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123で、こっちを向いて。 7

たくさんお読みいただき、ありがとうございます。

この後もお楽しみいただけますように!

「マイナスイオ~ン♡ 気持ちいい~」


 目をぎゅっと閉じながら両手を広げた美宇ちゃんに倣って、私も同じ方向へと体を開いた。

 目の前には、「白糸の滝」と呼ばれるにふさわしい、細い滝の連なりがある。


 黒っぽくて垂直な、だいたい数十メートルくらいの幅の岩肌一面に、数えきれないほどの白く細い滝が流れていた。

 見た目こそ繊細ではあるけれど力強く流れ落ちたそれらは、エメラルドブルーの美しく澄んだ滝つぼからしぶきをあげ、細かな水の粒子になって私たちの方へと吹いてくる。

 滝の上は山の斜面になっていて木々が生い茂り、ところどころにみずみずしい苔が生えていた。

 なので、まさに「緑と水そのもののにおい」がする。


 流れている水がひたすらに透明なのは、浅間山に降った雨が六年もの歳月をかけて伏流し、自然に濾過されたのちに流れ出しているからなのだとか。

 目を閉じてただただ両手を開き、緑と水の空気を全身に浴びると、頭の中に浮かんでくる言葉があった。


──私たちはいま、軽井沢に来ています。


 そう。私たちはいま、長野県の軽井沢町に来ている。


 目的はもちろん、かねてから計画していた朝松夫妻の結婚ニ十周年パーティーを、二人の馴れ初めの地で催すためである。

 佐倉と気が付いたあることをきっかけに、私はそれまでの打ち合わせの内容を一新するような提案を環希さんにした。

 結果、環希さんが「それは最高。妙案だわ」と案を気に入り、準備を重ねて今日にいたったのだ。


「この滝を見に来たのって、美宇が六歳の時以来だから、十四年ぶりくらいになるのね」


 モンクレールのマウンテンパーカーを羽織った環希さんが、感慨深そうに目を細めた。

 その横で美宇ちゃんは、眉間にしわを寄せながら半目になって、こんなことを言う。


「ここにくる時にあった動物の木のオブジェ、可愛すぎて持って帰りたい……あやみってぃ、何とかして」


 私は苦笑いした。美宇ちゃんが言っているのは、ここへ来る途中の小道に置いてあったリスやクマの木彫り人形のことだ。

 間伐材か何かを使って粗く削り出された動物たちは、木のぬくもりが感じられる「山の人形」といった風で、確かにすごく可愛かった。

 この後行く施設で似たようなものを扱っていないだろうか、と考えていたら、横に立った佐倉が目くばせをしてくる。

 私はっとして、腕時計を確認した。もうすぐ移動の時間だ。


「そろそろ、戻りましょうか。楡のウッドデッキがあるレストランに移動して、おそばとジェラートをいただきましょう」

「そのあと、駅の方でローストチキンもね」


 すかさず付け加えた美宇ちゃんである。

 楡のウッドデッキがあるレストラン&カフェは朝松家が美宇ちゃんの幼少時、軽井沢に訪れたの同じころに開業した施設で、当時時間の都合で立ち寄れなかったのを環希さんは後悔していたそうだ。

 ローストチキンのお店は四十年以上の歴史があり、こちらは環希さんが子どものころから親しんだ馴染みのある老舗である。

 今回、ローストチキンはテイクアウトをする予定で、美宇ちゃんにはそれを伝えてもいたのだけれど。

 どうやら味見をするつもりでいるらしい美宇ちゃんの言葉に、環希さんがくすくす笑っていた。


──楽しんでいただけているようで、良かった。

 安心して、ものすごく大きなため息が出そうになるけれど、いやまだだ、まだまだメインはこれからだ、と私は気を引き締めた。

 楡のテラスで、香りのよいおそばと季節野菜の天ぷらを、珍しいくるみのそばつゆでいただいた後に、クラフトショップに立ち寄る。

 美宇ちゃんも環希さんも、可愛らしい木工品をいくつか購入していた。

 買い物をして腹ごなしが済んだら、ナガノパープルやシャインマスカット、りんごなどなど、長野が誇る素晴らしいフルーツのジェラートに舌鼓を打った。

 それから、軽井沢駅の近くへと車で移動する。

 ローストチキンのお店は大変な人気で、飛び入りでのイートイン利用はさすがに叶わなかった。

 けれど美宇ちゃんも環希さんもそんな出来事すら楽しんで、「今度は絶対に予約してこようね」と意気込んでいた。


 運転手の佐倉は黒子のようになって存在感をほぼほぼ消しつつも、車内の会話にちょっとした雑学をさりげなーく、絶妙なさじ加減で挟んだりしている。

 私が感心したのは、佐倉のアテンドの仕方だった。

 佐倉の小さな発言をきっかけに、環希さんや美宇ちゃんが「そこに行きたい」となり、予定に組んでいない景勝地に行ってみたり──つまり「予定通り」をあえて崩すことで、お客様に楽しんでいただく。

 こういうやり方もあるのだと参考になる。


「私の知らなかった軽井沢がたくさん見られて、とても嬉しいわ」


 環希さんはにこにこしていた。


「昔と変わらないところを見るのも楽しいし、変わったところを見るのも新鮮な気持ちになるから」


 車窓の外に流れる白樺の林を見ながらそう言って、ふと環希さんは頬を膨らませた。


「もう、修平さんも朝から来られたら良かったのに」


 わざとらしく拗ねて見せた表情には年齢を感じさせない魅力があって、修平さんに見て欲しいと思ってしまう。

 そう、残念ながら今ここに修平さんはいないのだった。

 というのも、東京の朝松邸から軽井沢までは、だいたい車で三時間近くの道のりだ。

 そうなると、しっかり観光をするには朝のそれなりに早いうちに東京を出なければならないわけだけれど、修平さんは仕事の都合で一緒に出られなかった。

 いち企業のおえらいさんとなると、やはりお忙しいということだ。

 でも夜には間に合うように東京を発つそうなので、信じて待つしかない。


 夜──と考えて、私は少しばかりの緊張を感じた。

 実は今夜、朝松夫妻の馴れ初めの場所で、環希さんはとある試みに挑戦する。

 目くばせをすると、佐倉は頷き、丁寧な手つきで車のハンドルを切った。



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