偉い人が、なんで私にケーキをくれるの? 会ったこともないのに……」
「いろいろと気配りをする人なの。玲子のことは、軍の偉い人はみんな知ってるわ。遠慮しないで食べて。スコット司令に、『玲子が美味しそうに食べてました』って報告したいから……」
ケーキは、確かに美味しかった。
「とても美味しいわ。これ、どこのケーキ?」
「社内レストランのケーキなの。新しいパティシエさんが入ってね、結構評判がいいのよ」
二人の穏やかな時間が流れていく。ソレイユと出会ってから四年。玲子は十二歳から十六歳へと成長したが、ソレイユは出会った頃の十二歳の少女のまま、まったく変わっていない。まるで夢の中の出来事のようだ、と玲子は思った。
玲子がカップを置く。カチャッと、少し耳障りな音がした。ソレイユが、ぼそっとつぶやく。
「どうしたの、玲子」
「えっ」
「心、ここにあらず、って感じよ」
玲子は言葉に詰まった。何をどう話せばいいのかわからない。
「やっぱり、アルトシティのことが心配?」
ずばりと指摘され、玲子は動揺する。ロビーが言っていた「隠し事はいけませんよ」という言葉を思い出した。結局、何を隠そうとしても、みんな感じ取ってしまうのだ――玲子はそう悟る。
少し時間を置いて気持ちを整理し、素直に口を開いた。
「セレクターズの首謀者が、アルトシティを必ず破壊するって言ってるでしょ」
三か月前、ひとつのシティがドラグーンによって壊滅させられたばかりだ。玲子が恐れるのも無理はない。
「アルトシティには、まだ私の友だちもいるのよ……もう、いやよ……」
玲子はうつむいた。その肩が、わずかに震えている。ソレイユには、それが涙をこらえているのだとわかった。
「今度のアルトシティへの攻撃を防ぐために、ダグラス大佐とニーナがアルトシティに派遣されるの。もちろん、ノーマも一緒よ」
「えっ!?」
なじみのある名前に、玲子の表情が驚きに変わる。サム・ダグラス――ダグラス大佐は、家族ぐるみで付き合いのある人物で、以前の玲子にとっては、憧れのお兄さんのような存在だった。
「サムがドラグーンと戦うの?」
玲子は背筋に寒気を覚えた。ドラグーンの恐ろしさは、メディアでいやというほど語られてきたからだ。
「ええ。でも大丈夫。サムにはノーマがついているし、ニーナも、戦うからには勝つつもりでいる。ニーナの自信には、ちゃんと根拠があるのよ」
ソレイユは、玲子の手をぎゅっと握りしめた。
「ニーナは、あなたのためにアルトシティを守るって言っていたわ。『玲子を泣かせることはしない』って。だから、ニーナを信じてあげて。大丈夫。ミサイルの一発だって、シティに撃ち込ませはしないわ」
落ち着いてくると、ソレイユが軍事作戦の内容まで話してくれたことが、玲子には意外に思えた。
「ソレイユ、私に、そんなことを話してもいいの?」
「ええ。スコット司令が、玲子になら話してもいいって言われたの。『その方が、玲子も安心するだろう』って……」
なぜ、スコット司令がそこまで自分に配慮してくれるのか、玲子にはわからなかった。だが、その心遣いがとても嬉しかった。同時に、スコット司令の信頼に、自分も応えなければならないと感じる。
「ありがとう、ソレイユ。おかげで、気持ちが楽になったわ。それから、このことは誰にも話さないって約束する。スコット司令にも、そう伝えて」




