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失われた魔法を求めて 6

「いくつかおたずねいたします。以前──これは蟹田様にとっては『魔法がかかっていた』状態でいらしたということになるかと思いますが、その時はどのような状態だったのですか」


「魔法がなくなった、と感じたのはいつごろですか」


「魔法がなくなって、具体的にはどのような場面でお困りでしたか」


 柔らかい声で問う佐倉に、蟹田様はぐぐっと手を上に上げて背すじを伸ばしたり、横に伸ばして肩をほぐす動作をしながら答える。


「前はとにかく、いつもギラギラっていうか、ときめいてた。毎日ビジネスの良さげなアイデアとか、企画の素案がいくらでも頭に浮かんだし、楽しかった」


「十月になって、寒くなったくらいからだったかな」


「困るのは仕事と友人関係かなぁ。今のままじゃ収入が減るっていうのはわかってるんだけど、動けないっていうか……どうでもいい。人と会うのがめんどくさい。そんな暇があったら布団の中で寝ていたい」


 そっと横をうかがうと、佐倉は蟹田様の話にゆっくりと頷いている。

 口の端をわずかに上げた表情は品の良さをうかがわせるものだったけれど、視線は一挙一動を見逃すまいとするかのように、目の前の蟹田様に注がれていた。


 ストレッチをしたり、悩ましい今の状況を言葉に表したことで、いくぶんスッキリした様子の蟹田様が、さっきよりもわずかに明るい目と声で締めくくる。


「で、この状況が全然楽しくない、何も出来なくて嫌だ。何とかして欲しい。そう思って虎澤の外商部に助けを求めたってわけ」

  


 

「おかえりー。蟹ちゃん社長、どぉだった? 元気もりもりでうるさいくらいだったんじゃないの」


 しなやかに立ち上がって私と佐倉を出迎えてくれたのは、定刻までに無事締めの業務を終え、すっきりとしたようすの板花さんだった。


「それで、どんな感じだったの」


 改めて板花さんが切り出すと、お茶を淹れて席に戻ってきた佐倉が答える。


「魔法という言葉が何を指しているのかについては、ヒアリングをした甲斐があって見当がつきました」


 この言葉に、私も頷いた。

 蟹田様の言う「魔法」は、たぶんやる気だとか元気だとか、そういう意味合いで間違いないと思う。

 佐倉は私たちがヒアリングをしに行った時の蟹田様の様子を事細かに説明し、板花さんはふむふむと頷いていた。

 宮ヶ丘さんがいないな、と思って行動予定表で行き先を確認すると、店舗となっている。これから外出するらしい板花さんの欄にも記入がされていて、こちらは新宿となっていた。


「問題は、それを取り戻すためにはどうすべきかです」


 佐倉が説明を終えると、板花さんは腕を組みながら頷いた。


「うん。でも佐倉のことだからなんとなく見当はついているんでしょ」

「そうですね……相応の配慮をしながら、当店ならではのアプローチをしたいと考えています」

「じゃあ引き続き任せるわ。困ったことがあったらいつでも言って」


 板花さんは立ち上がり、上着を持って部屋を出て行った。

 見送った後、私は佐倉に向き直って問いかける。

「当店の外商ならではのアプローチって……どんな? どうやって思いついたんですか」


 仕事が溜まっているという蟹田様に気を遣って、私と佐倉は早々に訪問を切り上げていた。 

 だからヒアリングが出来たのは本当に短い時間だ。

 その短い時間の中で得られた情報から、佐倉はすでに、虎澤百貨店外商部としてどう対応すべきかの、具体的なイメージを描いているらしい。

 これは素直にすごいことだと思う。

 そう思ってわくわくしながら聞いたのに、


「まだ確証もないし断言も出来ない。だから答えられない」


 と、佐倉はものすごく素っ気ない。

 一緒に仕事を進めているんだから、ちょっとくらい教えてくれたってばちは当たらないのではないだろうか。


「そうですか。これは失礼しました」


 ムッとしながら答えると、キーボードをたたきながらPCの画面をのぞき込んでいた佐倉が、ちらりとこちらに視線を寄越す。


「業務中に頬を膨らませるな。幼い」

「えっ」


 これにはびっくりだ。というのも、私は自分は今ポーカーフェイスでいたつもりだったのだ。

 それが思い切り顔に出ていたなんて恥ずかしい。いやでも、別にそこは指摘しなくても良くないだろうか? 


「……」


 一瞬考えたのち、仕事の場で頬を膨らませるのはたしかに子どもっぽいことだと私は納得した。

 相手が自分の理想とちがう反応をしたからといって表情に出すのは、良くない。つまり佐倉が正しい。


「……気を付けます」

「いま、俺に指摘されて一瞬ムッとした後に、冷静に考えて納得しただろう」

「え、どうしてわかったんですか」


 思わず聞いてしまったけれど、すぐに気が付いた。

 どうしても何も、またきっと顔に出ていたのだ。


「わかりやすすぎるから」


 素っ気なく言われ、私は「気を付けよう。いやもう絶対に思ったことを顔に出さないようにしよう」と心に念じた。

 ひとしきり動揺した後、ああそうだ仕事の勉強をしなければと雑誌を開く。

 佐倉はそんな私を呆れたような顔で見つめて、ため息をついた。

 それから、頬杖をついてしばらく黙り込んだ後、ふと呟く。


「わかりやすいと言えば、蟹田様もわかりやすい方だと思う」

「……?」


 何の話だろう。

 顔を上げたけれど、既に佐倉は「集中中」のオーラを出してたので、聞く勇気が出なかった。



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