あやみ、囲われる 5
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第一話 5あやみ、囲われる 5
嫌すぎる出来事と、謎すぎる出来事があった、その次の日。
私は大学の教室にいた。授業が始まるまであと少しあったから、思う存分に悩むことにする。
バイトメンバーのいざこざよりも、大きな割合で頭の中を支配しているのは、佐倉の不可思議な態度だった。
『俺が、きみを囲いたいから』
この発言の意味が、わからない。
「囲いたい」という言葉を人間の女に対して投げかける場合、意味するものは──と、考えると、
「私をあなたの妾として囲いたい」とか?
いやあり得ない。さすがに違うだろうと思う。
佐倉のようないまどきの男子大学生が、同じバイト先の、取り立てて特徴のない、私のような女子大学生に、どうでもよさそうな態度で「妾になって欲しい」なんて言うはずがない。
そう考えて悶々としていたところに、さわやかな柑橘の香水が香った。
「うっわ。あやみっティ、すーごい眉間のシワ」
「!」
咄嗟に眉間をおさえながら振り向く。立っていたのは友人の朝松美宇ちゃんだった。
「美宇ちゃん! おはよう……」
「おはよーあやみっティ♡」
美宇ちゃんがにひ、と悪戯っぽく笑うと、艶やかなアッシュカラーのロングヘアが揺れた。
私の右隣の席にすとんと腰をおろした美宇ちゃんは、体のラインを惜しみなく強調するセクシーなニットを着ている。
うっすら小麦色の肌に、目元とリップを強調させたメイクもよく似合っていた。
美宇ちゃんはギャル雑誌から抜け出してきたような、とっても魅力的で健康的で、おまけに気さくな美人さんなのである。
そんな美宇ちゃんが私の顔を覗き込んでくる。
「あやみっティ、何か悩んでる? めっちゃ怖い顔してたけど」
「うん、ちょっとバイトでね……」
言いかけて、私は止まった。たしかに私は悩んでいる。しかも複数のことで。
でも実は、美宇ちゃんにはバイト仲間とぎくしゃくしていることについて何も話していなかった。
聞いたらどう思われのるかが、ちょっと怖くて──。
「ふんふん。バイトで?」
美宇ちゃんは話を聞いてくれそうな体勢ではあったけれど、やっぱり言いたくない、聞かれたくない、と私は思ってしまう。
『バイト先で嫌われて、ストーカーの濡れ衣を着せられていたら佐倉という新人が助けてくれたけど、その後『きみを囲いたい』と言ってきて。
第三者の美宇ちゃんから見てどう思う?』だなんて、前半は話題としてあまりにも重たいし、後半は状況が奇妙過ぎる。
だから、ごまかす。
「あ、えーと。忙しくって疲れちゃってるのに、寝る前に面白い漫画見つけたら止まらなくなって。おかげで寝不足でねー」
はは、と笑うと、美宇ちゃんも笑った。
「いやそこ止めなきゃでしょ、肌に悪いよ」
ツッコミのような相槌に内心ほっとした。どうやら納得してくれたようだ。
それから他愛のない話をしているうち、教授が教室に入ってきて、授業が始まる。
禿頭にぱっちりとした目の教授は、コメンテーターとしてテレビに出ている有名人なだけあって、話が明解でわかりやすい。
けれど、今日ばかりは集中出来なくて何度も文脈を見失う。
美宇ちゃんに取った態度があれで正解だったのかも、気になった。
変な話題をふって引かれたくはないから、これで良かったはずだけど。
結局その日一日をもやもやした状態のまま過ごして、美宇ちゃんとは教室で別れた。
美宇ちゃんの所属するヨットサークルが日曜に江ノ島で練習をするので、今日のような金曜日はいつも打ち合わせや用具の点検をするのだという。
私は一人で正門から出て、のんびり歩く学生たちを避けながら、目指す駅へと歩いていた。
駅に着いて改札を通り、ホームへの階段を登るとちょうど電車が入ってきた。混み合う車両へとりあえず乗り込むと、「A Day in the Metro」の発車メロディが鳴って、車両がゆっくりと動き出す。
各駅で微妙にトーンの違うそのメロディを聞きつつ、途中九段下駅で日本武道館にまつわる名曲「大きな玉ねぎの下で」をはさんでもう二駅、計ニ十分で、電車は大手町駅に到着した。
改札を出て、また少し歩くと、私の目的地である虎澤百貨店丸の内本店が見えてくる。
東京駅の開業とほぼ同時期に創業した老舗であるこの百貨店の地下食品街に、今日は用事があった。
フロアは予想通り混み合っている。圧倒的に多いのは女性客のように見えるけれど、外国人客も多かった。
皇居周辺は外国人旅行客にも人気の観光スポットだから、そこから流れてきたのかもしれない。
途中、動画を撮影しているらしい数人の外国人の男女がいて、ぶつかりそうになったものの、どうにかかわして私は先へと進んだ。
次回もお楽しみいただけますように!