あやみ、囲われる 6
たくさんの作品の中から見つけてくださり、ありがとうございます!
どうかお楽しみいただけますように。
「『秋のつるべ落としセット』を自宅用で、二つください」
学校帰りに百貨店に行くということで、なんとなく体に力が入っていたけれど、支払いを済ませて丁寧な店員さんからお芋と栗の羊羹セットが入った紙袋を受け取ると、あっけなくおつかいは完了した。
電車に乗っての用事が済んだことに、ホッとする。
自宅周辺と学校、アルバイト先を主な行動範囲として普段の日常を送っている私からすると、土地勘のないところへ買い物に来るのはなかなかの冒険と言える。
でも、私はこの虎澤百貨店の空気感がとても好きだった。
小さい時、家族で買い物をした後に、レストランで食べたお子様ランチやパフェを思い出すし、コスメコーナーは洗練されていて、乙女心がきゅんとするような良いにおいがするし、地下は特に混み合って活気があって、山盛りに色んなお惣菜やお弁当が売っているのが良い。
服飾品や家具をあつかう専門のコーナーには、長く慈しんで使えそうなものが数多くそろえられていて、デザインも素敵だった。
だから、とんぼがえりするにはもったいない気がした。冷やかしになってしまうからあまりゆっくりは出来ないけれど、それでも他のフロアを見て、何が売っているのかをみたい。
そう思って顔を上げた、その時だった。
人が行き交うなか、こちらに向かってくるスーツ姿の青年が目に入る。
「……?」
風貌に、はっきりと見覚えがあった。見覚えというか──あれは、佐倉だ。
ほんの数歩先まで近づいても、佐倉は私にまったく気がついていない様子だった。
見ると両手に、虎澤百貨店のロゴマークが藍色であしらわれた、大きな白い紙袋を複数抱えている。
何かの買い出しだろうか? スーツ姿で?
「……!」
こちらに気がつかないまま、佐倉が私のすぐ横を通り過ぎる。
佐倉の上着の胸にはネームプレートがついていた。咄嗟に、凝視する。
ネームプレートには、よく見かける丸ゴシックとは微妙に違う、どことなく品のあるフォントで、彼の氏名が印字されている。
私が驚いたのは、佐倉伶という、彼の氏名の左側の部分である。
そこには紙袋にあるのと同じ、虎澤百貨店のロゴマークがついていた。
佐倉は私と同じカフェでアルバイトをしているわけで、かけもちということなのだろうけれど。
それが百貨店とは、なかなかに意外な気もするし、彼の雰囲気によく合っている気もした。
着ているスーツは素人目に見ても、量販店で「吊るし」として売られているものではない。きちんと採寸し、体に合わせて作られたような質感だった。
『俺は、きみを囲いたい』。
佐倉がその言葉を私に言ったのは、昨日のことだ。
気のない様子で、スマホを片手にそう言った佐倉の姿が頭の中によみがえった時、私の中に、むらむらとした衝動が沸き起こった。
──佐倉の、行動と言動の理由を知りたい。
「……」
いったん人の流れから抜け出ると、私は佐倉の向かった先へときびすを返した。
しかし佐倉を追うのは予想以上に大変そうだと気付いたのは、すぐだった。
とにかく、佐倉が速い。速すぎるのだ。そしてたぶんというか確実に、佐倉は先を急いでいる。
その佐倉を、買い物客の皆さんの邪魔にならないよう、かつ、間違ってもぶつからないように気を付けながら進まなければならない。
運動神経がためされるし、神経を使う。
早足に進むブルーグレーのスーツの背中は、数メートル先に見え隠れしながら、しだいに遠ざかっていくのがわかった。
考えてみたら、私と佐倉では身長差がニ十センチくらいもあって、足の長さがまず違う。歩く速さが違うのは当然のことなのだった。
あわあわしているうちに息が上がってきて、「わたし、何をしたいんだろう……」と、冷静というか情けない気持ちになってくる。
こんな風に本人の知らないところで追いかけて、自分が知りたい謎を解き明かそうというのは、同僚としてどうなのだろう。いかがなものだろう。
こうなると、最初の勢いはどこへやらだった。
冷静で慎重な気持ちが湧いてくれば、急いでいた足はすぐにペースダウンする。
「……、」
目を凝らしても、佐倉の姿はもうどこにも見えなかった。
次回もお楽しみいただけますように!