ブルーライトニング 改訂版 第14章
暁作戦が発動し、サムはマルスたちを引き連れてアルトシティに向かう。その道すがら、ロボットジェット機「ミネルバ」はある決意をサムに語る。
暁作戦にマルスが参加することになって、ニーナはデータリンクで作戦内容をマルスに伝える。
「迎撃作戦なんだね」とマルスが作戦内容を確認しながら言う。
「そう、単純と言えば単純な迎撃作戦よ。攻めてくるから撃破する。それだけ」
「何で、わざわざアルトシティまで行くの?」
「そうか、それを伝えていなかった。戦略的な意味があるの。でも、そんなことはちっぽけなことよ。玲子を泣かせないためにも、この作戦は成功させないとね」
話を聞いていたサムが、
「おいおい、作戦の戦略的意義は重大だぞ」とニーナに突っ込む。
「そうなんですけど、そんなことよりも、玲子を悲しませたくないので」と、ニーナの答えは素っ気ない。サムは上原との話を思い出した。(そうか、すべてにおいて玲子が優先されるのか)
「アルトシティが攻撃されると、玲子さんが悲しむの?」とマルスがニーナにきく。
「玲子はアルトシティで生まれ育ったの。玲子のふるさとみたいなところなのよ」
そこまで言って、ニーナは、
「マルスは玲子のこと知ってるの?」
「うん、ぼくを抱っこしてくれたの」
その話を聞いていたソレイユが
「玲子は小さな子が好きだからねえ、ロビーの話だと、その晩、大分上機嫌だったみたいよ。マルスもサムのところじゃなくて、玲子に預かってもらったらどうかしら。玲子もきっと喜ぶと思う」
サムは苦笑いしながら、
「まあ、玲子ならマルスを任せられるが・・・ そうだな、マルスはどうなんだ。玲子のこと、好きになれそうか」
「優しそうな人だから好きになれるとおもう」
「そうか、それなら、考えてもいいな」
このときは半ば冗談としてサムは考えていたが、後日、それが重要な決定につながることを、今は知るよしもない。
ニーナはブラックタイタンと無人戦闘機「ホーネット」を載せた輸送機、ノーマとマルスはそれぞれのドルフィンに乗り組む。マルスが乗り込んだのは、普段、ニーナが使うF型と呼ばれるタイプで、ロボット専用機なので機動性がサムが乗っているドルフィンB型より高い。マルスの実機試験の結果、今回はF型が最適と判断されたため、選択されたのである。サムと4人の整備員達は、ダグラスインダストリーが所有するビジネスジェット機「ミネルバ」に乗ることになった。本来はダグラスインダストリーのVIPが使うミネルバだが、軍の求めに応じてリースされたのである。整備員達は立派なシートに歓声を上げる。
「悪いね、君たち。まあ、道中はくつろいでくれ」と、サムが整備員をねぎらう。整備員は比較的、体力に恵まれた若手が中心だった。
「いやあ、こんな豪華な飛行機に乗れて、文句はありませんよ」と皆、上機嫌だった。タイタンと一緒に輸送機に詰め込まれるものだと思っていたからである。
「でも、パイロットは大佐だけで大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ。ミネルバは自立型のロボットジェット機なんで、パイロットなしで飛べるんだ。俺が、ダグラスインダストリーにつとめていた時に開発に関わったから、彼女・・・ ミネルバの性能は保証するよ。アルトシティに着いたら、ハードな仕事が待ってるから、そのためにも、機内でよく休んでおいてくれ」
「了解です」と整備員達はいそいそと、離陸に備えて座席のベルトを締める。
派遣部隊の全機が無事離陸し、一路、アルトシティにむかう。客室は既に暗くなり、整備員が寝息を立てていた。このあたりの適応力はさすがだ。サムはコックピットに戻ると、コース設定に間違いがないか確認していた。確認が終わるとスピーカーから女性の声が流れる。
「後は私が操縦します。サムは客室でお休みください」
コックピットにはサムの他は誰もいない。ミネルバはジェット機そのものが自立したロボットなのである。
「まだ、十分休む時間はある。それより、ミネルバと少し話がしたい。今回、君が出てくると俺は聞いていなかったが、父さんの差し金か?」
サムの父親ジム・ダグラスはダグラスインダストリーの代表である。
「ジムではありません。第7艦隊司令、西郷中将の要請によるものです。私には現地における索敵任務及び作戦支援を要請されています。私ではご不満ですか?」
「いや、とても心強い」と、サムは本心で答える。ミネルバは技術デモンストレーションのためにダグラスインダストリーが開発したため、軍用偵察機並みの索敵能力と高度な情報処理能力をもっている。サムは戦闘機などの正面装備だけで敵と戦えるとは思っていない。
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう、全力を尽くします」
操縦席のサムにミネルバはしんみりと語りかける。
「それより、アルトシティは4年ぶりです。あの時のお嬢さんは、お元気ですか?」
「玲子のことか、ああ、元気だよ」と、サムは答えた。ゆったりとした調子でミネルバは話を続ける。
「そうですか・・・ ソレイユからは、時々、お話を伺ってますが、あれ以来、私はお会いしてません。先日のアルトシティ爆撃未遂のニュースがあったので、少し心配です」
「玲子のことを心配してるのか?」
「当然です、ソレイユの唯一の親友です」
「俺も心配はしてるよ。だけど、玲子にしてやれることは少ない。せめて、アルトシティを守れたらと・・・ とりあえず、それだけだ」
やや間をおいて、ミネルバが聞いた。
「サム、一つ伺いたいことがあります」
「なんだ?」
「4年前、あなたはダグラスインダストリーの社員で、私のテストパイロットでした。あなたが軍に戻ったのは、4年前のアルトシティのテロがきっかけだったのですか?」
「それは、きっかけじゃない。ちょうどその頃、なじみのパイロットに、西郷中将の話を聞いてね。今度こそ、テロ組織をつぶせると思って、西郷中将を手伝うことにしたんだ。もうそのときは、ミネルバの試験が終わったら、軍に戻ると決心はしていたんだ。アルトシティのテロがきっかけじゃない」
サムの答えにミネルバはしばらく沈黙した。そして、
「そうですか・・・・ 軍に戻ったのは、目的があってのことなのですね」
「もちろんさ、すべてが終われば、テロリストも瓦解する。シティ一つが壊滅するようなことも無くなるだろう」
「それが、サムの望みなのですね」
「そうだ」
「わかりました。それでは、私にも、サムをお手伝いさせてください」
ミネルバの柔らかな口調の中に、何か決意のようなものを感じた。
「どうしたんだい? 君はもともと軍用じゃない。今回のは、かなり特殊なケースだ」
「私はサムのために、働きたいのです。私にすべてを教えて下さったのは、あなたです。私はその恩をお返ししてません」
以前、父親から「ロボットによくよく慕われる奴だ」と笑われながら言われたことがあったが、ミネルバはずっとジムに言い続けていたのだろうか・・・ それもありそうな事ではあるが・・・
「でもね、君は戦闘用じゃないんだ。軍の任務に就けば、破壊されることもある」
「それは、かまいません。ノーマだってサムを守ろうとしています。私の気持ちもノーマに負けてないと思います」
サムは根負けした。ミネルバの試験飛行の時も、性格がじゃじゃ馬だと思ったが、これも個性なのだろうか・・・
「わかった、君の気持ちは、西郷中将に伝えておくよ」
「はい! よろしくお願いします」と、ミネルバは早口で答える。サムはロボットにとっての「喜び」とは、なんだろうと考えてしまう。それにしても、ノーマといい、ミネルバといい、ロボットというのは、どこまで律儀なのだろう。