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あやみ、囲われる 7

読んでいただきありがとうございます。

お楽しみいただけますように!

 人の多いなか、佐倉を追うことを諦めたのは良いけれど、邪魔になってしまうから、立ち止まることは出来ない。

 なのでそのまま、流されるようにしてとりあえず歩く。

 杖をついた和服姿の小柄な紳士や、上品でクラシカルなワンピースを身にまとったご婦人とすれ違ってから、人の歩いていない方へと抜け出した。


 抜け出した先には、生絞りのジューススタンドがあって、その横の通路を挟んで壁側は、階段だった。

 左右と中央に黒い手すりをそなえた石造りの階段は、休憩スペースになっていた。英国式の庭園にありそうな、金属式のテーブルと椅子が置かれていて、透明なカップに入ったマスカットグリーンのジュースを、小さな子が目を細めながらストローで飲んでいる。


 天井は高い吹き抜けで、踊り場の壁にはめられた大きなステンドグラスには、地上からの西日が届いて淡く光っている。

 後で知ったことだけれど、虎澤百貨店の建物は昭和の東京を代表する建築物として有名で、「東京たてもの散歩ブック」みたいな本にもたびたび登場するらしい。


 私はバッグからスマホを取り出すと、レンズを斜め上に向けた。

 ステンドグラスを写真におさめて、ようやく気が付く。トップの画面には、新着メッセージの通知が表示されていた。

 送信元は、高志君だ。 

 喉がぎゅっとして、みぞおちに力が入る。


 ここ数日、私たちはメッセージのやり取りをしていなかった。

 私が数日前に送った「十一月のお誕生日、どうする? 何か食べたいものなどあったら教えてね」というメッセージに、高志君からひよこが親指を立てて「いいね」しているスタンプが返ってきたのが最後のやり取りだ。


 朝起きて、高志君のスタンプでの返信を確認した時に、なんとなく、違和感みたいなものを感じてはいた。

 私たちはもともと、まめにメッセージを送り合うタイプではない。けれど、今回みたいに都合を確認するやり取りで、スタンプだけであいまいに返されたのは初めてだった。

 その日は学校が終わった後に、バイトで会える予定だったから、その時に話せば良いと思っていた。

 高志君と里香さんが休憩室で、すごく仲が良さそうに「昨日、楽しかったね」と話しているのを目撃するまでは。

 里香さんと頭を寄せ合うようにして笑っていた高志君が、ふと顔を上げたところで、私たちは目が合った。

 高志君は笑った顔を固定したまま目を逸らし、里香さんの方が私に気が付いて、私たちは挨拶を交わした。

 私も笑顔のまま、その場を通り過ぎた。大丈夫、とその時は思っていた。

 きっと、後で何か説明してくれるはずだと。

 けれど、高志君からは何もないままだった。途中で私は高志君の心変わりという事情を確信し、今に至るというわけである。

 そういう経緯があるから、一瞬、メッセージを開くのは怖いような気がした。

 でも、それでもやっぱり、「私の考え過ぎだったのかも」という期待もあって──結局、私は急いで高志君のメッセージをタップした。


『最近課題とか忙しくて、ゴメン!』

『俺の誕生日!』 

『焼肉とか? 食べたいかも』


 というメッセージの後に、よだれを垂らしたヒヨコが、こちらを見ているスタンプ。

「……何それ」

 思わず呟いてしまった。声はかすれて、ほとんど音にならなかった。

 特に釈明せず、けじめはつけずという、高志君の態度。


 胸の奥の方から、重苦しい納得のいかなさが湧いてきて、気持ちが悪い。息が苦しい。

 少しでもスッキリしたくて残りのジュースを飲んだけれど、どうにも出来ずに立ち上がる。


 ジュースの空き容器を回収ボックスに入れて、私はそのまま階段を目指した。とにかく、地上へ出たかった。

 私から何も言わない限り、現状維持を試みるという方針を選んだらしい高志君のやり方が、ショックだった。

 胸の奥の重苦しい気持ちは、喉の方までせりあがって、涙になる。

 今、階段には人がいない。かといってこんな街中で泣きたくないから、溜まったものがこぼれないよう、目を見開いて、上を向く。


 上を向くと、西日に照らされた踊り場のステンドグラスが目に入る。

 踊り場でこちらを見下ろし、目を瞠っている佐倉の姿に気が付いたのは、その時だった。



次回もお楽しみいただけますように。

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