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123で、こっちを向いて。 2

 同じ学校のお友達、美宇ちゃんの家は、とある高級住宅街にあった。


「おじゃまいたします~」


 と、ゆるい調子で私が言うと、


「ハイどうぞ~」


 美宇ちゃんも合わせるようにして返してくれる。

 私は今、美宇ちゃんの家に遊びに来ている。美宇ちゃんと改めて仲良くなって、お泊りさせてもらったりもしていた。


 最初に来た時にはさすがに緊張していたけれど、今はリラックスというか、緊張せずに来られるようになった。

 玄関で靴を脱ぎ、用意してもらったスリッパに履き替える。

 美宇ちゃんは一足先に、リビングへと入って行った。


「おかーさーん! あやみってぃが来たよー!」


 元気いっぱいの声に苦笑しつつ、脇に置いていたバッグを引き寄せようと手を伸ばした時だった。


「?」


 黒いバッグの表面に、小さな光がちらちらと揺れ動いた気がして、私はあたりを見回した。

 美宇ちゃんの家の玄関は、表面がつるりとしたグレーのコンクリートが基調になっている。

 このモダンかつシンプル極まりない空間の、どこからこんなに可愛らしい光が届いたのだろう。

 見える範囲にはそれらしいものは見当たらないのに──と考えかけて天井を見上げ、ああ、こんなところに、と納得する。

 そこには小さな電球がサイズを分けていくつも、散りばめるようにして埋められていた。

 中でも、オレンジ系の電球を頂点にして、正三角形を描くような配置の光が印象的で、強く心に残る。


「きれい……」


 滑らかなグレーのコンクリートの表面に灯る、淡い光に見とれていると、美宇ちゃんの声が響いた。


「あやみってぃ何してんの!」


 呼びかけられて、ハッとする。


「早くおいで! ケーキがぬるくなる!」


 ぷんすかした顔で両手の人差し指でぴこぴこリビングを指さしている美宇ちゃんに苦笑して、私は立ち上がる。

 思いついて、直立不動で「びっ!」と敬礼してから、しぶい声で答えた。


「はっ。椿、可及的速やかにはせ参じます」


──当たり前だけれど、こういうノリは相手を選ばないと、かなりドン引きされてしまう。

 しかし美宇ちゃんは当然、全力でノってくれるタイプの人だった。


「あやみってぃ何それ……かっこいいじゃん」


 この、いかにも虚をつかれたようにして目を瞠り、「感心している感」を演出する瞬発力。

 逆に感心して、私も真顔になった。

 真顔どうしで一瞬見つめ合った後、私と美宇ちゃんは同時に笑い転げる。

 ひとしきり笑いあってから、二人で紅茶の香りのする広々としたリビングへと移動した。

 美宇ちゃんの家のリビングは、陽の光がよく入って暖かい、素敵な空間だ。


「こんにちは」

「あらあやみちゃん、いらっしゃい。待ってましたー」


 紅茶のセットとともにテーブルに鎮座していたのは、盛りだくさんのフルーツとプリンが載った、とっても豪華なタルトだった。

 わぁ、と声を漏らした私に環希さん──美宇ちゃんのお母さんはにっこり笑って、「どうぞ座って」と優しく促してくれた。


「秋のフルーツのプリンアラモードタルト。お口に合うと良いんだけれど」

「あやみってぃがかぼちゃのスイーツが好きって教えたら、ママ張り切っちゃってね」

「えええ……!?」


 裏返った声が出てしまった理由はもちろん、おもてなしの気持ちが嬉しくて、驚いてしまったからだ。


「良いリアクションするじゃーん、あやみってぃ」


 美宇ちゃんが笑いながら、椅子を引いてくれる。

 席に着くと、環希さんが目の前のカップに湯気の立つ紅茶を注いでくれた。


「美味しいうちに召し上がれー」

「はい!」


 いただきます、と手を合わせてから、私は目の前のケーキをひと口分、慎重にフォークで切り分けた。

 口に入れると、カスタードの滑らかさとフルーツの新鮮な味わいに、自然と目を閉じてしまう。

 環希さんはそんな私を見て「良い顔してる」と笑ってから、何かを思い出したように「そうそう!」と手を打った。


「さっそくね、虎澤さんの外商部にお世話になってるの。お歳暮えらびのアテンドをしていただいて、まー助かったわ。もっと早くお世話になっておくべきだった」


 私はすごく嬉しくなり、大きく頷いた。


「それは何よりです!」


 実は、環希さんは最近、虎澤百貨店の外商利用のお客様になっていた。

 虎澤百貨店の外商部で働くことになったことを美宇ちゃんに伝えたら、美宇ちゃんが「うちの家、顧客になれるかも」と紹介してくれたのが環希さんだったのだ。


「外商さんにはね、実家にいた時にお世話になってたのよ。結婚してからはご縁がなかったんだけど」


 結婚してから──つまり、実家を出てからは外商を利用していなかったと聞いて、私は佐倉に聞いた「富裕層の子ども・孫世代あるある」を思い出していた。

 佐倉曰く、戦後に財を成して富裕層となり、外商に親しんでいた人の下の世代が、独立後に引き続き外商を利用するかというと、そうではない場合が多く──これは大きな課題と言えるのだそうだ。


「なんで使ってなかったの? 外商さん」


 美宇ちゃんが環希さんに訊ねる。それは私も気になるところだった。

 環希さんは「何でっていうか」と苦笑した。


「結婚した後、パパは普通の新卒と同じ扱いで今の会社──私の実家の会社に迎えられたから、そんなに余裕がなかったの。ママは学生だったし」


 美宇ちゃんがああ、と頷く。


「オヤジは婿入りすることになって、それで音楽をやめたんだっけ」

「──そうね」


 環希さんが微笑む。


「美宇ちゃんのお父さんは、音楽をやってたんだね」

「うん。東京藝大でコントラバスをやってたんだって」

「と、東京藝大……⁉」


 芸術の分野にうとい私だけれど、東京藝大──東京藝術大学が、すごいところだということは何となく知っていた。

 東京藝大の音楽科は、音楽で身を立てられるような人が小さい時から猛レッスンをして、入れるかどうかというレベルの学校だったはずだ。


「それがご縁で出会ったんだっけ、二人は」

「そうそう。美宇のおじいちゃん──うちの父が音楽が大好きな人で、軽井沢に持っていた別荘に、若手の奏者を招いて音楽会をしていたのね」


 特別な宝物をそっと取り出すみたいにして口を開いた環希さんの話に、私と美宇ちゃんは聞き入っていた。

 美宇ちゃんのご両親である環希さんとその旦那様が出会ったのは、秋。季節が進んで冷たくなった軽井沢の空気とは裏腹に、山荘のホールは音楽を愛する人たちの熱気で汗がにじむほどだったとか。

 賑やかな場所で来客と歓談することに疲れた環希さんは、演奏の合間に人気のないテラスへ涼みに出たのだという。

 そこにいたのがのちの美宇ちゃんのお父様──修平さんだったそうだ。


「コロニータ・エキストラっていう、透明なびんに入ったメキシコのビールがあって。それに櫛切りにしたライムを入れたのをね、修平さんは飲んでいたの。ポケットに片手を突っ込んでね」


 それはもう、かっこ良かったのよ──、と、環希さんは笑いながら、語ってくれる。


「今思い出してみると、背中に惚れたのよね。海外のビールなんて飲んで、蓮っ葉な雰囲気なんだけどかえって品があるし、優しそうだって思って」


 環希さんの実家──つまり美宇ちゃんのお祖父さんとお祖母さんの家は代々、子は親が決めた相手と婚姻しているそうで、環希さんも将来はそうなると言い聞かされていたらしい。

 それにしても、と、私は思った。

 背中に惚れるだなんて、素敵な話だ。




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