ブルーライトニング 改訂版 第12章
スコットはスミスの真意を測りかねていた。川崎はスコットにスミスの懸念を説明する。スミスはすべてソレイユのために行動していた。
スコット プレスト海軍総司令
川崎 プレスト海軍副司令
スミス博士が肩を落として会議室を出て行くのを見送ったスコットは、川崎に顔を向ける。
「先生、なぜ、スミス博士はマルスの破棄にこだわるのだろう。自分が開発したルーナより、マルスが優れていることが気に入らないのだろうか?」
川崎は、穏やかに笑みを浮かべながら首を振った。
「それは違います。スミス博士はそれほど落ちぶれた人ではありません。もしそうならば、マルスを開発した上原博士や敷島博士を排除するように動くでしょう。しかし、スミス博士は、二人を信頼こそすれ、排除しようとはしていません」
「では、スミス博士が、マルスの破棄にこだわるのはなぜです? 私には理解できません」
川崎は片手を振った。
「スミス博士の考えは、私には、なんとなくわかります」
スコットは無言で説明を促す。
「4年前、展示会場で事件を起こしたガバメント社の戦闘用ロボットがあったでしょう。他社のロボットを問答無用でなぎ倒して、性能を誇示したまでは良かったが、ソレイユのライトサーベルで真っ二つにされました」
暴走したロボットを止めたソレイユは、本来、賞賛されるべきはずだった。しかし、ガバメント社のロボットが暴走した事実はほとんど無視され、戦闘用ロボットを破壊したソレイユの危険性だけがニュースで取り上げられた。さらに、市民団体「ピースメーカー」がソレイユとダグラスインダストリーを糾弾する運動を展開した。ソレイユを危険視する世論はこうして形成され、ソレイユをシティから追放することで、ひとまず落ち着くことになる。だが、ソレイユの解体を求める裁判はいまでもつづいているのだ。
「あの、忌ま忌ましいソレイユショックの事件か? だが、それと、スミス博士がアンドロイドの家庭用機能にこだわることと、どう関係するのです?」
「スミス博士は、身近な人間を守ると言うコンセプトのもと、家庭用アンドロイドの身体機能を向上させました。それがスーパーアンドロイド「ソレイユ」です。つまり、ソレイユは本来、戦闘用ではなく、家庭用アンドロイドなのです。だが、シティの市民は暴走したロボットより、ソレイユを危険視した。ソレイユを娘のように大切にしていたスミス博士にとって、ソレイユの追放を受け入れるのは、つらかったことでしょうね」
川崎は立ち上がり、コーヒーサーバーから二人分のコーヒーを入れると、一つをスコットの前に置いた。
「スミス博士としては、過敏にならざるをえないのですよ。ソレイユを危険なロボットとして糾弾した政治家は、いまだに政治勢力を保っている。ソレイユの解体を主張する市民団体は、裁判でダグラスインダストリーと争っている。まもなく、最高裁で判決が出る予定ですが、こんな微妙なときに、ダグラスインダストリーが家庭用機能を持たず、軍事用にアンドロイドを開発したと知られたらどうなるか、ソレイユをふくむすべてのアンドロイドが危険だという世論が展開されるかも知れない」
スコットは理解した。川崎の入れてくれたコーヒーを飲みながら、考えを巡らせる。
「確かに、スミス博士の心配は理解できる。だが、ソレイユに対しては好意的な世論も出始めているし、マスコミもソレイユのシティへの貢献を評価しはじめている。ダグラスインダストリーの経営陣は、それらも考慮して、マルスの開発に協力してくれたはずだ」
「マルスが家庭用ロボットとして、胸を張れる性能ならば、スミス博士も、ここまで拒絶はしなかったでしょうね」
「今からでも、家庭用機能を追加できないだろうか?」
「それは無理です。マルス以前のスーパーアンドロイドは、家庭用機能にこだわったために性能に限界があったのです。マルスは家庭用機能を搭載しなかったからこそ、あれだけの能力を持てた」
スコットは天井を見上げながら言った。
「上手くいかないものだ・・・ だが、何とかしなければならん」
「とりあえず、マルスの返還を拒否します。調達部長にはスミス博士の動きに注意するように伝えましょう」