第一話 あやみ、囲われる 1
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九月の下旬にさしかかると、東京は一気に涼しくなった。このところ、たて続けに雨が降ったせいもあるのかもしれない。
街路樹の葉は、秋らしい色付きというにはまだ足りない。けれど、夏の盛りに日差しを反射してギラギラに輝いていた頃よりも、優しい色合いになったように、私は思う。
往来の装いは既にはっきりと秋色だ。道を行く人は、ブラウンやベージュ、えんじ色、からし色、ネイビーといった、秋らしい落ち着いた色合いの服を着ている。
そのほか、来月のハロウィンに向けて、店先にジャック・オ・ランタンや白いおばけの装飾をしているお店がいくつもあって、「秋が訪れた感」の演出に大事な一役を買っていた。
「……ふぅ」
アルバイト先のカフェ「ジャルダンドゥティガ」の、ガラス張りの店内から外を眺めていた私は、モップの柄を握り直し、視線を店内のへと戻した。
私の名前は、椿あやみという。今年の春に北海道から上京した大学一年生だ。
時刻はいま、午前9時30分。
新人スタッフと一緒に、お客様が飲食をするためのサロンスペースの掃除をしている最中だ。
カフェの前を行く人たちや立ち並ぶ店がそうであるように、私がアルバイトしているカフェ、ジャルダンドゥティガの内装もまた、秋を意識した仕様に変更されていた。
特にわかりやすいのは、サロンの中央に置かれた、植物のアレンジメントだ。
アンティーク調の猫足テーブルに飾られたそのアレンジメントは、葉が黄色く色づいた木枝が生けられていて、よくよく見てみると、黄色い葉の裏側に、栗に似た丸い実がついていた。
生けられた白くて丸い陶器の周囲には、黄色い葉が数枚散っている。
さらには茶色くて艶があって、栗ではなさそうなまるい実が、二つほど落ちてもいる。
わかりやすさと美しさを両立した、見事な「秋の実りの視覚的な情報」だった。
プロのフラワーデザイナーさんの、こだわりと気合が詰まった仕事に、感心する。
それはさておき。
私には、気になったことがあった。それは、
「このまるい実は、いったい何なのだろう?」
と、いうことである。
これまで自分が生きてきた、十八年分の記憶や知識を頭の中にさらけ出して考えてみても、このまるい実に結びつくような、それらしい答えは得られなかったのだ。
なので、私は傍らをくるりと振り返る。
最近ホールスタッフとしてこのカフェに入った、新人の彼──佐倉伶であれば、答えを知っているかもしれないと思ったのだ。
私はさっそく、モップをかける手を動かしながら、佐倉伶に声をかけてみた。
「あの。佐倉さん」
黙々とモップをかけていた佐倉は、「はい」と顔を上げた。
私はモップの柄を片手に持ち替えて、佐倉のイケメンかつ小さな顔を見ながら、アレンジメントを指さした。
「あのアレンジメントの、植物? 木? なんですけど」
「……はい」
「これって、何なんでしょうか。佐倉さん、ご存じですか」
イケメンなだけでなく、すらりと背の高い佐倉は、カフェの制服であるギャルソンエプロンを見事に着こなし、アルバイトに入った初日から、お客様にもスタッフにもキャーキャーと言われていた。
でも彼の一番の特徴は、その外見ではない。と、ひそかに私は思っているのだった。
佐倉は私の指さした先のアレンジメントに目をやって、当然のように答える。
「これは、マロニエの木です。フランスの、パリを代表する観光スポットであるシャンゼリゼ通りには、マロニエの並木があって、オベリスクがあるコンコルド広場から凱旋門の方まで約3km続いています」
「フランスの、マロニエ、ですか」
佐倉は、誰もが日常でふと抱くような疑問で、スマホで検索して答えを得るようなこと、もしくは答えを知ることなく忘れ去っていくようなことについて、「何でも」と言えるくらいに知っている。
佐倉がこのカフェに来てから、二週間が経つ。私は佐倉の教育係として、仕事の合間に、ちょこちょことした雑談を佐倉としてきたわけだけれど。
結果思ったのは、佐倉はどんな些細なことでも、本当によく知っているということだった。
「このカフェはフレンチスタイルをテーマにしていますから、由来のあるマロニエをアレンジメントにしたのだと思います」
「へぇ……! なるほどです」
感心して、声が出てしまった。するといつの間にかすぐ横に来ていた佐倉が、私の顔を覗き込むようにして、淡々と言った。
次回もお楽しみいただけますように!




