ブルーライトニング 改訂版 第2章
ロボット技術が発達した未来、ロボット兵器の暴走によって壊滅的な被害を受けた世界はシティと呼ばれる都市国家とそれをまとめる連邦政府が設立された。そして連邦歴116年の春。
玲子を寝かせたロビーは玲子の保護者である上原真奈美に実戦部隊への復帰を願い出る。しかし、上原はロビーの願いを許さなかった。
登場人物
上原真奈美 ダグラス社のロボット技術者。玲子とは血縁関係にはないが、母親代わりになって面倒を見ている。ロビーを開発した技術者の一人でもある。
ロビー ダグラス社が作った高性能ロボット。軍事用で高い戦闘能力を有するが、今は玲子の家で家事を担っている。
ソレイユ ダグラス社が製作した少女型アンドロイド。玲子の親友である。
ニーナ ダグラス社が製作した少女型アンドロイド。情報分析を得意としている。
ロビーがキッチンに入ると、上原が朝食の支度をしていた。上原は、やせ気味で長身の女性だが、それでもロビーのほうが少し背が高い。所々、白髪が目立つ髪は、染めることもせず、無造作にまとめている。上原はやや上目遣いでロビーをみると、手を休めずにロビーに声をかける。
「ロビー、玲子は眠ったのね?」
「はい、先ほど、やっと眠られました」
ロビーは内蔵する通信機で、上原のハンディ(携帯型の通信装置)に状況を報告していたが、上原は玲子の寝付きを妨げないため、寝室に顔を出さなかった。玲子につまらぬ気遣いはさせたくなかったのである。
「ちょうど、春休みだから、そのまま寝かせておいてちょうだい。今は休ませることが大事でしょうから・・・」
今日は4月7日、玲子の通う高校は、まだ春休みである。ロビーはあらためて上原に報告する。
「博士、お嬢様は、アルトシティが攻撃されたことがショックだったようです」
上原は準備の手を止めて、拳でこんとテーブルをつく。感情を抑えるときの上原の癖だった。それでも表情は険しい。
「アルトシティには被害はなかったはずだけど・・・」と、上原は言ったものの、そんなことが救いにもならないことはわかっている。玲子にとっては、攻撃されたことがショックなのだ。ロビーは玲子が見た妹の夢について話したが、上原は黙ったままだ。
「博士、私を「ファントム」に復帰させてください。私は、お嬢様を苦しめる輩を許せません」
「ファントム」とは、プレスト海軍が擁するロボット部隊の通称である。ダグラス社の先進技術研究機関「ファントムワークス」が開発したロボットが、主な構成メンバーであったところから、公式に「ファントム」と呼ばれていた。ロビーは「ファントムワークス」が開発した試作ロボットであり、ファントムの先鋭部隊「ライトニング」のリーダーだった。だが、連邦歴112年に、より性能が高いロボット「ゼム」が開発されたため、ロビーは軍を退いている。その一方で、ロビーの量産型は、汎用性に優れるので、今でも、プレスト海軍の主要な戦力を形成しているのも事実だ。ロボット技術者として、プレスト海軍で相談役を務めている上原には、そういう事情を理解していたが、ロビーを軍に戻す気はなかった。
「ロビー、そのことを話す前に、朝食の支度、手伝ってもらえるかしら」と上原が命じると、ロビーは黙々と上原を手伝う。手際は完璧で、すぐにテーブルにパンと暖めた野菜のサラダとスープが並べられる。
「玲子が食べる分も作ってあるから、玲子が起きてきたら、温めて出してやって。たまには私の手料理も食べて欲しいから」
「わかりました」とロビーは答える。
「とりあえず、ロビーも座りなさい。食べながら、話をしましょう」
ロビーは言われたとおり、食卓につくが、ロボットであるので食事をしない。ロビーは思い切って上原に自分の思いを話す。
「私はすでに旧型です。博士は私の戦線復帰は不可能とお考えですか?」
上原は食事の手を止め、ロビーをまっすぐ見据えながら答えた。
「あなたの量産型は、海軍では現役ですよ。能力では、あなたを超えるロボットはいるけども、性能がすべてではない。そのくらいはわかっていると思うけど・・・」
「では、博士。私がファントムに復帰することを認めてください」
しかし、上原の回答は厳しい。
「いえ、ロビーがファントムに復帰することは認めません。ファントムの戦力は順次、拡充されています。ロビー、あなたは後継である「ゼム」を信頼できないの?」
上原はロビーにとっての「マスター」である。行動基本原則に反する命令でない限り、ロボットはマスターに逆らうことはできない。だが、そんなマスターの命令に拮抗するほど、ロビーの玲子に対する思いは強いようだ。動作がぎこちなくなったロビーの様子に気がつき、上原は語調を和らげる。
「玲子はね、ロビーのことを、とても頼りにしているの。だから、玲子の事を大切に思うのなら、あの子のために戦うのではなく、そばにいてやってほしいの。今朝だって、玲子はロビーがいてくれたから、ずいぶん助かっているはずよ」
「私がお嬢様の側にいることが、本当にお嬢様のためになるのですか?」
「そうよ、戦うことだけがすべてではない。テロリストとの戦いは、仲間を信じて任せなさい。あなたはあなたがすべきことをするの」
ロビーは握りしめていた拳を開き、その手を見る。かつて、武器を携え、テロリストと戦ってきた。ロボットであるロビーは、戦うことに不安や恐怖を感じない。命令さえあれば、どんなに危険な任務も遂行する。ロビーは旧型とはいえ、元々が高性能の試作機であるので、人間が相手なら、十分、優位に立てる。それでも軍を退役したのは、「ゼム」が開発されたことよりも、上原に請われたからということが大きい。結局のところ、ロビーは上原の意見に従わざるをえないのである。
「わかりました。博士に従います」
上原は食事を続け、ロビーは立ち上がり、紅茶を入れる準備をする。食後の紅茶は上原が好んでいるからだ。ロビーは湯を沸騰させながら、もう一つの思いを上原に明かす。
「博士、テロリストが再びアルトシティを攻撃すると言っています。お嬢様は大変心配していますが、大丈夫というには根拠が見あたりません。私はどう答えればよいでしょう」
「もっともな疑問ね」と上原が言った。テロリストの首魁である女性が、メディアを通じてアルトシティへの再度の攻撃を宣言している。一度、攻撃に失敗したのに、再度の攻撃を宣言するのはあまり前例がない。が、上原は根拠のない楽観論者ではない。
「アルトシティ防衛軍とプレスト海軍が動いているから、大丈夫だと玲子には伝えなさい。それくらいはいいでしょう」
それ以上のことは、上原の口からは言えなかった。
早朝、プレストシティ沿岸部にあるプレスト海軍の基地内で、一人の少女がたたずんでいた。プレスト海軍の基地はダグラスインダストリーの敷地内に作られており、その軍事エリア内のなかでは場違いに思える少女は、アンドロイドのソレイユである。年の頃は12歳くらいにつくられ、短く整えられた髪は褐色で、グレーのジャンパースカートと白のブラウスを着ている。ファントムワークスが4年前に開発したソレイユは、プレスト海軍のロボット部隊「ファントム」の総司令を務め、内外にプレストシティの守護神とも言われていた。そのソレイユは、戦闘機のパイロットとして、スクランブル待機につきながら、一晩中、玲子の様子をロビーから伝えてもらっていた。
「良かった、やっと眠れたんだ・・・・」
ロビーからの連絡で、ソレイユは安堵した。4年前に同じ学校に通い、かけがえのない親友となった玲子のことを、ソレイユはいまでも大切にしている。今日は玲子がソレイユに会いに来てくれる約束の日だったが、これでは無理かも知れないとソレイユは思っていた。会えないのは残念だが、シティに行くことを禁じられているソレイユにとって、玲子が来てくれなければ、どうにもならないことである。
ふと、振り返ると、ソレイユと同じ年頃の少女をかたどった「ニーナ」が立っていた。赤い髪を背中まで伸ばし、前髪をカチューシャでおさえているので、広い額が印象的であるが、目つきがきつく、時には冷酷非情なところを見せるので、プレスト海軍では「氷の人形」とあだ名されていた。髪の色に合わせた濃茶色のワンピースをきているが、ソレイユと同じく、スクランブル待機についている。
「どうしたの? ニーナ」
「玲子の様子が知りたいの」
ロビーから伝えられる玲子の情報はソレイユに向けてのものであり、暗号化され、共有されていないので、ニーナが知ることはできなかった。
「ついさっき、眠ったって・・・」
「そう・・・ よかった・・・」
「玲子のこと、心配してるんだ」
「そうよ、玲子はソレイユの親友だもの・・・ アルトシティのことが心配なんでしょうね。玲子にも暁作戦のことを教えられたらいいのに・・・」
「一般人である玲子に軍事作戦を教えられると思って?」
「玲子は特別よ。川崎中将を通じて、スコット司令に許可をいただきましょう」
(本気なんだ・・・)と、ソレイユは口には出さなかったが、
「本気よ」とニーナが答えた。
「でも、作戦内容を聞いたら、別の意味で心配すると思うけど」
「その点は、私とノーマを信じてもらうわ」
「ドラクーン相手に自信あるのね」
「もちろん」とこともなげにニーナは答える。
テロリストが使う全高10メートルの人型ロボット兵器「ドラグーン」は、連邦軍の試作機を奪取したもので、たった3機でシティの防衛力を壊滅させたこともある拠点制圧兵器である。
「これまでの記録映像や、戦闘データを解析してみても、ドラグーンはたいしたことはない。それに、ドラグーンは操縦している人間が最大の弱点だわ。懸念があるとすれば、1機のブラックタイタンで3機を相手にしないといけないこと・・・・だけど、私は負けない」
「ニーナなら、守ってくれるよね、玲子が生まれ育ったアルトシティを・・・・」
「ええ、ろくでもない人間を助ける気にはならないけど、ソレイユと玲子のためになら戦える」
苛烈なものの言い方に、ソレイユはため息混じりに言う。
「人間をあんまり嫌わないで」
だが、ニーナは毅然として言い返す。
「いやよ、あなたへの仕打ちは、絶対に許せない!!」
4年前、暴走したロボットから人間を守ったソレイユを、危険なロボットだと決めつけて、排斥したプレストシティの人間を、ニーナは許せなかった。理不尽な要求を黙って受け入れながら、シティの為に働くソレイユを責める気はなかったが、ソレイユに人間を許せといわれても、聞く気にはなれない。ニーナも4年前に誕生し、ソレイユへの迫害を直接目にしたので、人間に対する敵意は簡単に拭えるものではなかったのだ。