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ブルーライトニング 改訂版 第101章

 玲子とトリオが夕食の支度をしている頃、上原と敷島に連れられて、マルスが帰ってきた。

「ただいま、お姉ちゃん」

 マルスはいたって元気だった。

「今日、マーサがニュースに出ていたわね」と玲子が言うと、

「そうだね。注目の的だよ」

「マーサって、控えめなしゃべり方がマルスそっくりだわ」

 上原は玲子の話を聞いてうなずいた。

「まあ、基本の思考パターンは一緒だからね」

「そうなんだ。そういえばリョーカもはじけているようで、控えめなところがあるわ。マルスの同型はみんなそうなのかしら」

「基本は一緒だから、似ているかもね」

「面白いわあ」

 話が盛り上がっているところで敷島が口を挟む。

「それより、夕食にしないか。腹が減った」

 玲子が「はあい」と返事をした。おしゃべりは夕食時にもできる。


「ねえ、マルス、明日と明後日、仕事を休める」と、玲子は食事の手を止めて聞いた。

「休めるよ。みんながお姉ちゃんと一緒にいなさいって言ってくれたから」

「そしたらさ、明日、ダグラスさんの家に一緒に行こう。トリオも一緒に」

 マルスが玲子を見上げて、聞き返した。

「ダグラスさんのところ?」

「そう、メアリと約束したの。遊びに行くって。メアリはマルスのことも気に入っているから、一緒に来てほしいの」

 メアリは見かけは少し年下のマルスをかわいがっていた。

「いいけど・・・ でも、どうして」

「エスターが亡くなったの。だから、メアリのこと元気づけてやらないと」

「そうなんだ。うん、いくよ」

「じゃあ、一緒に行こうね。トリオもいいわね」

「はい」


 玲子が寝る支度をしようと部屋に入った時、マルスは裸のまま床に座り込み、引き出しから玲子のシャツを引っ張り出していたところだった。

「また、私のシャツを引っ張り出して」と玲子はあきれ顔だ。とがめられないとわかっているマルスはけろりとして、「だって、こっちがいいんだもん」と言って、シャツを抱えつつ、引き出しを押し込んだ。遠征から帰ったあとなので、甘えたいのだろう。そう思えば、玲子もとがめる気はしない。マルスはさっさとシャツを着るとベッドの上に直行する。玲子は寝間着に着替えると、マルスの横に座った。

 玲子が座ると、マルスはためらいもなく玲子の膝の上に上がると玲子に抱きついた

「サムも優しいけど、やっぱりお姉ちゃんがいい」

「サムも優しくしてくれるでしょ」

 抱きしめながら玲子は言った。

「でも、こんな風に抱っこしてくれないもの」

 そうだろうなと、玲子は思う。照れ屋なサムは過剰なスキンシップを好まない。それでも、生まれたばかりのマルスを実戦に出し、大きな成果を上げさせたのはサムの手腕だ。話に聞くリョーカの初期の性能低下とは対照的である。


 上原はマルスとリョーカのマスターは、資質がないと務まらないといい、兵器としては失敗作とさえ言う。

「ただし、アンドロイドとしては、一つの可能性を示したと思う」と言う。

「ノーマはね、最近、任務外ではサムにべったりなんですって」と、おかしそうに上原は玲子に話したことがある。

「マルスのまねして、サムと一緒のベッドで寝たりしてるの。従来型のアンドロイドでも、はじけると、そうなるんだとわかったのは大きな収穫だったわ」

「それは、マスターがサムだからでしょ」と、玲子が言うと、

「そう、サムだからできることなのよ。ちゃんとアンドロイドの気持ちを受け止めて、与えられる。なかなかいないわよ。ああいう人は」

 上原は真顔で続けた。

「だから、マーサ以降はアンドロイドの心のチューニングを変えたの。変えても問題はないと確信できたから」


 絶対に人に反抗させてはならない。そういう想いで上原はマルスとリョーカの心をチューニングした。しかし、それは行き過ぎた従属心を与え、アンドロイドの自立を拒む結果となり、上原はそれを良しとはしなかった。

「でも、マルスとリョーカにもいいところはある。人間を守ろうとする意志が強く、反応速度が速いことよ。ある程度の技術革新がないとマルスとリョーカをこえるロボットはできないでしょうね」

 サムはマルスをさっさと退役させて、玲子のそばにいさせてやりたいと考えてはいるが、マルスが持つ能力ゆえに、それは許されない。マルスは貴重な海軍の戦力なのである。それにマルスの決意も固かった。


「お姉ちゃんのそばにもいたいけど、ぼくはお姉ちゃんやみんなを守りたい、いろいろなことから」

 玲子のマルスを抱く腕に力が入った。

「ありがとう。でも、私はマルスのお姉ちゃんだからね。私と一緒のときは、うんと甘えていいからね」

「うん。大好き、お姉ちゃん」 




 ダグラス家からの迎えの車に乗り、玲子達はダグラス家の屋敷に向かった。トリオにとっては初めてのお泊まりになったので、少しはしゃぎ気味である。

「どんなおうち?」と聞いてきたが、玲子はただ一言、

「行けばわかります」とだけ答えていた。が、しばらくして、

「ああ、すごい! 大きな家なんだ」と驚いていた。

「なんでわかるの?」

「お兄ちゃんから、概念データを転送してもらったの」

 ロボットなのだなと玲子は思う。人間はこんなふうに知識のやりとりはできない。こうした瞬間、マルスとのやりとりが、瞬時に周りのロボットに共有されているようで、なんとも複雑な気持ちを抱かせるが、上原からはプライバシーだけはきちんと守られていると聞いているので、ある程度は安心している。ロビーやゼムが知っているのは、マルスがとても大切にされているという事実で、会話の履歴やマルスが見た映像データが共有されているわけではないことは理解していた。だが、ノーマがマルスのまねをしてサムのベッドで寝たがるというのは、明らかに玲子とマルスが一緒のベッドで寝ているという事実が、広くロボット達に認識されていると言うことだ。ロビーに言わせれば、それだけマルスが玲子に大事にされているとファントムのロボット達は理解しているという。

「だから、皆、お嬢様が好きなんですよ」とロビーは一言付け加えた。

「私はただ、マルスがそばにいると幸せなんだけどな」

「マルスも幸せなのだからよいのです。そして、お嬢様とマルスの幸せは我々の喜びです。ただ、それだけです」




 屋敷に着くと、メアリが出迎えた。

「玲子、いらっしゃい。お茶にしよう」

 荷物は屋敷のロボットが部屋に運んでくれ、玲子達はそのまま、居間に通された。

「来てくれてありがとう。玲子」と、玲子のクラスメートでもあるマイクが居間で迎えてくれた。ロボットのジスカルドがお茶のセットを運んできてくれた。マイクは手慣れた手つきでお茶を入れると、玲子と妹のメアリの前にカップを置く。

 メアリの横の席にはトリオくらいの女の子が座っていた。

「その子が新しいアンドロイドの子?」と玲子は聞いた。

 メアリは少しハイテンション気味に、

「そう、エイミーっていうの。ねえ、玲子、その子も新しい弟なの」

「そう、トリオって言うの」

「二人もいるとお世話が大変じゃないの?」と無邪気にメアリが聞いてくる。

「トリオはどっちかというと、小母さんが世話してるの」

 マイクはわずかに笑みを浮かべてメアリと玲子の会話を聞いている。

「エイミーとトリオって背格好が似てるんだね」とメアリが言うと、マイクが

「同じモデルじゃないか? エイミーはAP-65だけど、トリオは?」

「同じよ、トリオもAP-65なの」と玲子が言うと、メアリは驚いて、

「男の子と女の子が同じなの?」

「ロボットには性別はないの。あるのは外見の違いだけよ」


 そのことは玲子はマルスで実感している。

「じゃあ、エイミーも男の子になれるんだ」

「なれるでしょうね」

「じゃあ、マルスもトリオも女の子になれるの?」

「なれるわ、なろうと思えばね。髪型を変えれば女の子らしくなるんじゃないかしら」

 実際、女の子になったとはいえなかった。マルスも賢明にも黙っている。

「エイミーで遊ぶなよ。メアリ」とマイクが釘を刺す。

「そんなことしないもん」といって、メアリは口をとがらせた。

「お茶を飲んだら、何して遊ぶ? それとも、勉強しようか」と玲子が言うと、

「ゲームしよう! ゲーム! 勉強はそのあと!」とメアリが言った。

「じゃあ、そうしよう」


 お昼は母親のアリスも加わった。

「よく来てくれたね、玲子」

 アリスは玲子のことがお気に入りなので、上機嫌である。

「こちらこそ、楽しんでます」

「玲子にも、弟がふえたんで、賑やかになったわね」

 ダグラス家のロボットたちが、料理を運んでくる。

「おじさんはでかけてるのですか?」

「今日は市長公邸に呼ばれていてね。半分はプライベートな付き合いなんだけど、まあ、今後の市政の相談かもね。夕食時には帰ってくるわ。ジムも玲子と会うのを楽しみにしているから」

 昼食は海産物のパスタとサラダだった。

「おいしい」と玲子が一口食べて口にした。

「よかった、玲子が気に入ってくれて」とアリスが言った。


 トリオは興味津々と料理を眺めている。どんな料理が玲子のお気に入りなのか関心があるのだろう。近いうちに同じような料理を出してくるかもしれない。エイミーは特に家事に参加していないのか、それほど関心を示してはいなかった。玲子は同じ型のロボットでも、違うものなのだと感じていた。ダグラス家では機能重視でアンドロイドは家事用ロボットとして採用していない。以前のアンドロイドのエスターは、テロで母親を亡くしたメアリを引き取ったとき、メアリの世話をしていたエスターをそのまま引き取っただけである。

 今回、メアリのためにアンドロイドのエイミーをリースしたのは、メアリのことをよくよく考えてのことなのだろう。それくらいのことは玲子にも察しがついた。


 夕食後、玲子はジムとアリスに誘われ、ジムの書斎でお茶を楽しんでいた。

「今日はメアリの機嫌がだいぶいい。しばらく落ち込んでいたからな。玲子が来てくれて助かったよ」とジムが言った。

「やっぱり、落ち込んでたんですね」

「もう一人の母親みたいだったエスターを亡くしたんですもの。無理はないわ。私たちもエスターをなるべく長く生きながらえさせようとはしていたんだけど、アンドロイドの寿命だけはどうにもならない」とため息交じりにアリスが言うと、ジムがあとを継ぐ。

「メアリはまだ10歳だ。できる限りのことはしてやりたい。エスターの寿命が尽きはじめていることがわかって、上原君に相談したら、年下のアンドロイドをリースしたらと言われたんでね。上原君はAP-65をわざわざチューニングしてくれたんだ、玲子とマルスを見ていて、いろいろわかったことがあるってね。エイミーはその成果らしい」

「私とマルスなんですか?」

「そうみたい。玲子もずいぶんかわったわ。いい意味でね。それならばメアリもって思ったのよ」

 マルスが来てから世界が変わったというのは玲子にも自覚がある。それならばメアリも変われるかもしれない。

「私、マルスのことも、トリオのことも大好きです。トリオが来たことには伯父さんの強引さを感じたことがあるけども、結果的にはよかったと思ってます。マルスがいないとき、トリオは私によく尽くしてくれますから」

「真奈美は結果的にはいい方向へ行くでしょうと、トリオをリースすることには反対してなかったの。そういうところは母親として玲子のことをよく見ているなと思うわ」

 玲子は微笑んで、

「そうですね」と答えた。

「最近、真奈美はいろいろ相談されるんで、うれしいみたいよ」

「遠慮しなくていいとわかったんで・・・」

「そう、それでいいの。真奈美にとって、玲子は娘なんだから」

「それでな」と、居住まいを正してジムは言う。

「メアリは玲子のことを慕っている。私たちが伝えられないことも、玲子なら伝えられることがある。メアリのこと、よろしく頼む」


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